第7話

「おはよ」

「おー、おはよう」


涼介りょうすけは眠い目をこすりつつ、朝ご飯を作りにキッチンに向かった。

しずかはお風呂上がりなのか、髪が濡れたままで肩にタオルをかけて、ダイニングで座りながらスマホをいじっている。


食パン2枚をトースターに入れて、2人分のコーヒーを入れる…


「…え?」

涼介はもう一度ダイニングを見た。


静が座っている。


「何?」

「なんでお前ここにいるの!?」

「お前じゃなくて、静ね」

「いやいやいやいや、そこじゃなくて」

「だってここ私の家だもん」

「そりゃそうだけどよ。ずっと部屋に引きこもってたじゃねーか」

「まぁそんなんだけど、もういいかなと思って」

「もういいかなってお前、それは…」

「それよりお腹空いたよ。あとお前って言わないで」


静が食パンを食べている、

昨日見た美人はやはり静だった。

美人だと思ったが、改めてゆっくり見ると本当に美しい顔立ちをしている。

特に大きな丸い瞳が印象的だ。


(こんな美人なのになんで学校で目立たなかったんだ…?)


「そんなにこっちを見て私の顔に見とれてるんわけ?」

「ち、ちげーよ!珍しい生き物みたら誰だってじっくり見ちまうだろうが」

「人を珍獣みたいに言わないでよね」

「あのな…」

「涼介、のんびりしてて大丈夫なの?学校は?」

時計を見ると、早く用意しないとやばい時間になっている。

「やべ」

涼介は色んな疑問をもちつつ、食パンを詰め込んだ。


□■□


高校までは自転車で30分程度で着く。

電車で行けなくもないが、自由な時間に家を出れるので雨の日以外は基本自転車だ。

今日は吹きつける風が冷たいが、今の自分にはちょうどいい気がする。


(てっきり嫌われると思ったんだけどな)


昨日の事故の件で静には嫌われるだろうと覚悟をしていた。

あの後もドア越しに直接謝り、メッセージでも謝罪したが、どれも無視されていたので、相当怒っているも思ったのだ。

だが実際は嫌うどころか部屋を出て、朝ご飯を一緒に食べた。


(むしろ嫌いすぎてどう思われてもいいからとか?)


いくら考えてもわからない。


「女心わかんねー」


「女の人だからではなく、人の心など誰にもわかるわけないだろう」

振り返ると塩田が立っている。

考えながら自転車を漕いでいるうちに、流れるように高校の駐輪場に自転車を止めていた。

「し、塩田くん」

「まぁ僕は最近君の行動が理解出来ず、心配しているが」

「それはそのー…」

「いや、いいんだ。友人だからと言って全てを理解する必要はないと思っている」

「塩田くん…」


絶対変な人と思われた…ここまで優等生キャラになれるよう努力してきたのに、全てが水の泡だ。

塩田が背を向けて歩き出したのをみて、トボトボと後ろをついていく。

ふと塩田が足を止めた。


「全ては理解出来ないかもしれないが、何かに悩み、困っていることがあるのならいつでも言ってきてくれ」


「…塩田くん。…ありがとう」

「もうすぐ予鈴がなる。教室へ急ごう」

涼介は教室は向かいながら、友達っていいもんだよなと心から塩田に感謝した。

昔の友達も仲間思いの良い奴らだったが、真面目な友達も悪くない。

塩田がいるから、元ヤンの涼介でもこの進学校に馴染めているのだ。

親友に裏切られて1人になった静はどんな気持ちだったろう。

静の気持ちを想像して、涼介はすごく胸が痛くなった。


□■□


「今日はごちそうにしてやるか」

スーパーに寄って、食材の買い出しをするとカゴいっぱいになった。

「ビーフシチューにカルパッチョ、ピザ…あとは甘いものかな」

涼介が自転車を漕ごうとすると、公園に新庄がいるのが見えた。

「あいつ…」

なんだか一言文句を言いたくなって、自転車を置いてそっと新庄に近づいた。

どうやら電話をしてるらしい。


「うん、上手くやってるよ。…うん、わかってる。誰にもバレてないよ」


(後ろからどついてやろうか)


さすがに女子にはそんなこと出来ないよなと思いつつ、声をかけようとした瞬間―。


「本当にありがとう。静」


「静…?」

新庄はハッキリと静と言っていた。


「じゃあまた」

新庄が電話を切り、振り返った時に目があった。

新庄は、明らかにマズイと言う顔をして、後退りすると走りだした。


「おい、コラ待て!」

涼介は急いで自転車に乗ると、あっという間に追いつき、新庄を捕まえた。


「おい!さっきのどういうことだ‼︎」

「な、何がよ!」

「静って言ったよな?お前ら仲違いしてたんじゃねーのか!」

新庄は、気まずそうに下を向いた。

「おい、答えろ」


「…それだけは出来ない」


新庄は真っ直ぐ涼介を見た。

その瞳には強い意志を感じる。守るべき何かがあるのだろう。

「…ったく、いいよ。行け」

そう言って手を離すと、新庄は走って去って行った。


「一体どういうことなんだ…?」


□■□


ダイニングテーブルには、ビーフシチュー、ピザ、カルパッチョが並ぶ。

どれも綺麗で美味しそうな匂いが漂う。

静の部屋の扉を叩いて、「メシだ」というも返事はない。

スマホが震える。


“部屋で食べる”


「朝はダイニングで食えたんだ、夜も出てこれるだろ」


そう言って下へ降りると、やがて扉が開き静も降りてきた。

気まずそうにダイニングに座って、何も話さない。


「…新庄は何も話してねーよ」


そう言うと、静は少し顔を上げたが、すぐにまた顔を伏せた。


「なぁ、静」

静は黙っている。


「お前、引きこもりじゃねーだろ」

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