第4話 103年前に

 時の神殿には、あの10歳の頃から何度かちょくちょく剣の修行と称してルキヤ達は足を運んでいた。

 一番最近行ったのは昨年の初冬の頃で、ちょうどその頃はヨルが14歳になったばかりだった。

 ルキヤ達は同年代で誕生日も近かったことから、大抵は先に歳を取るルキヤに合わせて同時に誕生日を祝われていたが、いつも最後に誕生日を迎えるヨルを祝うために時の神殿に行ったのだった。

「村から神殿までの道って本当、修行に向いているよな~。」

 ルキヤが走りながら呟く。

「だな~!この急勾配きゅうこうばい、マジ筋肉付くから何往復もしたよオイラは!」

「へぇぇ~2人とも凄いね、ボクはこの坂道苦手だな~時々は鍛錬に使うけど、ココじゃなくてミルミスク村の方に向かう方の坂道の方で走ってたかな。あそこの方が傾斜が緩いんだよね。」

 神殿へ続く道は、少し山奥に入って行く関係で上り坂の傾斜がキツめで体力をつけるための鍛錬には持ってこいの道だったが、時の神殿の参拝や観光で向かう人々には苦難の道のりだと知られている。

 その道を今、若さと体力に身を任せた3人の男子が全速力とも思える速度で駆け上がって行くのを誰かが見たら、正気の沙汰では無いと感じるだろう。

 体力自慢の大人でも、片道3時間はかかると言われている時の神殿までの道のりを3人は体力の尽きるまで走り続け、その大人に引けを取らない速度で神殿近くの森の終わりまで辿りついた。

「はぁっ!はぁっ!っ!!」

 肩で息をしながら汗だくになったルキヤは、持参したカバンからタオルを取り出すと、朝の洗顔をするかのように顔を拭く。

「やっべー!オイラも汗だくだ~!!」

 アキラは、着ているシャツの裾を引っ張り上げて顔を拭いていた。

「え~、アキラちょっと不衛生じゃない?」

 アキラの行動にドン引きしながら、ヨルはルキヤと同様にカバンからタオルを出して顔を拭った。

 3人は、ここで一旦休憩して息を整えてから神殿に向かおうと言う算段の様だった。息切れして、ゼーハー言いながら神殿に入るのは・・・ちょっと・・・と言う気分になったからなのだが。

 それぞれのカバンの中には、3日程度の非常食と今食べるお弁当、それと2日分の水だった。水は水筒などに入れてはなく、かじりつくと水が噴き出すほどに出る果物を持っていた。これが意外と日持ちするので、ユークリイート大陸に住む者達の旅路には必要不可欠であった。

