第12話

「それにしてもみなちゃん、涼介りょうすけしずかちゃんを二人暮らしにしちゃって心配じゃないの?年頃の男女だし」

新婚旅行の船旅中、大介だいすけ美奈子みなこに膝枕されながら、尋ねた。

「そうねえ…。まぁ静は引きこもりで部屋から出ないから大丈夫じゃないかしら」

「涼介は気の弱い男だけど、それでも男だからなぁ」

「そうね、心配だわ、くんが」

「静ちゃんじゃなくて?」

「えぇ、だってあの子・・・」


□■□


「女?」


内添うちぞえが怪訝そうに面の中を覗こうとする。


「勝負するのかしないのか!」

女の凛とした声が公園に響き渡った。


(静だ―)


涼介は声を聴いて核心した。

ただ話し方がいつもと違う気がする。


内添は女だとわかって、安心したのかニヤっと笑った。


「勝負って言っても俺は剣道とかやったことないしなぁ。ルール通りの動きは出来ないかもな」

つまり、ルール無視で好き勝手に攻撃するということだろう。


「それに竹刀もないからこれでいいかな」

警棒のようなものを取り出した。

内添がブンと振ると、棒が伸びる。

防具を着ているとはいえ、あんなので殴られたらひとたまりもない。


「これで殴られたら痛いかもだけど」

「・・・別にそれでも構わぬ!」


「で、勝負したとして君は何を望んでるの?」

「私が勝ったら二度と涼介に近づくな。もちろん、友人関係も家族も全てに関わるでない!」

「ふ~ん。で、僕が勝ったらどんなメリットがあるの?」

「涼介を差し出そう!」

さらっとどんでもないことを言いやがる。

「おい!」思わず声を上げるが、内添が「いいだろう。でもそれだけではこちらの利益が少ない。君もこっちの仲間にはいるということでどうだ?」とまたニヤリと笑った。

「別に構わぬ」

「おい!」再び涼介が声をあげるも、2人は少し間をあけて睨み合って、涼介の言うことなど聞いていない。


最初に動いたのは、内添だった。

内添が足を踏み込んで一気に間合いをつめると、思いっきり頭を叩こうとした。


当たる―。


その瞬間、静はさっと左に体を避けて、思いっきりわき腹に竹刀をぶつけた。


「っ・・・」

内添は痛みでしゃがみ込んだ。

静は内添の警棒を持っている手を蹴り上げると、警棒が遠くへ飛んでカランカランと地面に落ちた。

そして竹刀を振り上げ、頭に当たるスレスレのところで止めた。


「勝負あり」


静がそういうと、内添は一瞬悔しそうな顔をしたが、またにやりと笑った。


「君、強いねぇ」

「負けたんだから約束は守ってもらうぞ!」

「そんなこと言われても俺はバカだから約束なんて覚えてないな」

「・・・じゃあ思い出させてやろう」

静は何かを内添の耳元でささやいた。

内添は焦った顔になって、「クソ・・・」そう言って去っていった。


何事かと涼介はここまで呆気に取られていたが、我に返って静に駆け寄った。

「大丈夫か?」

「・・・大丈夫じゃない・・・。吐きそう・・・」

さっきまでの威勢とは違って、真っ青な顔をしている。

防具をつけた重すぎる静をなんとか担いで、涼介は自宅へ戻った。


□■□


「落ち着いたか?」

ホットココアを飲みながら、静はコクリと頷いた。

「一体、なんでお前は公園に来たんだ?」

「・・・たまたまスマホの通知を見たのよ。内添ってやつがやばいのは前に聞いてたし」

「それで公園まで来たのか。それにしても、よく外に出れたな」

涼介がそういうと、一冊の漫画を取り出した。

「これのおかげ」

過去からタイムスリップした主人公の侍が、現代で様々な犯罪の被害者の代わりに悪人どもを叩き切っていくという内容だ。

最近実写化されるとかで漫画をあまり読まない涼介でも広告くらいはみたことある。

「この主人公になりきってみた」

それで口調がおかしかったのだ。

「しかもめちゃくちゃ強いしよ」

「あー、私は子供の時から少林寺拳法と合気道と剣道習ってたんだよね~美人過ぎるから武道の何か出来ないと心配だって母親に言われて仕方なくね。特に剣道は大人の男の人といつも打ち合いしてたし、全国大会にも出たことあるよ」

静は自慢げでもなく淡々とそう言った。

「それで最後あいつになんて言ったんだよ」

「あぁ・・・あれね」

少しためらいがちに静は言った。


「約束できなければ、お前の大事なところが使えなくなるまで殴ってもいいんだぞ?私は女でその痛みも苦しみわからないから、手加減はできないかもしれんなぁ。あと今回のことはお前の先輩に言っておくからな、って言っただけだけど」


涼介は男として殴られてもないのに痛みを感じた。


「というか、静は俺らの先輩のこと知ってるのか?」

「知るわけないじゃない」

静は当たり前という顔をしてさらっと答えた。

「嘘ついたのかよ!」

「そうだよ。昔のヤンキー漫画で先輩のシマを荒らした後輩がボコボコにされるって描写があったから、先輩って単語だしときゃ怯えるかなって」

「そんな嘘バレたら仕返しされるぞ」

「大丈夫、出来ないから。一連の内容は録画して、警察に通報しといたし」

「録画!?」

「うん、新庄しんじょうに頼んで撮ってもらった。まぁこれで騒ぎになれば、その怖い先輩たちの耳には入るでしょ」

「あいつがすげぇ逆恨みして襲ってきそうなんだけど」

「大丈夫!私は家から出ないもの」

「いやいや、俺は?」

静はにっこり笑って「頑張って」と言った。

「オイオイ!俺が内添をボコボコにして立ち上がれなくするつもりだったのに、静があんなことするから」

静がスマホを見せつけてくる。

そこには土下座をしている涼介が映っている。

「ボコボコ・・・ねぇ?」

「お、お前、そんなところから撮ってたのか!」

「当たり前でしょ」

「その動画、消せ!」

スマホを奪おうとすると、静はさっと涼介の脇を抜けて自室へ駆け上がっていく。

「やなこった」

涼介が追い付く前に、バタンと静の部屋の扉が閉まった。

「何で俺がこんな目にあうんだよ!」

涼介はそう言いながら、静に心から感謝をした。


□■□


翌日、新聞の片隅に、近所の公園で複数人が逮捕されたことが書いてあった。

強盗グループの一員だったことが取り調べでわかったとのことだった。

この逮捕をきっかけに強盗グループの逮捕も時間の問題のようだ。

今回逮捕されたメンバーは未成年の為、名前が載っていない。

本当に内添が逮捕されたのかはわからなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る