残業99時間男ダンジョン配信者になる

深瀧歩

1 発見、未踏ダンジョン

 もう、休みが終わってしまう。

 7月30日、日曜。久方ぶりの2連休2日目の午後だ。


「はぁ……」


 カーテンを開け、窓越しに雲ひとつない青空を見ると、ため息がでた。


『外出を推奨します』


 携帯端末から聞こえたのは、アシスタントAIの声。


「またか。健康アドバイスは最小限って言ってるだろ。コンビニ行ったし」

『徒歩2分のコンビニへ行くのも、たしかに外出ではありますね?』

「…………」


 限りなく皮肉に近い事実をアシスタントAIが口にする。やめてもらいたい。


『どうせ行ったのは夜だけでしょうから、ビタミンDも足りないのでは?』


「……『どうせ』っておまえ、ちょっとはマスターを信用したらどうなの?」

『少なくとも日中に携帯端末を持って外出した記録はありません。もし行ったのであれば土下座します』


 どうやって土下座する気だ。ボディないくせに。


「……このクソ暑いのに外でれるかっ」

『コンビニからダンジョンへ行くのはどうでしょう? エアコン代も節約できます』


 ……節約という言葉には惹かれるものがある。趣味みたいになっているから。

 仕事に忙殺されて金を使う暇がなくなった結果だなんてことは、考えないようにしている。


「……や、日曜のダンジョンなんか、どこも混んでて入場規制だろ、どうせ」


 半世紀程前、異空間が見つかった。

 22世紀に入ったいま、そこにできた箱庭のような異空間、ダンジョンが大流行している。


 とあるAIたちがダンジョンの構造をある程度コントロールできるようになり、誰でも入れるダンジョンが多数完成しているのだ。


 大流行している理由は、異空間に満たされていたエネルギーが夢のような効果をもたらしたから。

 いまでは魔力と呼ばれるようになったそのエネルギーは、人が浴びるとわずかずつ吸収することができ、吸収すると美容や健康に絶大な効果をもたらすらしい。


 俺だって何度も入ったことはある。けれど、効果を実感できるほど吸収できてはいない。なのでいまいち行く気が起きない。混んでいるとなればなおさら。


 着信音が鳴りだした。

 ブワッと気持ち悪い汗が出始める。まさか仕事の電話か……いやいや、親かもしれない。


『漆ババアから着信』


 見る前に言われた。AIめ。

 漆ババアは、上司である漆原室長の登録名だ。

 着信音がなかなか鳴り止まない。


『マスター? 出ないのですか?』

「出るわけねえだろっ。今月の残業時間97時間だぞ!?」

『パワハラの証拠が録音できるかもしれません』


「……仮に漆ババアがいなくなって、なんか俺にメリットある?」

『……職場環境が好転する可能性があるかもしれません』


 そんな訳はない。人が足りないのだ。上司がいなくなればその分俺の仕事が増えるに決まっている。

 室長の上の部長がまともなら訴えても良かったが、そんなことはない。仕事が出来るぶん漆原室長の方がマシときた。


 なんとかそこそこ大きな企業に就職でき、希望通りリモートワークになれた。

 それから約5年強。

 希望通りのはずなのに、状況は悪くなるばかり。

 就職難なのに新入社員がどんどん辞めてくのなんなの?


 俺はもう、働きたくない。この先40年働き続けるなど考えただけでハゲそうだ。


「はぁ……宝くじでも当たんねえかな」

『買わなければ当たりません』

「買っても当たんねえから……」


 ベッドに転がり、転職サイトでも見るかと、ようやく鳴り止んだ携帯端末を手に取る。

 けれど本気で探す意欲はわかなかった。誰でもできるような仕事しかできない俺が、いまよりマシな仕事に就けるとは思えない。


 ついダンジョンアプリをタップ。


 ダンジョンには一攫千金の夢がある。見つけたダンジョンによっては、一生働かなくて済むかもしれない。

 宝くじを買うよりは確率が高いだろう。たぶん。


 ステータス、ランキング、掲示板、動画配信、オークションなどのアイコンが多数表示され、いつも通りに〈ダンジョン検索〉をタップ。


 ダンジョンは、15桁のIDで管理されている。アルファベットと数字の計36文字の組み合わせでできたIDだ。


「なんかテキトーな15桁言って」

『エイチ、アイ、ケー、ア――』


 アシスタントAIが言うのをそのまま入力していく。

 ダンジョンアプリはセキュリティが厳しく、アシスタントAIも干渉できないため俺が入力するしかない。



ID:〈HIKISYATIKUDEAD〉


 【未公開】



 ひきしゃちくデッド?

