第8話、帰還と評判とハゲ

 妖精と帰り道という旅を始め、十数日が経った。

 道中何度か大きな街に寄り、はしゃいだルルが少し騒動を起こす事もあったが、衛兵に注意された程度で済んでいる。

 その際ルルがしょぼんとしていたが、その理由が意外だったな。


『わたしのせいでジェイルが怒られるの? 何で?』


 と、自分が言われる事よりも、俺が注意されてる事の方が嫌だったらしい。

 その後は特に騒動も無く……という訳でも無かったが、致命的な問題は何も無かった。

 ちょっとスリを吹き飛ばしたり、俺に絡んだ連中を吹き飛ばしたりとかは、少しあったけど。


『アレはわたし悪くないもん』


 当人の主張はこうである。頬を膨らませて解り易く不満顔だったな。

 一応は全員生きているし、やった事は悪事では無いのでお咎めは無しで済んだが。

 そんな風に少しだけ問題は有ったが、その程度でやっと自分の住む街まで帰って来れた。


『おおー、今までで一番大きい! 何あれ凄い!』

「……帰って来れたかぁ」


 ルルのはしゃぐ声を聞き、けれど俺は答えずに感慨にふける。

 今回は随分と長い仕事になった。

 道中色々有った気がするが、もう良い思い出と言って良いだろう。


 帰って来れた。無事に、大きな怪我も無く、帰って来る事が出来た。

 その事に安堵の息を吐く。


『ここがジェイルの家なの⁉ すっごく大きいね!』

「待って待って、違う違う」


 だがそんな感慨はルルの勢いに吹き飛ばされ、思わず突っ込んでしまった。

 この街全体が俺の家な訳ないだろう。余りにも持て余し過ぎる。

 そもそも俺は国王でも領主でもない一般人だ。


「ここがこの国の王都で、俺はここに住んでるだけだぞ」

『そうなの? 凄いね!』


 もうテンション上がり過ぎて何言ってるか解って無いな。ただ都会が凄い所なのは確かだ。

 医者は居るし、薬も有る。勿論高いけれど、そもそも田舎には医者も薬も無い事が多い。

 色んな物が田舎より高いし、場所によってはかなり危険だが、それでも便利だ。


 何より悪い所を上げても仕方ないしな。良い所を良いと言う方が、きっと建設的だろうよ。


「おお、生きてたか! 最近見なかったから死んだかと思ったぞ!」


 はしゃぐルルに付いて行き、門へと近づいた所で兵士が声をかけて来た。

 気易く声をかけて来た通り、良く見知った顔だ。街の外に出る時は良く話す兵士だ。


「勘弁してくれ。この通り生きてるよ」

「みたいだな。おかえり。ったく、あんまり無茶するなよ?」

「それだとまるで、俺が何時も無茶してるみたいじゃないか」

「何時もはしねえけど、偶にするだろ? 雑用以外の仕事をよ」


 そうだな。俺としても無茶はしたくないんだけどな。今回は色々有り過ぎて疲れたし。

 そう言えば荷物の中身、もう見てるかな。バレてるかな。バレてないと良いな。無理かな。


「おい、どうした。変な顔して」

「ああいや、流石に今回はちょっと疲れただけだよ」

「そうか……詳しくは聞かねえが、今日ぐらいはゆっくり休めよ。それと……お前の隣で飛んでるお嬢ちゃんは、お前の連れで良いのか? その、妖精、だよな? 羽生えてるし」

