第5話、秘境の里

『しゅっぱーつ!』

「うん、出発するけど……やっぱり付いて来るのか?」


 一晩ゆっくり村で休ませて貰い、食料も補充して、再度目的地へ出発する為に村の外へ。

 という所でやけに元気な妖精に、思わずそう問いかけてしまった。


『う? 付いてくよ? 何でそんな事聞くの?』

「いや、何でって問い返されても少し困るんだが……」


 妖精が俺に付いて来る目的は、呪いをもう一度食べる為だ。

 呪いの臭いがする俺に付いて行けば食べられる。そういう理由で付いて来たはずだ。

 だが実際には見つからず、普通は呪いなんて出て来ないと納得した、はずだ。一応。


「付いて来る理由、もう無いだろ? 俺に付いて来ても食えないって解ったんだし」

『……でも、匂い、するもん。それ以外、手がかり、無いもん』


 匂いがするから何時かは食べられる、という結論を曲げる気が無いらしい。


 俺は今までに身近であんな危ない物を見た事は無い。

 触るだけで魔獣が死ぬ様な物なんて、全く覚えが無い。

 である以上俺に付いて来た所で、徒労に終わると思うんだが。


 ……今までそんな物に出会った事の無い俺から、同じ匂いをする事に大きな疑問は残るが。


『ついてったら……だめ?』


 だがそんな俺に縋る様に、半泣きの顔になる幼児妖精。物凄く罪悪感が募る。


「————解った。一緒に行こうか。飽きるまで付いて来れば良い」

『っ、うん! ついてく!』


 慌てて応えると、パァっと笑顔を取り戻した。やってしまった気がする。

 だが幼児に泣きそうな顔をされて、冷たく突き放せる奴が居るだろうか。

 少なくとも俺は無理だ。


 もう色々と諦めて歩を進め、妖精は楽しそうに飛び回りながら俺に付いて来る。

 道中は他愛も無い雑談を、というか主に人間はどういう生き物なのか、を聞かれていた。

 最初は質問が漠然としていたので戸惑ったが、何というかこの妖精はやっぱり頭が良い。


 俺が答えに詰まると聞き方を変え、答え易い様に質問を変えて来る。


『なるほどー。ほえー』


 まあ、この返答を聞いていると、本当に理解しているのか悩む時も有るが。


 とはいえ俺が答えられる事なんてたかが知れている。なにせ基本は日雇い労働者だ。

 大した学も無いし、知識として持っているのは雑用か荒事の類だ。

 更に荒事に関しては使う事も少ない。


 こうやってたまーに危ない仕事を振られ、その時に使って頑張って生き残る程度だ。

 そんな俺程度の知識であっても、山奥で一人だった妖精には楽しいらしい。


『えへへー。楽しいなー。嬉しいなー。ふふー。一緒一緒ー♪』


 そのせいか妙な懐かれ方をした気がするな。嫌われて攻撃されるよりは良いが。

 とはいえ未だに不安は有る。先ず妖精を目的地に連れて行っても良いのかという点だ。


 妖精は俺が荷運びを頼まれた、短剣に付いていた『呪い』を食べた。

 噂で聞いた呪いの荷運びは、ただの噂では無かったという事なんだろう。

 多分誰かが漏らした事実が混ざったんだろうな。


 なら何で中身を言わなかったのかと思うが、言われたら断っていたかもしれない。

 何せ呪いの話は、大体は人が死んで終わるからだ。そんな物近付きたくないだろう。


「……まさか自分が関わる事になるなんてな」


 呪い自体は、どこかで誰かが関わった、なんて話は偶に聞く。大きな商店の男が呪われて死んだとか、どこぞのお貴族様が呪われて死んで代変わりしたとか、そういうのだ。


 ただし呪いに関わるのは、大体が『立場ある人』という印象が強い。

 俺の様な日雇いの一般人は、呪いに関わる事は滅多に無い。そんな認識だ。

 いや、認識だったと言うべきか。今はもう関わってしまった訳だし。勘弁して欲しい。


「解呪の隠れ里、かね、目的地は」


 そして関わってしまった以上、おのずと目的地に何が在るのか多少想像がつく。

 多分だが呪いを解呪するという噂の場所じゃないだろうか。管理してくれるんだったか?

