第2話
「――まあ、兄上のお客人にしてはなんてお可愛らしい」
一通り美術品をゆっくり見て、少し休憩しましょうと品のいい調度品でまとめられた客間でお茶を飲みながら、三人で和やかに話していると、一人の女性が入ってきた。
「さすがに目敏いな。どうせ聞きつけて見に来たんだろう」
ドラクマが笑っている。
斬新なスタイルの黒いドレスと、美しい鳥の羽根飾りがついた帽子を優雅に着こなした女性だ。
「先ほども少し話した、私の妹――レイファです」
アデライードとネーリが立ち上がって、バリデル伯爵公レイファ・シャルタナに挨拶した。彼女は結婚はしていないが、一族から莫大な資産を与えられているので彼女自身も個人として伯爵位を王家から与えられているのだ。
その巨額の資産をヴェネトの様々な会社や、教会、また彼女の興味を引くいくつものスクオーラに投資し、自らも幾つかの会社を所有しているため、ドラクマ・シャルタナの妹としてでは無くサロンの女主人や、起業家としても名を知られる非常に社交的な女性だった。
兄同様物珍しいものが好きな彼女は、二人に向かって興味深そうな目を向ける。
「今日はご婦人方と観劇ではなかったのかな」
ドラクマが苦笑して返せば、妹は手袋を外しながら召使いに私にもお茶を、と命じた。
「そうでしたけれど、こちらの方が面白そうなので抜け出してきましたわ。てっきりお兄様はこの週末も気心知れた殿方とカードとビリヤードだと思ってましたのよ。こんなに珍しいゲストをお招きするなら、事前に教えて下されば私だって手土産の一つくらいお持ちしましたのに」
「申し訳ありませんわ、レイファさま。私が公のご親切と兄の助言を鵜呑みにして、思いつきのように来てしまったのです」
アデライードがそう言うと、レイファは微笑んだ。
「兄が嬉しそうですからいいのですよ。今やヴェネト社交界の華となられたラファエル・イーシャ様の一族の方をお迎えできるなど。これで春先まで話題には事欠きませんわね、お兄様。……あら?」
レイファはその時、ネーリに気付いたようだった。
「あなたは……」
「ネーリ・バルネチア殿だよ。アデライード嬢が、芸術鑑賞のご友人としてお連れになった。お若いが、フランス令嬢が彼の作品に大層ご執心で、美しい絵を描かれる画家なのだとか」
「まだろくに世にも出ていませんが」
ネーリは改めてバリデル伯爵に挨拶をした。
「前に街でお会いしましたわ。夜会に招待しましたの。兄上が肖像画を描くために、ヴェネトの新進気鋭の画家を探しておられたでしょう? 街角で描いておられましたわ」
「その節は、ご招待頂いて申し訳ありません。私は住む所も持っていないような人間ですので、貴族らしき方に夜会に誘われたと仲間内で話したら、からかわれただけだと笑われてしまいました」
「まあ。そんなことありませんのよ。ヴェネツィアの絵を描かれていました。私も美術収集家の兄の影響で、それなりに美術を見る目はあると思いますけれど、素晴らしい技術をお持ちだわ。アデライード様も、ヴェネトに来て早々ネーリ様を見つけられるとは、相当お目が高いですわよ」
「私は兄とは異母兄妹で、修道院育ちです。王都ヴェネツィアにも美しい荘厳な教会がたくさんありますけれど、妙に入るのが心細くて。あまり気張らず訪問出来るような街の教会を偶然見つけて、そこで祈るようになったら、ネーリ様がそこで絵を描いておられたのです」
アデライードは兄妹二人の表情を見ていたが、妙な目配せなどは全く見えなかった。
レイファも、この屋敷でネーリの姿を見た時、一瞬本当に驚いたように見えた。
恐らく訪問すると聞いていたのはアデライードのことで、もう一人は付き添いの侍女だろうとでも思っていたのかもしれない。
「そうなのか。
いや、話を聞いていると、彼の絵も見たくなるほど美術にお詳しい。
妹はこの通り、芸術には妥協しない、五月蠅い性格をしているからね。
貴方のように若い画家を褒めるなど、余程のことだ」
「まあ。私が来るまで、私のことをまたそんな風に言って楽しんでいらっしゃったのね。