「お嬢ちゃん?」


 思わず聞き返してしまった。

 飛んでる時点で妖精の事だとは解るが、男か女かは判別がついてなかったから。

 そもそも性別よりも、もっと疑問を持つ部分があったし。羽付いた幼児だぞ。


『わたしはジェイルの相棒だよ! 道中いっぱい助けたんだから! むふー!』

「相棒。そりゃあ良い。陽気な妖精だねぇ。陰気な事が多いお前には丁度良さそうだな」

『えへへー。任せて! 私が面倒見てあげるから!』

「おう、宜しく頼んだぜ」


 ルルの答えは兎も角として、否定の言葉が無かったな。という事はルルは女性だったのか。

 俺は女性に対して何か失礼な事を言ってないだろうか。後で知識を得て怒られないと良いが。

 取りあえず挨拶はそんな所で終わらせ、門をくぐって王都へと入る。


『あれ? 今日は入る時に注意されないのー?』

「顔見知りの兵士だったし、俺がここに住んでる事を知ってるからな」


 門の兵士、というか警備兵というものは、大体よそ者には厳しい。

 それは住んでいる人間の安全を守る為だ。


 旅をしている人間ってのは、時折普通じゃない面倒を起こす。

 住み着いていないが故の暴挙だったり、そもそも問題が有るが故に旅人だったりと。

 勿論善良な旅人も居るけど、そうじゃない人間も多い。だから門番は特に目を光らせている。

 

 それと荷物の検問は何処の街でも良くある。違法物の検査や、荷物の量の誤魔化しなど。

 やり方が甘い街も有るが、徹底している場所はかなり厳しい。

 それでも全てを防ぐのは不可能だが。


 ただこの街に限っては、俺は余所者じゃない。だから検査も甘い。商人でも無いしな。


『それで、何処に住んでるの? あれー?』

「いや、あれは城だから。王様が済む所だから」


 あんな所に一般人が住めるどころか、足を踏み入れる事すら出来ないだろう。


「そうだな……仕事の報告は後にして、とりあえず家に帰ろうか」

『おー、行こー行こー! たーのしーみー♪』


 ルルはもう楽しくて堪らないという感じで、帰り路を歩く俺の周りを飛びまわる。

 その道中、近所の人達から声をかけられた。お帰り。心配したよ、どこ行ってたんだと。


「仕事でちょっと遠出をね……」


 としか答えられないのが申し訳ない。

 後は当然だが、俺の周りを飛びまわるルルの事も聞かれた。

 主に疑問は『それ妖精?』という物だったが。


 その気持ちはとても良く解る。世間一般の妖精って掌サイズだからな。

 俺も正直未だに若干の疑問は持っているが、妖精以外に表現がしようがない造形だからなぁ。


『むふー! わたしはね、相棒なの! 相棒なのだー!』


 当の本人は妖精かどうかよりも、俺の相棒という自己主張の方が強かったが。


「あら、そうなのねー」

「ふふっ、可愛い」


 ただまあ無邪気な事も要因なのか、妖精としての異様さよりも可愛らしさの方が勝ったらしく、特に深く突っ込まれる事も無く、ただの可愛らしい幼児の様に受け入れられていた。


