第8話 チェーンソーガール
蔓の地下室から出た時と比べて、周囲の大木が少しだけ小さくなっただろうか。
それ以外はさほど変わらない景色の中、俺、スーフェリア、リーシェの三人は長閑に歩いていた。
いや、リーシェだけは長閑ではないかもしれない。ちょっと大変そうだ。
行軍速度はスーフェリアと二人っきりだった頃よりも明らかに落ちていた。
「す、少し休憩しませんか……。もう無理です……。死ぬ……。死んじゃいます……」
ちょっとどころじゃないな。肩で息をしながら今にも死にそうな顔をしている。
そう、リーシェの加入によって、今までは無かった休憩時間が生まれたのだ。無論、旅の途中で休憩することは至極当然だと、俺は理解している。
では、何故スーフェリアとの二人旅では休憩時間が無かったのか。
それは俺たちが使徒の体だからだ。使徒の体に飲食と睡眠は必要なく、一日中歩いても全く疲れない。加えて、夜でも昼間と同じようにはっきり見える。
このように、この体は化け物じみていた。これがスーフェリアと二人っきりでは休憩しなかった理由だ。
「ああ、俺も疲れてきた。スーフェリア、そろそろ休憩しよう」
「え? リズも? もう、しょうがないなあ。休憩しよっか」
エルフの村を出立してから二回休憩している。それからというもの、エルフのリーシェが化け物二人に合わせるのは厳しいと思い、休憩する度に歩く速度を遅くしていた。
しかし、リーシェにとってはそれでも速かったようだ。
これからはリーシェ自身のペースで進んで行き、俺とスーフェリアが合わせていこう。そのほうがリーシェは楽なはずだ。
「もうすぐ日が暮れますよ……。野営の準備をしないと……。急ぎましょう……」
いつの間にかそんな時間になっていたらしい。この目は常に明るく見えてしまうので、全く気付かなかった。こういうところは不便だ。
「野営、うん、私はね、野営が得意だよ。可愛いお家作るからちょっと待っててね」
「なあスーフェリア、ここは俺に任せてくれないか? 試したいことがあるんだ」
「いいよ。じゃ、私は座って待ってるね」
意外と素直に引いてくれた。スーフェリアにはリーシェの世話を任せよう。
「ありがとう。スーフェリアはリーシェの面倒を見ててくれ。リーシェが死にそうだ」
「わかった。面倒、見とくね」
「す、すみません……。あたしが足を引っ張ってしまって……。あたしはゴミです……」
「そんなことない。俺たちがリーシェに気を配らなかったせいだ。リーシェは何も悪くない」
「そう言ってもらえると……助かります……」
スーフェリアに家づくりを遠慮してもらったのは、口にした通り試したいことがあるからだ。
二人には悪いが、実験したいことがあるので少しの間待っていてもらおう。
俺は大木の前に立つ。この大木を吸収するためには切り倒さなければならないので、そのための準備をしていく。
エルフの村にいるときに切り倒すことを思いついたが、エルフたちの前でそんなことをすれば殺されるかもしれないので実行できなかった。
リーシェもエルフだが、許してくれると信じよう。
まず、右手を骨へと変え、だんだんと伸ばしていく。大木の太さが2mくらいだから、3mほどの長さでいいだろう。
伸ばした骨の右手をチェーンソーへと変えていく。骨の刃を生やし、右手は凶悪な見た目へと変貌していた。
かっけえ……。今の俺はチェーンソーガールだ。今の俺の姿を男子小学生が見れば、大興奮間違いなしだろう。
美少女の手が巨大な武器になっている姿、写真に残したい。
「リズなにその手! かっこいい!」
「リズお姉さま素敵です……。でもあたしにはそれが何かわかりません……」
スーフェリアたちに目を向けると、リーシェがスーフェリアの太ももに頭を乗せて寝転がっていた。膝枕だ。二人とも可愛い。
スーフェリアの目はチェーンソーを見て輝いている。スーフェリアに好評なら男子小学生にも好評だろう。俺の予想は間違っていなかった。
リーシェは困惑している。というか、まだ死にかけだ。これからうるさくしてしまうのが申し訳ない。
「ふっふっふ、これは木を切るために作った最強の右手さ。では、切っていくとするわね……」
その前に、チェーンソーの骨密度を上げまくって固くしておく。所詮は骨だから、骨密度を上げないとチェーンソーが壊れてしまうだろう。
