第14話

しずか、お前外に出たいか?」


晩御飯を食べながら、涼介りょうすけは最近気になっていることを口にした。

庭に出たりしているのは、きっと外に出たいと思っているからに違いないとは思うが、本人に外に出たいのか聞いたことはない。

外に出られるようにしたいと涼介が思っても、肝心の静が外に出たいと思っていなければ意味がない。


静は返事をせず、ミネストローネをかき混ぜている。


「このままってわけにもいけねぇし、病院に行ってみるか?一緒についていくし、背負ってやってもいい。もし吐いてもいいようにタオルとか袋とかも…」


「食事中にやめてよ」

静は小さな声で抵抗した。


「思ってるよ、昔みたいに普通に生活したいって」


「その言葉が聞けて良かった」

「何それ」

「俺がどれだけ頑張っても、静自身の意思がなけりゃどうしようもねぇしな」

「…頑張ってくれんの?」


「絶対外に出れるようにしてやる」

涼介がそういうと、静は「バカじゃないの」と言いながら、嬉しそうにミネストローネを食べた。


翌日の早朝から特訓を開始することにした。

人の少ない深夜か早朝のどちらでするか悩んだが、夜型生活より朝型生活を維持した方がいいだろうということで、早朝にすることになった。

涼介が欠伸をしながら、ジャージに着替えてリビングに出ると、静はカツオのお腹を枕にして顔を伏せて寝ている。

「静、起きろ。今日俺学校あるから時間そんなねぇんだよ」

そう言って起こすと、まずは10分先にある公園を目標に歩き出した。

外に出て10歩も歩けば、静の顔色は悪くなってくる。

「お、おい、大丈夫か?帰るか?」

「まだ…いける」

「倒れる前に言えよ」そう涼介がいうと、静はこくりと頷いた。

無言なのがよくないのかもしれない。

気を逸らすために、何か話題をと思っていると、静のスマホについているストラップが目に入った。

「そういや、スマホについてるストラップはなんだ?なんかのキャラか?」

「あぁ、これは…推しの…グッズ」

「推し活ってやつか」

「このバンドのライブにいつか行きた…」

そこまで言って気持ち悪さが限界に来たのか静かはしゃがみ込んだ。

その日はそこまでで終了し、帰宅した。


そこからも毎朝2人で挑戦し続けた。

このやり方は精神的によくないのではないかと、止めることを涼介が提案したこともあったが、何かつかめそうという静は続けたがった。

そして毎日僅かだが進めるようにはなっている。

マーライオンになる日もあるが、気分が悪い程度で抑えられる日もある。

5日目には公園まで行けるようになった。

もちろん、公園でのんびりなどは出来るはずもなく、すぐに帰ることになるのだが、公園に行けた事実は静の自信になったようだった。

最近は表情も明るくなってきた気がする。


「今日もお疲れさん」

涼介は顔を青くしながら、ソファーでグッタリする静に声をかけた。

「じゃあ俺出かけてくるわ」

「え?今日は日曜だから学校ないでしょ?」

「俺にだって学校以外にも行くとこあるつーの」

そう言って涼介は家を出た。


(このバンドだよな)


涼介はスマホでSummer Blueというバンドのサイトを見る。

静は、この中にいる陽樹というドラムを推してるらしい。

メンバーはみんなイケメンで、曲もかなり人気があるが、アイドルのように推しとして言われることも多い。

陽樹は国立大法学部在籍でインテリでもある。


(これのどこがいいんだ)

カッコつけて微笑んだ顔が少し鼻につく。


Summer Blueは、来月に近くで行われるフェスに参加することになっている。

ライブまで1ヶ月弱だ。

普通ならなんてことない距離だが、歩いたり、電車に乗ったりして、静にとってはそう簡単にいける距離ではない。

間に合わないかもしれないが、静が言っていたことが頭に浮かぶ。


“このグループのライブにいつか行きたい”


「この前の借りもあるしな」

涼介は誰に言うでもなく言い訳すると、ある場所へ向かった。


□■□


「おー来たな、小僧」

診療所に入ると、じいさんは嬉しそうに手を上げた。

「じゃあ早速だが、働いてもらうぞ」

じいさんが診療所を開けると、たくさんのおじいさんやおばあさんが入ってくる。

看護師のおばちゃんが手慣れた様子で、受付をしていく。

まずは患者たちを順番に並ばせ、足の悪い患者をトイレに連れて行ったり、耳の遠い患者に耳元で大声張り上げたりと、意外と忙しい。

その上、なかなか患者が帰らない。

むしろどんどんおじいさん、おばあさんが入ってくるが、出ていかないので増えていくばかりだ。


「これ、どうなってるんだ?」

「家族の人が迎えにくるまでお相手して!」 


看護師のおばちゃんに言われて相手にしていると、午前の診療が終わる頃にはみんな迎えに来て帰っていく。

どうやらデイサービスがわりにおじいさんやおばあさんを預けているらしい。


「いいのかよ、こんなことして」

じいさんは、「なぜかみんな預けていく、不思議だ、フォホホ」と笑っている。

「最初は家族の方が買い物したり、美容院に行ったり出来るように、頼まれた時にここで待っててもらったりしてたんだけど、気づいたら当たり前のように預けられるようになっちゃって…先生もこの調子だから増える一方で本当に大変だったのよ」

看護師のおばちゃんはため息をついた。

「アルバイトとして小僧がしばらくは来てくれるんじゃから、しばらくは大丈夫じゃろ」

ライブのチケットを買うためにアルバイトを探していたところ、じいさんから声がかかった。

手伝いだけならラクだろうと思っていたら、最初の4時間でグッタリだ。

とはいえ、週末と平日の放課後に少し働けば、ライブのチケット代には間に合うし、健斗を見舞うこともできる。


「小僧、来週も来れるか」

「ウッス」

涼介は力強く返事をした。

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