『いっぱい声かけて来るねー。ジェイルって人気者?』

「違う違う。ご近所さんだし、良く仕事を貰うからだよ」


 俺の仕事は本来雑用がメインだ。今回の様な遠出は例外も例外。

 細かい仕事の数をこなし、小銭を積み上げていくのが通常業務だ。

 その関係で顔が多少広いだけに過ぎない。


「さて、ここが俺の家だ」

『おー! おー? なんか……ぼろぼろ?』

「ははっ、そうだな」


 ルルの言う通り、王都に在るくせにぼろい平屋。それが俺の住んでいる家だ。

 長屋じゃないだけ贅沢だと思う。因みに俺が建てた。

 材料費さえあれば、二階建ても作る自信はある。


 ただほぼ廃材で建てた家なので、二階建てにしたら潰れるだろうけど。

 大概の事は自分で出来る自信は有るが、材料費の捻出はまた別の話だからな……。


「ただいま」

『ただいまー!』


 帰りの言葉を告げながら家に入ると、何故かルルも同じ様に告げる。

 ここは俺の家であってルルの家では無いんだが。

 まあ良いか。ノリで喋る所が有るのはもう解っているし。


「おかえり。帰りが遅くて心配したよ。怪我は無いかい?」


 父が優しく俺を迎え入れ、母はその後にニコリと笑って近づいて来る。


「無事に帰って来たわね。おかえりなさい」


 二人共俺が無事な事を喜び、ほっとした笑みを見せる。

 けれど俺は俺で、二人が無事な事に安堵していた。


 俺の両親は体が弱い。年中病気がちで、今回の仕事もそれが不安だった。

 長期間俺が居なくて大丈夫だろうか。けれど二人の薬の為には今回の依頼は美味しい。

 そんな悩みに悩んだ末の仕事だった訳で、だからこそ無駄足にはしたくなかった。


 卑怯な真似をしたとは思っている。胸を張れる事ではない。今後罪悪感に苛まれるのだろう。

 それでも二人の薬代を考えると、素直に白状するのは懐に厳しい。黙っているしかない。


『……この二人、ジェイルの親だね!』

「え、何を突然。いやまあ、俺の親だけども」


 今後の覚悟を決めていると、ルルが良く解らない事を言い出した。

 そりゃ親だ。ちゃんと血の繋がった親だ。

 もし繋がってないと言われたとしても、育てて貰った恩が有るし、俺の親はこの二人しかいないと断言出来るぞ。


『ジェイルと同じ匂い良いがする! しかも匂いがジェイルより強いよ!』

「————っ!」


 呪いの匂いが二人から? まさか二人が病気がちなのは、呪いのせいだったりするのか?

 だが俺も同じ匂いがする訳で、俺は二人と違って健康体だ。

 それに俺には二人から短剣の時の様な禍々しい気配を感じない。本当に同じ匂いがするのか?


 いや、もし本当に俺や両親が短剣と同じ状態なら、むしろ俺達が周囲に悪影響を与えるのか?


『でもジェイルと同じで食べられないねー。良い匂いなのになー。残念だなー……』

「……そっか。それは、残念だな」


 余りにも解らない事が多い。俺には処理出来ない事が一気に増え過ぎだ。

 ルルが感じる『匂い』を食えるなら、それが一番助かったんだが……出来ない事を望んでも仕方ないだろう。現状俺に出来る事は何も無いし、今まで普通に生活して来たんだしな。

 

