雲の向こうで待っている

ササガミ ゲンキ (8)


おじいちゃんがいない。

僕が目を開けると難しそうな本がたくさんあった。

誰か、いないの?

また、僕を置いていくの?

「お初にお目にかかります。私はここで司書をしております。イノウエと申します」

背の高いお姉さんが僕に合わせてしゃがんでくれた。

「お姉さん、ここどこ?」

「ここは生死の書庫。あなたの人生を記した本がここにあります。ページをめくり、これまでの歩みを振り返ってください。そして最後に、一つだけ選んでもらいます。『生』か『死』か」

お姉さんが分厚い本を僕にくれた。

本を読むときは椅子に座って読むっておばあちゃんが教えてくれたから椅子を探していると、お姉さんが向こう側を指さした。

「あちらに椅子がありますよ」

「あ、本当だ。お姉さん、ありがとうございます」

教えてくれた人にはちゃんとお礼を言わないとね。

本を持って、椅子に座って本を読み始めた。


僕が五歳の頃にパパとママがお仕事で遠く行ってしまった。

最初はとてもさみしかった。

でも、おじいちゃんとおばあちゃんが居たから、そこまでさみしくなかった。

毎日玄関の前で待って、パパとママの帰りをずっと待っていた。

その姿を見るとおばあちゃんは泣いちゃうからおじいちゃんに辞めなさいって言われて、辞めた。

だから、おばあちゃんがご飯を作ってくれているときにおじいちゃんと一緒に待つことにした。

ずっとパパとママをずっと待っていた。

扉を開けたらきっとパパとママが帰ってきてくれると信じていた。

その日もおばあちゃんがご飯を作ってくれている間におじいちゃんと待っていた。

「ご飯できたよ~」

おばあちゃんの声が聞こえる。行かないと。

「おじいちゃん、行こうよ」

おじいちゃんの手を引っ張っておばあちゃんのいる部屋に向かった。

「いただきます」

ご飯を食べているときはおばあちゃんとおじいちゃんはニュースを見ている。

「あら、夜道には用心しないとね」

僕もテレビを見ると、夜お外を歩いていると女の人と男の人が刺されて死んじゃった。ってニュースをやっていた。

死んじゃったってどういう意味なんだろう。

よくわからないや。

小学校に入学してもうすぐ一年になると友達もたくさんできた。

休み時間にみんなでキャッチボールやサッカーして遊んでいる。

掃除時間の事だった。

一番仲の良い、ケンタ君と喋っていた時に聞かれた。

「ゲンキの親って何している人なの?」

言われてみたら何しに遠くまで行っているんだろう?

「うーん。分からないけど、パパとママは遠くにお仕事に行っているからしばらく会ってないや」

ケンタ君はびっくりして言った。

「それってもう死んでるんじゃないか?」

死んでいる?

まただ。死ぬって何だろう?

「わかんない」

家に帰って、おじいちゃんに聞いてみよ。

その日は走って家まで帰った。

「ただいま!」

洗面所に行って、手を洗って、自分のお部屋にランドセルを置いておばあちゃんの用意したおやつを食べた。

「ゲンキ、お帰り」

おじいちゃんが隣に座ってお菓子を食べ始める。

そうだ、聞かないと。

「ねね、おじいちゃん。死んでいるってなぁに?」

おじいちゃんはびっくりした表情をしていた。

「それは誰から聞いたんだい」

おじいちゃんの声が震えていた。何でだろう?

「ケンタくん」

「その子とはもう関わってはいけないよ」

「なんで?教えてよ」

どうしても、知りたい。

おじいちゃんの服を掴んだ。

おじいちゃんはため息をついて、僕をちゃんと見た。

「ゲンキのパパとママの事だよ」

よくわからなかった。

パパとママが死んでいるってこと?

おじいちゃんは少しだけ僕を見つめて言った。

「死んじゃっているって言うのは、もうこの世界のどこにもいない。いくら待っていても二度と帰ってこないんだ」

「それじゃあ、僕が毎日待っていたのは?」

おじいちゃんが首を横に振った。

僕は自分の部屋に飛び込んだ。

おじいちゃんの声が聞こえたけど、初めて無視をした。

ベットに飛び乗り、枕を抱えた。

もう、パパとママに会えないんだ。

もし、自分がパパとママみたいになったらどうしよう。

「怖いよ」

僕は布団をかぶった

そこから僕は部屋から必要な時以外出なかった。

一回ケンタ君が来たらしいけど、どうしても会える気分じゃなかった。

近くにあったぬいぐるみを抱きしめた。

なんで帰ってこないの。なんで僕を置いていくの?

僕もパパとママに会いたいよ。

しばらく泣いていた。

僕も死んじゃったら、パパとママに会えるのかな?

でも、どうやって。

外を見た。明るいな。

外に出てみるととても寒かった。

下を見ると車が小さく見えた。

「…これで、会えるかな?」

僕はベランダの柵を飛び越えた。


「お姉さん、僕はどうしたらいいの?」

「『生』か『死』をお選びください」

お姉さんの言っていることは少し難しかったけど、なんとなくぼんやり分かるよ。

お姉さんに連れられ、二つの扉の前に来た。

「大きい!」

お姉さんはまた、僕に目線を合わせてくれた。

「どちらかを選び、扉をお開け下さい」

僕は黒い扉を選んだ。

「あのねあのね。こっちに行ったらね、パパとママに会えると思うんだ」

こっちを選ぶことはよく分からないけど、とても怖い。

でも、パパとママに会いたい。そしたら、きっとまた、優しく抱きしめてくれる。

本当にそんな感じがした。

なんか暖かい。

僕は扉を押し開けた。


12月17日 11時37分

地面に横たわるゲンキの顔は、まるで大好きな人に会えたように安らかだった。

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