 まあ所詮これも噂話程度の事しか、俺は知らない話ではあるんだが。


 呪いの道具による被害が出た場合は、大体は貴族が対処するから余計にだろう。

 一般人は被害が出ない様に遠退けられて、国や領主が対処する。

 そんな感じだから詳しい事は知らない。


 ただもし想像通りだった場合、そこにこの妖精を連れて行って大丈夫だろうか。


『ん、なあにー? どうしたのー?』

「……いや、何でもない」


 考えていても仕方ない。荷運びはすると決めたんだ。

 それにもし解呪の里って想像が正解なら、食える呪いなんて残って無いかもしれない。

 なら騒ぎにはならないだろう。多分。


 俺はそこで難しく考えるの止め、黙々と歩き続けた。現実逃避とも言う。


『ねえねえ、それでね、それでね』


 訂正。黙々とは無理だ。妖精がずっと話しかけて来るから。

 そんな感じで道なき道を行く事十日程。

 追加の食料も切れそうだなと思った辺りで、人の移動の跡を見つけた。


 獣が付けた物じゃない。これは人間が道を分けた跡だ。

 どうやら目的地が近いらしい。少々不安だったが、今回は迷わずに済んで良かった。


 妖精が魔獣を一撃で倒していたのが一番大きな理由か。今回は一回も逃げていない。

 本当に妖精は強過ぎると思うし、魔法って便利だなと思う。

 俺に魔法の才能が無い事が残念でならない。


 しかし、何だろう。気のせいかもしれないが、この辺りやけに空気が綺麗な気がする。

 いや、空気というより、空間? 自分でも良く解らないが、この辺りを心地良く感じる。

 前回は特にそんな事は無かったんだが……やっと目的地に着きそうな気分の問題だろうか。


 等と自分でも良く解らず首を傾げていたが……魔獣の気配を近くに感じて思考を切った。


『ねえ、これ————』


 妖精が何かを訊ねようとしていたが、それを遮る様に手で口を塞ぎ、妖精を抱えて物陰に隠れる。獣の気配がしたので反射的に隠れてしまった。癖だなこれは。


『獣?』

「ああ」


 妖精は俺の行動を理解しており、特に驚く様子無く小声で訊ねて来た。

 最初こそ驚いていたが、毎回俺が身を隠すので慣れてしまっている。


『じゃあ、わたしがばーんと————』

「いや、今回は俺がやる。相手は一体だし……誰か近くに潜んでいる。万が一に備えたい。もし潜んでいる連中が襲って来たら、その時は頼む」

『うに? 潜む? どこ?』


 魔獣の気配を感じたとほぼ同時に、数人の人間の気配も感じていた。

 周囲を警戒する様に動き、そしてあちらも何かを察知したのか、今は動かずに気配を隠している。


 それが獣に対する警戒なら良い。だが俺達に攻撃して来るつもりなら不味い。


『むーん、こっちから攻撃しちゃ駄目なの?』

「敵じゃなかった場合話が拗れる。向こうが攻撃して来るまで大人しく頼む」

『はーい』


 妖精が納得した所で、大刃のナイフを右手に握り、投げナイフを左手で持ち構える。

 暫くすると獣が姿を現し、妖精が小声で『あれ魔獣だよ、だいじょぶ?』と声をかけて来た。

 それに頷きだけで返し、射程範囲に来た所で投げナイフを投擲。


「ギャンッ⁉」


 目に刺さったのを確認し、刺さった側から飛び込み、獣が対処に動く前に首を斬り落とす。


「ふぅ……」


 問題無く仕留めた事に息を吐いていると、潜む人間の気配が動いたのを感じた。

 こちらの戦闘を確認していたな。さて、どう動いて来るか。

 出来れば獣を警戒していただけだと助かるが。


 そちらへの警戒を緩めずに、気が付いていないふりをしてナイフを仕舞う。


「貴様、何者だ。何の用でこんな所に居る」


 現れたのは槍を構えた身綺麗な一団だった。

 防具こそ殆ど付けていないが、皆筋骨隆々で武器の手入れもされている。

 粗末な道具じゃない。俺一人なら絶対に勝てないなコレは。


 ただこの感じなら野盗という事は無いだろう。むしろ目的地の住人じゃないだろうか。


「すみません、この辺りの里に荷物を運ぶ様に言われた者なんですが、自分は一つしか里の存在を聞いていないんです。もしや他にも有るのでしょうか」

「この近くには我らの里しか無い」

「そうですか。ならこの手紙を見て頂けますか?」

「……拝見しよう」


 怒らせても良い事は無いので腰を低くして説明し、仕事の前に渡された手紙を差し出す。

 これに関しても中は見るなと言われており、言われた通り封は一度も開けていない。

 なので何が書いてあるかは解らないが、手紙を読んだ男は納得する様子を見せた。


「彼は大丈夫だ。本当に荷運びだ」


 そう告げた事で他の人も武器を下げ、思わずホッと息を吐く。


「おーい、もう出て来て大丈夫だぞー」

『いいのー?』


 もう良いだろうと思い妖精を呼ぶと、草むらからピョコンと飛び出して来た。


「っ、子供……妖精?」

「妖精で良いのか、あれって」

「まあ、見た目は、一応妖精、なのか?」