どうなのかしら、アデライード様。兄は普通妹を可愛がってくれるものではありませんこと? うちの兄はどうも社交界で、しっかりしているが多少五月蠅いところがあるなどと私のことを吹聴して遊ぶ悪いクセがありますの。ラファエル様もそんなことなさいます?」
アデライードは首を振った。
「片方の血しか繋がっていませんが、ラファエル様は私にとてもお優しい方ですわ。
長く疎遠だったのに、会った時からずっと親切にして下さいます。
私の母は身分が低かったので、本当に勿体ないくらい……」
「確かラファエル殿は兄姉はたくさんいるが、末の方の弟君だと言ってらしたよ。だから下の妹が出来て、半分の血が繋がっているだけにせよ、可愛くて仕方ないのだろう」
ドラクマは微笑ましそうに言った。
「あら。私は両親が同じなのに兄上は不親切ですわよ」
「そんなことはない。ここにある美術品も数多くが、私とは異なり社交的な妹が余所から持って来てくれたものでもあるのですよ、と二人に褒めておいたよ」
「はい。本当ですわ、レイファ様」
くすくすとアデライードが笑うと、注がれた温かい紅茶に手を伸ばしながら、釈然としない顔でレイファが首を傾ける。
「本当でございますか? まあそれならよろしいんですけども……」
「ネーリ殿は……それではアトリエはどちらに?」
「北のミラーコリ教会の奥の間を借りて、主にそこで描いています。お金も取らず好きに描いていいと親切な神父様が貸して下さって」
ドラクマは頷いた。
「なるほど、教会で……私も街の画廊など時々回っているのだが、貴方の絵は見たことがなかった。そんなに素晴らしい画家でいらっしゃるなら、少しも見てないはずは無いと思ったんだが……教会はヴェネト大聖堂以外、あまり行かないからなあ」
「兄上のように享楽的な生活に耽っておられると、清貧を旨とする教会に行くときっと気が咎めるんですわ。居心地が悪いのでしょう」
「失礼な。そんなことはない。私は宗教画もとても好きだよ。まったく。お前もそうやって兄を苛めて楽しんでるじゃ無いか」
「あら。私は事実を言っただけでしたが、お気に障りました?」
「享楽的な生活を好むのはお前だって一緒だと思うが」
「私は教会にも出入りしていますわ。聖職の方の有り難いお話を聞いていると、享楽的な生活をしてる身にそれはそれは染みますの。礼拝が終わると心が洗われますわ。こんな罪深い生活をさせていただけている私は、少しでもその財産をヴェネトの社会貢献に使わなければと、そういう気持ちになります。兄上は礼拝もお嫌いでしょう」
「私は……素晴らしい礼拝の最中に寝息など立てるのも申し訳ないと思ってね」
「素晴らしいと思ってる礼拝の最中に、そもそも人は寝たりしませんわよ」
やんわり応酬をし始めたシャルタナ兄妹を交互にアデライードとネーリが目をパチパチさせて見ている。
ドラクマはため息をついた。
「言い合いになると、必ず私が負けるんですよ」
「生意気な妹にいつもこうやって勝ちを譲って下さるの。いいお兄様でしょう」
「あんまり嬉しくないなあ」
アデライードがくすくすと笑った。
「仲がよろしいですわ。兄から伺っていますけれど、お二人は趣味の合うご兄妹でいつも一緒に観劇などもなされているとか。とても楽しそうで羨ましいです」
「兄は私と違ってのんびりしたところがございますから、私はそろそろ新しい奥方など迎えられてもいいと思うのですけれど。離婚なさってからすっかり羽を伸ばすクセがついてしまって、今更再婚して奥様の機嫌を取るのは面倒くさいそうにございますよ」
「こらこら……何でも話してはいけない」
「私は母親になるというタイプではありませんから、いいのですよ。幸い兄に跡継ぎが一人いて、私が亡くなった後はその子に財を贈ろうと思っていますし、私は日々、ヴェネトという国で豊かに生活させていただいておりますから、劇場や画廊や、国庫にも、ささやかな貢献をしたいと思っています」
ネーリはふと、レイファの話に興味を引かれた。
自分の子供に財を継がせようとしたいとは思わないのだろうか?
