星降る夜に落ちた子

千東風子

第一話


 あたしは、いらなかった?

 ねえ、お父さん、お母さん。







 ずっと心で泣いている女の子がいました。

 名前は世羅せら


 世羅が五歳の時に弟が生まれました。

 それまでは、右手でお父さんと、左手でお母さんと手を繋ぎ、お父さんとお母さんはいつも世羅を見ていました。


 しかし、弟が生まれてからは変わりました。


 赤ちゃんの弟が泣く度、お父さんとお母さんは、世羅に背中を向けて弟の世話をしました。

 弟は少し身体が弱く、よく熱を出していたので尚更です。


 やがて弟が大きくなっても、お父さんとお母さんは弟のことばかり。


 世羅は面白くありませんでした。

 弟が生まれてからずっと、です。


「お姉さんなんだから」


 そう言われたら、世羅は黙るしかありません。


 世羅が六年生、弟が一年生の夏休みのことです。

 弟がせがんだハイキングに家族で来ていました。

 共働きの両親は忙しい中、弟の願いは出来るだけ叶えるのです。

 もし、ハイキングに行きたいと言ったのが世羅だったら、来なかったかもしれません。


 世羅はそう思うと、涙が出そうでした。


 弟への嫉妬で黒い心になっていく自分がいることを、とても怖いと思っていたのです。


 前を歩く三人を見ながら、ふと、世羅は足をゆるめてみました。

 すると、三人は世羅を振り返ることもなく、どんどん先に行ってしまいました。


 このまま居なくなっても気が付かないんだ。


 世羅は道からはずれて歩き出しました。


 いつもいつも弟ばかり。

 何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。

 ハイキングなんて、来たくなかった!


 世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。


 足を滑らせたのです。


 その先は、とても急な坂。

 世羅は滑るように落ち、気を失いました。


 そして、目が覚めたらそこは。

 住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。







 痛みで目を覚ました世羅は、混乱しました。

 自分が足を滑らせたことを思い出しましたが、辺りは暗く、夜になっていたからです。


 本当に、探しもしないんだ……。


 お昼ご飯を食べる前に滑り落ち、今は夜。

 世羅は、家族が誰も助けに来てくれないことが悲しくて悲しくて、身体のあちこちも痛くて泣きました。


 やがて泣き疲れると、世羅は辺りを見渡しました。

 回りの様子がおかしいことに気がついたのです。


 満月に照らされた森は、とても美しく輝いていました。


 よく見ると、月の光だけではありません。

 草が樹が葉が、灯りのように光り輝いていたのです。


 そんな光景を、世羅は見たことがありません。

 不思議な光景でしたが、怖さやおそれはありませんでした。


 ただただ、綺麗で、世羅は見惚みとれていました。


 そして、気持ちが落ち着いた世羅は、そのまま眠ってしまったのでした。


 次に世羅が目を覚ました時、見知らぬ天井が見えました。


 たくさんの星が降る夜。

 普段あまり光ることがない森が騒がしく光っていたそうです。

 山に住むおじいさんと男の子は、不思議に思って森を見に来ました。

 そこで倒れている世羅を見つけ、助けてくれたのでした。


 世羅に大きなけがはありませんでしたが、とにかく眠くて、よく眠りました。


 助けてくれたのは、同じ年頃の男の子のルドとおじいさんのダーレス。

 人里離れた山の中で一緒に暮らしているといいます。


 ここは日本じゃない。


 世羅は案外すんなりと受け入れました。


 ルドは男の子だけど、とても綺麗な顔立ちをしていて、黒髪に透き通ったルビーみたいな紅い瞳。おじいさんは、白くなった金髪に青い瞳をしていました。

 どう見ても日本人ではありません。


 そして、言葉は通じるのに文字は読めないことや、何よりも二人が使う魔法が、ここは地球ですらないことを示していたのです。


 おじいさんが手から水を出して、畑に撒いていたのを見た時、あまりに驚いて世羅は腰が抜けてしまいました。


 神隠し。


 自分が今、生まれた所ではないどこか遠くにいることを、世羅は納得するしかなかったのです。


 おじいさんは、星が降る夜は不思議なことが起こってもおかしくないと言い、世界の向こうから落っこちたのだろうと言いました。





https://kakuyomu.jp/users/chi_kochi_ko/news/16818093092604614076


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