 取り敢えず、今は気にしない事にしよう。本音を言えば怖さが残るけど、どうしようもない。


「何か、妖精さんの期待に沿えなかったのかな。それは申し訳ない」

『気にしないでー。わたしも気にしないから!』

「あらあら、優しい妖精さんね。ありがとう」


 俺が少し心の整理をつけている内に、両親はルルに話しかけていた。物凄く暢気に。


「妖精さんは、息子のお友達という事で良いのかな」

『違うよー? わたしは相棒だよ!』

「まあ、それは嬉しいわね。どうか息子の事を守ってやって下さいな」

『うんっ! 守ってあげる! まかせてー!』


 ルルがもう馴染んでいる。父も母も特に疑問も無く、幼児姿のルルを受け入れているな。

 俺の両親は細かい事を気にしないと言うか、おっとりしてると言うか、雑と言うか。

 まあ良いか。ルルも楽しげな様子だし、別に仲違いして欲しい訳でもないしな。


「じゃあ、帰って来たばっかりだけど、俺はちょっと出て来るから」

『解ったー! わたしは二人と話してるね!』


 その方が助かるんだが、こうも即座に一人にされると若干寂しいものがある。

 ここまでの旅路で仲良くなったと思ったんだがな。両親に一瞬で上回られてしまった。

 まあ、うん、行くか。一人の方が良いのは本当だしな。


 ルルと両親に見送られて家を出て、住宅街から離れて大通りへと向かう。

 そうして向かった先は俺の仕事場……というか、依頼を貰う組織の建物。傭兵組合だ。

 まあ傭兵とは名ばかりの、戦時に仕事が無い連中への雑用斡旋組織だが。


 後は雑用を嫌がって野盗になった元傭兵の処分とかもするが、その辺りの仕事は俺の管轄外だ。基本的にそういう危ない仕事は受けない。俺はもっぱら雑用を好んでいる。

 安全な仕事で金が貰えるんだぞ。むしろ何で皆がやらないのか理解に苦しむ。


「おー、生きてたのかよ!」

「最近見なかったけど何してたんだー?」

「どっかの豪邸の修繕でもしてたんじゃね」

「また今度飲もうぜー」


 中に入るとそんな風に声をかけられ、何時も通り丁寧に答えつつ奥へ向かう。

 受付に居る職員に声をかけて、今回の依頼の書類を見せた。


「奥へどうぞ。お帰りをお待ちしておりました」


 まるで俺が貴人にでもなったかの扱いだ。実際は大っぴらに言えない仕事だからだが。

 そういう契約の仕事だし、終わった今となってはそりゃ言えないだろうと思う。

 もし次が在るとしても二度とやらない。どんなに報酬が良くてもごめんだ。


 そう心に決めて奥へと向かい、この組合の長の部屋の扉を叩く。


「おー、入んなー」


 気の抜けたオッサンの声が響き、それを聞いてから扉を開ける。

 中には随分と豪華な机と椅子に似合わない、厳ついハゲのオッサンが座っている。


 こいつが王都の傭兵組合の長。

 俺とコイツは昔からの知り合いで、そのせいで仕事を投げつけられる事が多々有る。

 投げつけて来るのは、大体が今回の様に面倒な仕事だ。


 流石に今回程の仕事は今まで無かったが、知り合いだからと気軽に振ってきやがる。

 それで助かる事も有ったが、面倒な事の方が多い。


「おお、帰って来たか。無事な所を見るに、しっかり終えて来たみてーだな」

「オイコラハゲ。何が楽な仕事だ。クッソ程大変だったぞ」

「いやぁ、お前なら問題ねえだろ。実際問題無かった訳だしよ。怪我一つ無さそうじゃねえか」

「問題だらけだったんだよ!」


 ケラケラと笑うハゲに腹が立ち、だが言ってから『しまった』と思った。

 目の前のハゲの視線が鋭くなり、俺の様子を探る目を向けて来た事で。

 流石は傭兵組合の長とでも言うべきか、真面目な面をすると中々の迫力だ。


「問題ねぇ……何が有ったってんだ?」


 問題は沢山有った。滅茶苦茶有った。けどそれを正直に全て言うのは不味い。

 言えない。報酬の為に色々と黙って帰って来たんだ。言える訳が無いだろう。


「……明らかに、俺が普段倒さずに避ける様な魔獣が居た。その警告が無いのは騙しだろう」

「はーん? 避けられるんだから問題ねえじゃねえか」


 結果的にはそうかもしれないが、そこには労力が存在する。

 そんな風に反論を始めたかったが、言葉を重ねれば重ねる程ボロが出る気がした。

 言いたい事は大量に有るが、それを言って良い結果ではない自覚も自分の中に有る。


「……もう良い。約束通りの報酬は貰えるんだろうな」


 なので反論を諦め、もう報酬を貰う話に変えた。

 すると向こうも威圧感の有る表情を消し、最初と同じ緩い態度でニカッと笑った。


「勿論だ。そこを誤魔化したら、傭兵なんざ全員離反しちまうっての」

「命がかかってりゃそうだろうな。今回は特に実感した」


 傭兵は払いが悪いと裏切る話は聞く。もっと良い払いをする国に付く話も。

 それがたとえ敵国であっても鞍替えする事も在ると。

 命がけの仕事をした今回、その気持ちが良ーく解る。


 これでもし出し渋りでもしたら、あらゆる手を使って仕返しをするだろう。


「目がこえーよ。俺はお前を誰よりも評価してんだ。ちゃんと払うさ」

「ふんっ、口が上手いハゲだ」


 俺の評価なんて、雑用ばっかり受ける、魔獣からは隠れ逃げる腰抜けだ。

 それが悪いとは思ってないし、むしろそれで良いと思ってる。

 安全な仕事の方が俺に合っているしな。


 まあこれで、暫くは医者代も薬代も困らないだろう。一安心だ。

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