第3話、妖精の素性

 妖精と山奥で出会ってから数日、現在山の中を彷徨っている。

 魔獣との戦闘時に結構走って逃げ回ったせいで、完全に行く道を見失っていた。

 元々秘境への道無き道を歩いていたのも要因だな。


 因みに妖精に関しては、あの一件からずっと付いて来ている。

 最初こそ山に住む妖精という事で警戒していた訳だが、妖精に俺を攻撃する気配は無い。

 むしろ付いて来る理由が解ってしまったので、今はそちらの方に頭を抱えている。


『美味しそうな匂いがするから、一緒に付いてく!』

「……美味しそうな匂い? まさかあの匂いまだするの?」

『うん! 呪いの匂いする! すっごく美味しそうな匂い!』


 等という会話が有ったので。まさかと思ったが、アレは本当に『呪い』だったらしい。

 酔っぱらいの戯言が本当だった事に、感動なんざ一切無い。

 むしろこの仕事を持って来たハゲに、一発ぶん殴ってやるという思いを抱いた。


 アイツ本気で何て仕事させやがる。

 そして勘弁して欲しいのだが、何故か俺の体からもその匂いがするんだと。嘘だろ。


「……まさか、俺の事食べないよね?」

『んー? 良い匂いはするけど、食べられないから食べないよ。不思議ー』


 可愛らしくコテンと首を傾げたこの返答には、心の底からホッとした。


「……というか、そもそも呪いが何なのか、出来れば教えて欲しいんだけど、良いかな」


 流石にここまで来て、何も解らないままにしておく気は無い。

 知らない内に危険に巻き込まれていたのだとしても、知らないままで済んでいたなら、それはそれで仕方ない事だ。

 だが知ってしまった。問題が起きてしまった。ならやはり、聞ける事は聞いておきたい。


『いいよー。えっとねー……』


 すると妖精は笑顔で応えて、知っている限りの事を教えてくれた。


 ただし参考になる知識は殆ど無いという結果だったが。

 どうも意図的に教えられてなかった感じがする。

 それは『教えて貰ってない』と何度か答えていたからだ。確実に教えた者が存在するな。


『えっとね、呪いはね、私達にとっては、とっても美味しい物なんだって、それに食べないと何時か死んじゃうって。だからね、私ね、いっぱい食べたいの!』


 最終的に呪いについて解った事はこれだけだ。

 要はこの妖精は生きて行く為に、死なない為に、少しでも手掛かりと感じた俺の『呪いの匂い』から、付いて来る事を選んだと。

 出来れば何故俺に呪いの匂いが有るのか、呪いが何故生まれるのか、それを知りたかった。


 知ってもどうにもならない気もするけど、これは気持ちの問題だ


『あっちじゃないかなー?』

「そっちに行くとグルグル回る事になるぞ」

『あれー?』


 数日も経てばもう気軽に話す状態になり、山に居たのに何故言葉が解るのかも聞いた。


 どうもこの妖精の放つ言葉は、口にしている言葉を勝手に相手が理解するらしい。

 何故なのかは本人にも解らないが、そういう妖精なのだそうだ。

 だが獣に話かけても答えは無いらしく、俺に初めて通じたとも言ってはいたが。


『にへへー。話せるって楽しいねー』


 ただの雑談で楽しそうに笑う妖精。その理由は……身の上も聞いたせいで理解している。

 この妖精は、一族の中で最後の一体だそうだ。少し前までは話し相手になる妖精が居たらしいが、そいつも消滅……妖精としての死を迎えたそうだ。


『最後にね、言ってたの。私は消えるから、お前は好きにしなさいって。もうお前が最後だから、咎める者は居ないって。だからね、私ね、山のお外に出る事にしたの!』


 妖精から更に詳しく聞くと、どうも妖精の……この妖精の祖先にあたる妖精が、人間と関わって何か嫌な事があったらしい。その後山奥に籠り、人間と関わる事を禁止したそうだ。

 その結果妖精達は弱り始め、死ぬ前に子や孫の世代に命を分け、数を減らし続けたと。


「その、途中で皆出ていこうとか、そう言い出す事は無かったのか?」

『だめーって決めた長が、ずうーっと生きてたから。でもその長も、死んじゃったの』


 つまりつい最近まで『長』と呼ばれる妖精は生きていて、この妖精に好きにしろと言ったのも、その『長』と呼ばれる妖精なのだろう。

 その話を聞いた時、俺は言葉に詰まった。正直何と言えば良いのか解らなかった。


 長の言葉を無視すれば滅ばなかった。そんな無責任な事を言える訳が無い。

 何かしら事情があり、その上で山奥に居たのだろう。

 山奥に居るだけの理由が在ったのだろう。


 妖精の社会は解らないが、俺が軽く何かを言える様な、言って良い様な事ではない何かが。


『でもね、好きにして良いって言われたから、好きにするの! えへへ!』

「……そっか」


 余りにも邪気の無い、嬉しそうな笑み。幼児姿だから余計にか、無邪気で明るい笑みだ。

 この笑みを見てしまったが為に、付いて来ないで欲しいと言う事が出来なくなってしまっていた。多少同情も有ったのだと思う。そうしてそのままずるずると一緒に居る。


 何より心強い所も理由だ。忘れてはいけないが、この羽の生えた幼児は『妖精』なんだ。

 たとえ先日の様に魔獣が群れで現れようとも————。


『どかーん!』


 そんな掛け声と共に爆発魔法が放たれ、魔獣が容易く吹き飛ぶ。

 いやもう、余りにあっさりと。


「妖精って本当に強いよな……」

『そうなの? 私ってつよいの? ……むふー♪』


 何やらご満足そうだ。自分の強さを認識してなかったのか。


 妖精という存在は、珍しいが居ない訳じゃない。普通に街中にも居たりする。

 ただし妖精に手を出す馬鹿は余り居ない。理由は当然、妖精が強いからだ。

 勿論絶対に勝てない相手という訳じゃない。確かに強いが、隔絶した強さでは無いしな。


 だがそれは達人なら達人を倒せる、みたいな話だ。


 妖精は最初から達人の域に居る存在であり、普通の人間には危険な相手。

 それでも人間社会に混ざる妖精なら、余り問題は無い。

 そういう妖精は好きで人間社会に混ざっている。だから何となく人間社会のルールを守る。


 けどこの妖精は今まで秘境の山奥に居て、人間社会のルールなぞ知った事じゃない。

 つまり人間という種にとっては、凄まじく危険な存在とも言える。

 一応念の為、人里に降りるならと諸注意はしたが、どこまで解っているかは不明だ。


 そもそも人間社会のルールを守る妖精でも、割と気分屋なのが普通に居るしな。


『ん、どうしたの? 元気無い? 怪我した? 私が魔法で治すよ!』

「……いや、大丈夫だ。心配してくれてありがとう、行こうか」

『んっ!』


 きっと大丈夫だ。こうやって会話は通じるし、俺を案じてくれる時も有る。

 ならきっと、多分、おそらく、人里に行っても大丈夫なはず。

 大丈夫であってくれ。でないと俺が困る。


「……しかし、俺にあの『呪い』と同じ匂い、か」


 身に覚えはないが少し怖い。確かめる術も無い。荷物の件も有るし、色々と不安だらけだ。


「そういえば、お前って幼児の見た目だけど、長もそんな見た目だったのか?」

『ん? 長はおっきかったよ。あの岩ぐらい!』

「……でっか」


 その岩、下手な小屋より大きいんだが。もうそれは妖精じゃ無いだろう。

 たとえ羽が生えていても妖精と認めたくないぞ。巨大魔獣か何かだ。

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