 ただ妖精に気が付いていなかった一団は、突然の妖精出現に一瞬警戒し、だが見た目が明らかにおかしな妖精に疑問を覚えた。

 うん解る。自分の常識とかけ離れてるもんな。


「本当に妖精、なんだよな?」

『妖精です!』

「そうか……妖精なのか……」


 随分混乱している会話だと思う。この妖精には皆が同じ事をしてしまうのだろうか。


「こんな所まで大変だっただろう。なのに武器を向けてすまなかったな。偶にならず者が来るから、警戒は必要でな。荷物は鞄の中か? ああ今は出さなくて良い。こっちだ」


 狭い集落、と思っていたが案外広い。

 奥の方へと案内され、そこには中々大きな建物があった。

 山奥の小さな集落には似つかわしくない、かなりしっかりとした綺麗で大きな建物だ。


 その建物の扉が開かれると、綺麗な女性が現れ————。


「っ!」


 その扉の奥の部屋から、あの危険な気配を感じた。

 短剣と似た様な、吐き気のする気配を。呪いの気配を、思い切り感じ取れてしまった。


 思わず妖精に視線を向ける。

 食べたい食べたいとアレだけ言っていた妖精だ。今すぐにでも飛び付くんじゃないか。

 そう思っての反射的な行動だった。


『ん? どしたのー?』

「……あれ?」


 だが俺の考えとは裏腹に、妖精はキョトンとした顔を向けて来た。

 この気配を感じ取れていない様子だ。

 俺はあの時と同じ感覚なのに、妖精は全く解らないらしい。


 俺にはあの時の短剣も、今の気配も、同じ様な『呪い』に感じる。だが妖精は違うのか?


「あの、どうされました? そちらの妖精様? が何か? えっと、妖精、ですよね?」

「あ、いえ、すみません、何でもないです」

『はい、妖精です!』

「くふっ、元気なお返事ありがとうございます。ふふっ、可愛らしいですね」


 こちらでも妖精に疑問を持たれた。凄く気持ちは解る。

 ただ妖精が無邪気に答えた事で、彼女の疑問は逸れた様だ。

 ならこのまま荷物を渡してしまおう。


「どうぞ、依頼のお荷物です」

「はい確かに。今日はゆっくり休んで行って下さい。簡単な物ですが食事も用意しますよ」

「いえ、すぐ帰ります。予定より長くかかってしまってますし、少しでも早く帰りたので」


 長居をすると包みの事に気が付かれる気がする、

 そうなると荷物を開いたのかという話になるし、色々問い詰められる事になるだろう。

 それは困る。


 汚い事を言っている自覚は有るが、荷物自体は無事に届けたのでどうか許して欲しい。


「そうですか……無理にとは言いませんが、少しは体を休めた方が良いですよ」


 お願いです、優しい顔で気遣わないで下さい。

 完全に自分勝手な都合の為に、即座に逃げようとしているんで。ああ罪悪感。

 でも正直に話さない自分は、とても汚い中年になってしまった。


「その、両親が病気がちなので、心配で……」

「そうですか。それは……確かに早く帰りたくなりますね。ご両親はお優しい息子さんをお持ちになれた事を、誇りに思ってらっしゃるでしょう」


 ああ、お願いします持ち上げないで! 罪悪感が! 罪悪感が増していく! 

 そして逃げる理由にして二人共ごめん! 情けなくて卑怯な息子でごめん!

 でも薬代になるから許してくれ!


 そんな感じで心苦しく感じながら滞在を断り、受領の証拠を貰って集落を後にした。


「休んで行かないなら、せめてこれだけでも持って行くと良い。遠慮するな。気を付けてな」


 と、集落の人に保存食を貰ってしまったが。本当にごめんなさい。許して下さい。


『ねえねえ、休まなくて大丈夫? また寝られないよ?』


 そして妖精まで俺の事を気遣って来る。

 多分前回村に寄った時の事を思い出しての言葉だろう。休める所でしっかり休みたいと。

 ……お前だって、食う物食わないと不味い状況だろうに。


「……うん、大丈夫。帰ったら、お前が食べたい物探すの、手伝うな」

『ホント⁉ 約束だよ! にへー』

「う、うん、約束する、約束は守るよ……」


 罪悪感から大分不味い約束をした気がするが、探して簡単に見つかる物でもないだろう。

 この集落は『呪われた物』が集まる理由が在り、普通はその辺に落ちているはずもない。

 とはいえ流石にここで管理している物に手を出すには、別の意味で危険が有る。


 俺の想像が正しければ、この里は国が関わっている。そこに手を出すのは自殺行為だ。 

 ならこの約束を守るには、全く見つかる当てのない探し物をするしかない。

 まあ約束した以上、妖精が飽きるまでは付き合うつもりだが。


『にへへ~♪ 長は人間には悪い奴が多いって言ってたけど、嘘ばっかりだったねー』

「……ソウダネ」


 妖精……ルルが純粋に喜び、好意を告げる度に、罪悪感で居た堪れなくなるしな。

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