「奥様は……他人のために尽くされるのがお好きですか?」
試しに聞いてみると、レイファは微笑む。
「まあ、ネーリ様。私のことは奥様なんて堅苦しく呼ばないでよろしいのよ。レイファとお呼び下さいませ」
彼女は優雅に足を組み替えると、もう一度、温かい紅茶に手を伸ばした。
「自分の子を持つことに、あんまり興味はありませんわね。自分の子供が憎らしい人間だったら、ただそれだけでその子に私の財が行くなんて嫌ですもの」
「お前は昔から変わった考えをしていたなあ。その子が愛らしい子かもしれないじゃないか。そうしたらお前の莫大な財産をその子に譲れることは人生の喜びになるかも」
レイファは半眼になって兄に返す。
「私の子供が無垢な愛らしい子になると思います?」
「思うよ。子供というのは親がどうであれ生まれた時は無垢で可愛いものさ」
「夫が聖人君子のような方で無ければ、無理ですわね」
「妹は、自分にとても厳しいんだよ」
苦笑したドラクマはアデライードとネーリに言った。
「昔からそうだった。
私などは自分にも他人にも甘い人間なんだが、妹は自分にとても厳しい。
貴族の教養なども、何でも自分には厳しくやった。それでいて怠け癖のある兄に文句などは言わず、貴方はそれでいいのだと言ってくれてね。
他人には不思議と、寛容な所があるんだ。
そういう所は我が妹ながら、私は感心している」
「結局、人は自分がどう生きたいのかは自分でしか決められないものですわ。
頑張りたくないと思ってる人間に鞭を振るったって、効果はないでしょう。
好きなことを仕事にしている人間がこの世で一番美しいわ。
素晴らしい母になる素質を持った女性もいます。
あの方達に比べると、私は母には到底向いていませんわよ」
◇ ◇ ◇
そのまま話が弾んだので夕食を取りながらまだ話し、夕食後もう一度屋敷の中の美術品を四人で見ることにした。
アデライードをドラクマがエスコートし、レイファをネーリがエスコートした。
仲良く四人で美術品を囲み、色々話せば瞬く間に時間が過ぎていく。
ラファエルが、リストのことは不気味だが、自分には今のところドラクマ・シャルタナが特別不審なところがあるようには見えなかった、とも言っていたのをネーリは思い出していた。確かに彼の言うとおりだ。
ネーリも今日一日、色々彼と話したが、特別嫌だと思うような部分は全く無かった。
魅力的な道楽貴族とヴェネトの社交界でも思われているようだが、ドラクマも妹のレイファも、評判通りの兄妹だった。
明るく社交的で、話術に長け、側にいる人間を楽しませる。
時折やんわり言い合っていても、仲がいい兄妹なんだということがちゃんと分かる。
確かに趣味も合い、友人のような関係なんだろうと思う。
財力があり、友人も多く、家族の絆も強い。
そんな人が、悪い犯罪に敢えて手を染めるだろうか?