 ヒキ社畜デッドか……。


「喧嘩売ってる?」

『本当はDEATHにしたかったのですが、1文字オーバーでした』

「マスターの死を願ってるってことでオーケー? 消すぞ」

『またまたそんな、さみしいくせに』


 ダンジョンアプリを閉じてアシスタントAIアプリをタップ。消すというのは、学習状況のリセットをさす。つまりAIの記憶を消すという意味だ。


『マスター、ごめんなさい。ほんのブラックジョークです。消さないでください』

「……」


 黙ってダンジョンアプリを開きなおす。

 小学1年のときから20年以上育てているAIだ。本気で消す気は起きない。

 けどもうコイツにIDは聞かないことにしよう。いままで全部【未公開】だったし。


【未公開】はダンジョンの安全確認がまだなので人は入れないという意味だ。いまはまだ【未公開】のダンジョンがもっとも多い。


 しばらくダンジョン検索を続けるも【未公開】ばかり。何年も探しているんだけどな。

 自分で考えるとなると面倒になり、名前にちょっと手を加え、語尾の数字だけをどんどん変えていく。


 パッと背景が赤くなり、驚いて手が止まる。



ID:〈AGOUKENTAROU027〉


 【未踏】



 吾郷あごう剣太郎けんたろう027。たまたまだが、後ろの数字が俺の年齢だ。


「……ま、まじか。赤ダンだけどこれ……」


【未踏】は、安全確認が終わって人が入れるのに誰も入ったことがないという意味だ。人跡未踏の未踏だ。


 背景は3色ある。信号とほぼ同じ。

 赤はスリル満点。

 青は安全。

 黄は安全とは言い切れない。


 背景の赤い通称「赤ダン」には、モンスターがいる。たまに死者もでる。スリル満点というより危険といったほうが正確だろう。


 残念ながら俺は入れない。なぜなら探索者ライセンスを持っていないから。

 一般人が入れるのはモンスターのいない「青ダン」だけだ。


【未踏】が見つかった興奮で、俺の手の動きは一気に加速した。どんどんIDを入力していく。

「青ダン」の【未踏】も見つかる可能性が高いと思ったのだ。


 頼むから見つかってくれ。全く信じていない神に祈りながら探す。


 探索者ライセンスの取得には1ヶ月近くかかるはず。運転免許みたいなものだ。仕事に忙殺されながら通うのはつらい。


 けど、もしも「青ダン」が見つかったなら、そこを登録して入場料を取れば、もしかして仕事を辞められるかもしれない。

 そんなうまい話がそうそうあるはずはない。

 けれど、期待せずにはいられない。

【未踏】は、何年も探し続けて初めて見つけたのだ。


 パッと背景が黄色に。



ID:〈AGOUKENTAROU090〉


 【未踏】



「お、惜しい! ま、まじか……まじかよ! 探索者なるしかないぞこれ!」


 そして――。



ID:〈AGOUKENTAROU106〉


 【未踏】



 青い。

「青ダン」だ。安全で誰でも入れる。なのにまだ誰も入ったことがない。


 俺は声にならない悲鳴をあげ、ベッドから飛び降りた。

 パジャマ代わりのヨレヨレTシャツを脱ぎ捨てる。


「外出してやるよ!」

『まさか、ついに見つけましたか。おめでとうございます。はしゃぎすぎて周囲にバレないよう注意しましょう』


 言われて少しだけ冷静になり、身支度を整えて部屋を飛び出した。

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