落ちこぼれ狐の幸せな嫁入り
春月みま
第1話 光ある場所へ
まるで自分がいる場所にだけ、雪が降り続いているようだった。
物心がついたときから誰からも確かな愛情を向けられたことはなかった。
忘れもしない、あの運命の見合いの日。
空は灰色の雲で覆われていて風も吹いていて最悪といっていいほどの天候だった。
断れないという理由で強制的に受け入れることになった七条家からの縁談。
きっと冷酷無慈悲と噂される彼と会うのは僅かな時間だけ。
自己紹介も出来るか分からない。
目が合うかも分からない。
それでも家の名に恥じぬように可能な限り着飾ってその瞬間を待つ。
「お前を愛するつもりなどない。この縁談は白紙に戻す」
この言葉をずっと待っていて覚悟していた。
けれど見合いが始まる直前に小夜の身に降りかかった危機。
それを救ったのは他の誰でもない婚約者候補だった──。
「ありのままの君が素敵だと私は思うよ」
氷のように冷たく閉ざされた心を包み込む優しい言葉。
言葉だけではない。
こちらを射抜く眼差しも、触れた手から伝わる体温も前へと向かせる力になる。
ひとのあたたかさに触れたのはいつぶりだろうか。
ゆっくりと丁寧に記憶を辿っても思い出すことはない。
鮮明に残っているのは憎しみを含んだ視線と降りかかる罵倒だけ。
「お前が無能なのは俺たちのせいではない。恨むなら自分を恨め」
「貴女はどれだけ私たち家族に迷惑をかけるつもり? 早く視界から消えてほしいわ」
「ああ、こんな欠陥品の妹なんてほしくなかったわ。同じ空間で息をしている……。それだけで吐き気がする」
脳内でこだまするのは父親と母親、姉の厳しく鋭い声色。
兄には存在すら忘れられていて、もう見向きもされない。
今さら言われずとも何度も嘆き、恨んで、諦めた。
一族の落ちこぼれ、恥。
どれだけ蔑まれようとも、この運命は変えられない。
これから訪れるどんな不条理にも従いながら閉ざされた暗闇で生き続けていく──。
そう覚悟していた小夜の前に現れた希望の欠片。
「君となら良い夫婦になれると思うんだ」
長く降り続いた雨が止んで曇天から差し込んだ一筋の光。
その奇跡を手放したくなくて、必死に手を伸ばした。
由緒正しき家系に生まれながらも落ちこぼれだった狐は突如舞い込んだ一つの縁談を受けて人生が大きく変化していく──。
「もし、わたしでも幸せになっていいのだとしたら。お父さまたちの言いなりにならずに自由に生きたい。運命は自分で切り開きたいのです」
「君がずっと笑顔でいられるように僕も頑張りたい。どんなときも傍にいることを誓うよ」
悲しき秘密を抱えたふたりは大切な約束を結んだ──。
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