「ネーリ殿の絵を、今度ぜひ見てみたいなあ」
ドラクマが言った。
アデライードは、ドラクマがネーリに興味を持った時は、十分警戒してくれとラファエルに言われていたのでドキリとしたのだが、ネーリは優しく笑った。
「公爵様に見て頂けるなんて光栄です。ミラーコリ教会は町外れの小さな教会ですが、とても手入れが行き届いた、綺麗な教会ですよ。屋根裏の天井部分にある六枚のステンドグラスが【天地創造】をテーマに作られた物で、作者は不明のようですが、とても美しいです」
ほう、とドラクマは興味を持ったようだ。
「だから言ったでしょう、お兄様。
教会も聖堂も信仰の宿る作品はまた別格の美しさがあると。
フランスにも美しい大聖堂がたくさんありますわ。
私、何度か行ったことがありますの」
「そうなのですか。レイファ様は船も全然恐ろしくないのですね」
「とんでもない。巨大な大型船で優雅な船旅。最高ですわ」
「このあたりがうちの妹は豪気だな」
「ラファエル様と同じことを仰ってるわ」
「まあ。アデライード様も船旅がお好きなのですね。素晴らしいわ。
女と来たら船に乗るだけで死地に赴くみたいに感情的になるんですもの。
春になってもっと温かくなったら、一度二人で船旅をしませんこと? 船など全て私が用意させますし、世話役の人間もたくさん連れて行きますから、船上でも陸と同じ何不自由ない生活が出来ますから心配いりません」
「まあ……どちらへいらっしゃるの?」
「どこへでも」
レイファが明るい表情で笑った。
「フランス、スペイン、イタリア……他のどちらでもよろしいのよ。
私、ヴェネトも大変美しい国と誇っておりますけど、外国も好きですわ。いつも見ない風景が水平線の先に見えてきた時なんて、心が躍ります」
彼女の顔を見ると、嘘をついているようには見えない。
レイファ・シャルタナは王妃セルピナ・ビューレイと違って、外国にも非常に興味を持っているようだった。ネーリは意外に思った。シャルタナ家は六大貴族の一つだから、もっと保守的で、王妃の行いを擁護するような所があるのかと思っていたからだ。
「別にもったいぶっているわけではないのですが」
厳格な祖父が、家宝にしろと特別な価値ある美術品を集めた別邸が更にあるようで、ドラクマが案内してくれた。ここは倉庫のように使っていてあまり人に見せないという。見せたい時はここから持ち出し、別邸の方にわざわざ展示するようだった。
ネーリはその場所へ続く回廊を歩きながら、庭に植えられた花などの説明をしてくれているレイファに、聞いてみたくなった。
シャルタナ家は陰謀に関わっているかもしれないのであまり言葉を交わすことは危険なのだが、少し話を聞いてシャルタナ兄妹の物の考え方が、ヴェネト王妃ほど排他的でないと感じたことが気になったのだ。
「あの……レイファ様」
彼女が振り返る。
前を行くアデライードとドラクマはゆっくりと遠ざかっていく。
「今日は、とても珍しいものを見せて下さってありがとうございます。
アデライード様は、フランス艦隊総司令官の妹君で、フランスの公爵令嬢ですから……シャルタナ公に招かれてもおかしくない高貴な方ですが……僕はただの、画家なのに」
「まあ。そんなことを気にしていらっしゃるの? ネーリ様。可愛らしいこと。
貴方の絵は、スケッチですけれど私も見ましたわ。
私は素晴らしいと思ったのですから、貴方は私の中でももう『ただの画家』じゃありませんのよ。アデライード様は謙遜しておいでですけど、見る目がありますわ。今、あの方の肖像画を描かれているのでしょう? 完成したらぜひ、私にも見せてくださいませ」
「あ、はい……ありがとうございます」
ふふ、とレイファは優しく笑った。
この人は自分は母親には向かないと言っていたけど、そんな風には見えないのにな、とネーリは思った。
本当に芸術が好きで、人が好きだというのが伝わって来る。
様々な趣味があり、日常を彩っている。
年の頃は王妃セルピナと同じようだと思う。
だからかもしれない。レイファに優しく笑いかけられるとネーリはセルピナを自然と思い出して、彼女のあの自分を憎む目が浮かび、なんだか落ち着かなかった。
セルピナはネーリの絵も嫌っていた。
見たくないわ、と顔を逸らしていた姿を覚えてる。
