第7話

 吸血メイドと奴隷姫


(メイド ひより)




 家に帰るとすぐにメイド長より、お嬢様から呼び出されていることを告げられた。


 前回とは違って、制服を脱いで奉仕服に着替え、身だしなみを確認して可能な限り急いで向かう。


 お嬢様の部屋の前で一度、深呼吸。

 扉をノックする。


「お嬢様、お待たせしてしまい申し訳ございません。

 ひより、ただいま…」


 言い終わる前に扉が開き、腕を握られて部屋に引き摺り込まれる。


 困惑して呆然としていると、後ろで扉の閉まる音がする。そのまま腕を引かれ、そのまま躊躇なくお嬢様のベットに放り投げられた。

 普通なら、女の子に他人を放り投げることなんてできないはずだが、お嬢様が私を、というこの状況に限ってなら可能だ。私はお嬢様に強く引かれた時、踏みとどまったりしない。そのまま足を早め、彼女の望み通りに、一切の抵抗無く従う。脊髄反射的行動ですら彼女の意思を最優先する。彼女のメイドである私は、そうできている。


 それゆえに、私は受け身すらとる事ができずにベットに着地する。いくらふかふかのベットでも、多少の痛みがあって少し呻きが漏れた。

 おそらく、投げ出された先が、ベランダや窓なら、私は今頃まっさかさまに落ちていたに違いない。その時、吸血鬼である私がどれくらい負傷するのかは未知数だが…。


 うつ伏せに倒れ込んだ私を、お嬢様の手が乱暴に仰向けにしようとする。私はそれを悟り、すぐに体勢を変える。お嬢様の両腕が伸びてくる。私の左右の二の腕をめいいっぱいの力で掴むお嬢様が、ベットに膝立ちになって私を押さえ込む。


 わずか数秒の出来事に頭が追いつかない。

 一体どうしたというのだろう?


 不安になりながら、お嬢様の綺麗な瞳を見る。


 彼女は何も言わない。唇を噛みながら私を睨んでいる。


 掴まれた腕には変わらずに力が込められ続けていて、痺れるような痛みが走っている。私をどうこうしようと全く構わないが、辛そうな顔をするお嬢様が心配で仕方がない。一生懸命言葉を探すけれど、どう尋ねれば良いかわからない。そもそも今の私に訪ねる権利があるのかも。


 苦しむ主人の力になれない自分の情けなさに虚しくなる私に、ゆっくりとお嬢様が口を開く。


「ーーあの二人は何…? ひよりのなんなの…?」


 お嬢様の手に力がさらにこもって、震えているのが伝わってくる。

 私は何も言えない。


 どうしよう。

 お嬢様に聞かれた事にはしっかり答えたい。

 でも、私にはどう答えたらいいかわからない。

 だってあの二人は…。


 泣きそうになりながら何度も言葉を探して口を開きかけるが、やがて、はっとしたようにお嬢様はベットから身を起こす。私を離した彼女は、床に立って俯いている。


 掴まれたところは痛むが、この程度で吸血鬼の私の腕が痺れたりすることはない。どうしていいかわからないけれど、とりあえずお嬢様を伺いながらゆっくりと起き上がる。


 髪の隙間から、彼女が強く唇を噛んでいることがわかる。


 心配で彼女を見つめてしまうが、そんな私が気に入らなかったのか。


「出ていって!」


 そう叫ばれた。


 体が反射的に動くが、一歩目で踏みとどまって彼女をもう一度見る。全身が強張るような感覚がして、身震いする。


 少し顔を上げた彼女と目が合う。


 目元が赤い。



 ーーー泣いている…?



 それを認識した私はただただ体が動いた。


 これも幼い頃から私に染みついた、もはや本能的な行動だった。


 泣いてしまったお嬢様は、いつも私が抱きしめたら泣き止んでくれた。


 きっと、だから、抱きしめた。


 さっきとは違って、争うことができなかった。


 抱きしめた直後にお嬢様のからがが、びくっ!っと大きく震え、何が起こったのかがわかった。自分が何をしたのかを認識した。


 でも離さなかった。離せなかった。


 お嬢様が泣いているように見えたから。


 しばらくそうしていたと思う。

 お互いに一言も喋らず、ただそのまま時間が止まっていたようだった。




 お嬢様に押されて、少しだけ体が離れて、お互い、目が合った。


 お嬢様の顔が不意に歪んだ。


 えっ…。


 私の思考は途絶えた。私の腕を解こうとするお嬢様が力を込めるが、体が動かない。


 そして、しばらくの抵抗の後、


 ーーーお嬢様の丸められた手が、拳が、私の脇腹を捉えた。


 手加減はあまりしていなかったが、本気で殴られたわけではない。


 私は声にならない声をあげて、膝をつく。走り回る痛みに体が震えた。


 私の腕から逃れたお嬢様は、部屋から出ていってしまう。


 うっ…ううぅ…。


 お嬢様がいないのをいいことに、情けない声をあげながらその場にうずくまった。






 しばらくして、部屋から出て自室を目指す。


 ベットメイクを終わらせ、自分の体を引きずるように歩いていた。



 いつも泣き止んでくれていたお嬢様が、私の抱擁で泣き止むことはなかった。



 私は、私たちの関係は、そこまで壊れてしまったのか…。



 その事実がただただ、私の心の奥底、とても柔らかい場所に刃を突き立てていった。









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