 小一時間ほどの休憩を経ると、ルキヤはスっと立ち上がった。

「もうすぐだぞ、皆!神殿に着いたらまず、神官様に話を聞いてもらおう!」

「だな!」

「うん。」

 アキラとヨルも立ち上がり、今度は走らず徒歩で神殿に向かった。

 神殿までは、すぐそこに迫っていた。


「え?何だよ?」

 神殿に着いたルキヤの最初の言葉はそれだった。

「一体・・・何が起きてるんだろうね?」

 冷静に喋っている様に見えるヨルでも、かなり動揺している。

 2人の後ろについていたアキラが、驚愕の声を上げた。

「えっ?!ちょっマジ何なんだ?神殿がぶっ壊れてるじゃないか?!」

 昨年の冬に神殿に行っていたヨルが、まず最初に神殿の残骸に手を伸ばした。

 昨年の冬に行った時はまだ、普通に5年前に行った時と何も変わらずにそこに鎮座していたのだが、今は見るも無残に崩れ去っている。

 しかも、ちょっと瓦礫に触ってみた感じ、神殿が崩れたのはここ数年どころではなく数十年?程は経っている様な劣化具合だった。

「皆、来てみてよ。この神殿何かオカシイ。」

 さっきまでは崩れた神殿を目の当たりにしてショックを受けていたヨルだったが、瓦礫を触ったことで別の真実が存在すると悟っていた。

「おぅ、ヨル。何か分かったのか?」

 瓦礫を手にしたヨルに、ルキヤが問いかける。

 アキラの方は、崩れて荒廃している神殿の残骸の近くまで寄って、瓦礫のスキマから奥を覗き込んでいた。

「うん、そうだね。この神殿はつい先日とか去年に崩れたって感じでは無いんだよ。更に言うと、ボク達がそろってやってきた5年前よりも以前から崩れたままなんだと思う。」

 ヨルは、左手の手のひらに神殿の瓦礫を置くと、近くに落ちていた小枝で瓦礫を突いた。すると瓦礫は端からモロモロと崩れ始めて行く。

「こんなに劣化しているのは、相当昔に崩れたって事だとボクは思うんだよ。」

 ヨルの話に耳を傾けていたルキヤは、

「マジか・・・って言うか、一体どーなってるんだ?オレ達、今この場所はどんな状況になってるって言うんだ。」

 頭を抱えてその場に座り込むルキヤに、思う存分神殿の瓦礫を見て来たアキラが、

「そんなのサッパリ見当もつかねーぜ!何なら近くのキルキス村に行って、神殿の事を聞いてみたら良いんじゃね?」

 アキラにしては珍しく良い所を突いてるな~?とルキヤとヨルは思ったが、とりあえず称賛だけしておくことにした。

「やるな!アキラ!そうだな、とりあえずは周辺の人に聞いてみた方が良さそうだよな!」

「アキラ、やるな~!じゃ、善は急げって事で。」

 3人は、神殿から先ほんの30分ほど西に歩いた所にあるキルキス村に向かった。まだ日は、昼前の傾きだった。


 キルキス村に着くと、今年の農作物の収穫を祝う収穫祭が開かれていた。

 アルル村でも農業は盛んだが、どちらかと言ったらキルキス村の方が農作物の収穫量や、作物の種類が豊富だった。

 アルル村は農業よりも、牧畜の方が盛んなイメージを3人は持っていた。

「おお~!イイ時に来たなぁ~!さっきの弁当じゃ足りなかったんだよな~!何か食おうぜ!」

 キルキス村の収穫祭では、3人の成人の儀の時の様な屋台や出店が結構並んでいるのをアキラが見つけ、食欲に任せて何か買おうとし始める。しかし、

「アキラ、オレ達キルキス村の収穫祭に参加するためにココに来たんだっけ?」

 浮かれて歩くアキラの背後から、ルキヤの冷めた声が響いた。

「そだね、アキラ。ボク達はもっと重要な案件の解決のために動いている筈ではなかったかな?」ヨルは、かなり呆れた様子でアキラに問いかけた。

「うっ!す、スミマセン・・・。」

 アキラは2人の冷ややかな視線に貫かれて、祭りの屋台や出店に後ろ髪を引かれながら、その場から離れるのであった。

「オレ達は、時の神殿がいつから崩れているのか聞きに来たんだぞ!」

 ルキヤはアキラの肩を掴むと、回れ右の方向で反対方向に向かせ、キルキス村の村役場の方へ向かった。

 ヨルもアキラの肩に手を置いて、3人肩を組んで横並びになって歩いて行った。


 村役場に着くと、受付のカウンターに2人の役人が居るだけで、他の人はほぼ収穫祭の方に出払っている様だった。

 ルキヤ達がキルキス村の役場に入ると、残っていた2人のうちの若いお姉さん風の女性が声をかけて来た。

「こんにちは!あら!君達アルル村の子でしょ!?もしかして収穫祭に遊びに来てくれたのかな?」

 お姉さんの問いかけにルキヤは、

「あ、こんにちは。いえ、オレ達は時の神殿見に来たんですよ。でも結構崩れてて。あの神殿、いつからあんなに崩れてましたっけ?」

 と質問し返した。

「あら~!そうだったの!でも収穫祭も楽しんでね。う~~ん、いつからだったかしら。私はあんまり神殿の方の道は通らないから、あの辺の情報詳しくないのよね。係長は知ってますか?」

 お姉さんは神殿の事はあまり知らない様で、もう一人残っていた係長と呼んだ初老の男性に声をかけた。

「時の神殿ねぇ~、確か103年前に勇者が魔王討伐の際にあの神殿の前で戦闘したとかナントカ・・・その辺はワシも詳しくは知らんのだがね、その影響で神殿が崩れたんじゃなかったかな。・・・そこの、キルキス村の史実記録書に載っていなかったかな~・・・」

 係長は、昔の話を思い出しながらルキヤ達に話すと、役場の奥の部屋に入って何かを取って来た。

「ほら、コレだ。キルキス村のここ200年分位の記録だよ。」

 応接用のテーブルの上に係長が置いたのは、これで殴ったらホブゴブリン位は倒せそうな分厚い本だった。

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