この人は身分の高い女性だけど、僕の絵を好きだと思ってくれるんだなと不思議だった。
確かに、今日少し話しただけで人間が分かると思う方が変だけど、やはりこの兄妹が身寄りの無い人間を人に言わせて攫い、害を与えようと考える人だとどうしても思えなかった。
フェルディナントは捜査を始める、と言っていた。
もし何かの間違いがあるなら、彼に話してでも「シャルタナ兄妹は人を傷つける人間に思えない」と言ってもいい。ネーリは本気で思ったほどだ。
だから尚更、聞きたい。
「あの……、こんなこと、レイファ様にお聞きしていいのか分からないんですが」
「よろしいのよ、ここはシャルタナ家の敷地ですもの。遠慮は要りませんわ」
「その……。……レイファ様は【シビュラの塔】が三国を滅ぼしたのは事実だと思われますか……?」
初めて、朗らかだったレイファの表情に変化が見えた。
それは笑顔が止まったと表現していいものだったから、ネーリは首を振る。
「いいんです。ごめんなさい、忘れて下さい」
慌てて、歩き出す。
「ネーリ様」
急いでアデライードを追おうとして、呼び止められた。
優雅な出で立ちのバリデル伯爵は、すでに月が昇り、庭に掲げられた灯りの中佇んでいる。手招くように彼女は扇を揺らした。
「よろしいのよ。確かに城下ではそのような話題は噤むべきでしょうが、ここはシャルタナの城。遠慮は要らないわ。
貴方はヴェネトを描く画家。確かにそんな方が【シビュラの塔】の存在だけ無いもののように振る舞うのは不自然です。気になって当然よ」
誘われる手振りに、ネーリは少しだけ彼女の方に戻って行った。
「そうね……シャルタナ家にも情報をもたらす者がいます。
実際この目で見たわけではありませんけど【シビュラの塔】が【アルメリア】【ファレーズ】【エルスタル】の三国を消滅させたというのは本当のことのようですわ。
そもそもその事実が無ければ、列強と名高いフランス、スペイン、神聖ローマ帝国がヴェネトの地に集うわけありませんもの」
「それは……そのことは、どのように思われますか?」
「妃殿下を公に非難することは、臣下として許されることはありませんけど。
私は、随分早まったことをなさったと思っていますわよ」
はっきりとレイファがそこまで言ったので、ネーリは驚いた。
彼の驚いた顔を見て「そんなに驚くこと?」とレイファは首を傾げて微笑んだ。
その仕草と微笑みは、一瞬少女のようにさえ見えて、妖艶な女伯爵が別人のように思えた。今、ヴェネトにおいて【シビュラの塔】と王妃セルピナのことを、これほど明確に喋れる人間がどれほどいるのだろうか。
しかしそこに立ったレイファ・シャルタナには、語る口調に少しの迷いも見えない。
「他国を跡形も無く吹き飛ばすなんて、野蛮すぎますわ。
妃殿下の父君も蛮勇で名を馳せたユリウス・ガンディノ公ですけれど、何もそんなところまで父親に似せずとも……。
【シビュラの塔】はヴェネトに在るのです。
古代の時代からこの地の象徴、守り神のようにそこにあった。
威嚇するなら人の住んでない島でも吹き飛ばすだけで十分でしょう。
きっと滅ぼされた三国にも素晴らしい文化や宝物、人々がいたはずですわ。
それを一瞬で壊してしまうなんて、あまりの感受性の無さ。残念すぎます。
ネーリ様はよく人間をお描きになる?」
「あ……。僕はあまり……街の人とかは描きます。肖像画はあまり描かなくて……アデライード様が初めてです」
「まあ、そうなのですね。まだお若いから、これから色々描かれてみるといいわ。
人間を描くのも楽しいものですわよ。
純粋さも、醜さも、
人間らしいものは、魅力的に見えるものです。
妃殿下にも人間というものの楽しさを、もっと知って頂きたいわ。
人間を愛せたら、人間の生活や人生を根こそぎ消滅させるなんていかに罪深いことか、きっとお分かりになるわ」
「――【シビュラの塔】は再び他国を攻撃するでしょうか?」
「そうならないことを心から願うわ。」
やはりきっぱりと言い切り、レイファ・シャルタナはもう一度優しく笑った。
「さぁ、参りましょう。こんなところで立ち話していては凍えてしまいますわ。
まあ、なんて温かいほっぺた」
ネーリの頬に触れて、女伯爵は微笑んだ。
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