チェーンソーをゆっくり回転させていく。今までに体験したことがない感覚での操作なので、結構難しい。最初なので落ち着いて、緩やかに加速させていこう。
だんだんと回転を速くしていく。本物のチェーンソーと比べると起動までの時間があまりにも遅いが、そこはご愛嬌だ。
もう加速は十分だろうか。チェーンソーを大木に当ててみる。
すると、チェーンソーは轟音を鳴らしながら大木の中へと入っていった。
おお! 切れてる切れてる! 俺はそのまま大木の横を歩き、10秒ほどで切り終わることができた。
大木が俺に向かって倒れ始めるが、吸収してしまえば問題はない。最近は吸収速度が速くなってきている。
スーフェリアのように一瞬での吸収は不可能だが、3秒もかけずに大木を吸収した。
これで少なかった再生の在庫を増やすことができた。万が一、何者かに襲われたとしても、なんとかなるだろう。
「か、かっこいい……」
「わあ……それがリズお姉さまの使徒の力なんですね……素敵です……」
「ふっふっふ、これこそが、凶刃の翼という異名を持つ力さ」
「凶刃の翼……!」
スーフェリアは目を輝かせて感動している。お気に召したようだ。リーシェは変わらず死にかけている。
既に満足してしまい忘れそうだったが、今は野営の準備中だ。野営とは呼べないかもしれないが、さっさと家を建ててそこに泊まってしまおう。
近くのそれなりに開けた場所へ行き、大量の白い塊を生成する。泥のようにも見えるそれは、触るとぶにぶにとしてて面白い。
何も考えずに再生すると、この白い泥が出てくる。俺とスーフェリアが全体的に白っぽいのはこれが原因かもしれない。
白い泥を家へと変化させていく。イメージすればいいだけなので簡単だ。将来は大工にでもなってみようか。
一分も経たずに平屋のログハウスが完成した。外見にはこだわったが、中身は13畳ほどの一部屋しかない。
一応、暖炉と煙突を骨で作ってみたので、夜でも寒くはならないはずだ。ちゃんと機能するのかはわからない。
硝子が作れないので、窓は蝶番を用いて木の板を開閉する形にした。
「あ、家が建ったみたいだね。リーシェ、私がおんぶしてあげるよ」
「スーフェリア様ありがとうございます……。リズお姉さまも家、素敵です……」
スーフェリアがリーシェをおんぶしてログハウスまで近づいてくる。
リーシェは本当に大丈夫だろうか。数日の間ここに滞在し、体が本調子になるまで待つことも考慮するべきかもしれない。
「立派なお家だね。じゃ、入ろっか。」
俺が扉を開け、室内に入る。そこは玄関と暖炉しかない部屋があった。
俺がイメージして建てたからわかってはいたが、ちょっと寂しいな。後で必要になったら家具を作ろう。
玄関で靴を脱ぎ部屋に足を踏み入れる。振り向くとスーフェリアが戸惑っている様子だった。
「どうした?」
「これ、靴脱ぐの?」
あ、この世界は室内でも靴を脱がない文化なのか。部屋が汚れると嫌だから、靴は脱いでもらいたいな。
「俺がいた国だと、部屋では靴を脱ぐのが一般的だったんだ。強制はしないが、脱いでもらえると嬉しい」
「ふふ、全然大丈夫。こういうところで文化の違いを感じて、ちょっと嬉しいな。リーシェ下ろすよ。靴、脱いで」
「はい……。脱ぎます……」
スーフェリアは軽やかに、リーシェはゾンビのように部屋にあがる。とりあえず、リーシェをなんとかしないと。
俺にできることは何だ? 元気になるためには、まず食事だな。でも、元気になるための料理ってなんだ? わかんねえ。
リーシェは病気ってわけじゃないしな。子供が好きそうで、なおかつ美味いもの。肉と野菜が入ってたら完璧だ。これはあれだな。あの料理しかない。
俺は右の掌に拳大の白い泥を生成し、形を変えていく。あっという間に出来上がったそれを、部屋でうつ伏せになって寝ているリーシェへと渡した。
「なんでしょうかこれは……。いいにおいがします……」
「ハンバーガーだ。良かったら食べてくれ」
「リズお姉さまの手料理なら何でも食べます……」
リーシェはゾンビのような顔をしながら微笑むと、バンズ、トマト、パティ、レタスで構成されたシンプルなハンバーガーを口へと運んだ。
「美味しいっ!」
彼女は目を見開き、飛び上がって叫んだ。
───────────────
あとがき。
次回、リーシェにちょっとえっちなことをされます。
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