第32話 閑話 悪魔教

 第四騎士団団長ルメオは、王宮の使者に伴われて長い回廊を進んでいた。

 向かう先は小広間。王が公務を離れ、私的な話を交わすために用いられる部屋のひとつである。


 表だった話ではない。

 それでも自分(治安維持の第四騎士団)を呼んだという事は自ずと話の内容を察する事はできた。


 やがて、廊下の奥に目的の扉が見えてきた。

 小広間の前に立つと、扉の両脇を固める近衛たちの眼差しが静かにルメオを射抜いた。王命を受けてきた以上、誰も邪魔はせぬはずだが、それでも一歩踏み出す瞬間には背筋が伸びる。


「第四騎士団団長、ルメオ・デルトリア。陛下のご召喚により参上しました」


 形式に従い名乗りを上げると、近衛が無言で頷き、重厚な扉を押し開ける。


 玉座の間と違い、この小広間に侍従の姿はない。

 赤絨毯もなく、豪華な装飾も抑えられており、薄明りに照らされた空間はどこか陰影を帯びていた。


「――入れ」


 奥から響いた声は低く落ち着き、しかし抗いがたい威を帯びていた。


 ルメオは胸に手を当て、深く頭を垂れる。


「陛下の御前に――」

「よい、形式は要らぬ。公の場ではないのだ。楽にせよ」


 許しを得て姿勢を戻すと、視線を部屋の中央へと向ける。

 円卓を囲む三脚の椅子。そのうち二つにすでに人が腰掛けていた。


 ひとりは、年齢とともにわずかに色を落とした金髪を持つ初老の男。

 しかしその背筋は剣のように真っ直ぐで、鍛え上げられた体躯は衰えを見せぬまま鋼を思わせる。


 鋭い蒼の瞳は、ただ一瞥するだけで人の心を射抜き、嘘も偽りも許さぬ冷徹さを感じさせた。


 その一方で、口元に僅かに浮かぶ皺は、しばしば民に見せる微笑みの名残でもある。

 この男こそロザリエ王国の現国王――ライニール・ロザリエだった。


(簡素な長衣に落ち着いた外套でどうしてこうも威厳が出せるのか。俺もこんな風な姿を目指しているはずなんだが・・・・・・)


 悲しいかな、現実は彼の想像とはかけ離れていた。

 上司で自分に向けられる視線は尊敬の眼差しではなく、戦友に向けるような信頼の眼差し。

 テキパキしようとしても失敗する書類仕事は、最終的に百騎長のレオナに手伝って貰う始末である。


 部下の仕事を増やしている現実と、本物の上に立つ者の姿との差にルメオは打ちひしがれる。


 余談だが、ルメオに仕事を頼まれているレオナは不満を感じていない。

 二人残っての作業、その後の夕飯はルメオの驕りで外食に。

 ちょっと恋人っぽいかもと役得を感じているレオナの内心は誰にも秘密である。


(それはそれとして、あれは珍しい御仁だな)


 そして同席しているもう一人の男。

 地域特有の白髪に燃えるような紅の瞳を持つ男。

 王国に四家しか存在しない公爵家の一つで北部の統括者――グレゴリー・フィッツジェラルド。


 クリスを現在進行形で振り回しているレオナの父である。


 早々北部から姿を出さない存在を前に、面倒な話になりそうだと内心で溜息を吐きながらルメオは空いた席に腰を下ろす。


「忙しい折、急な召し出しとなってしまった。すまぬな、ルメオ」

「いえ、陛下。ちょうど職務も一段落したところにございます。お召しに応じられること、光栄に存じます」


 つい先日、クリスが遭遇した盗賊【赤牙団】の掃討作戦が行われた。

 事情聴取の際に手渡された手帳からの暗号を用いて、一気に本丸を急襲。

 作戦にはルメオも参戦し首領は既に捕獲済み、残りの残党に関しては団員のみでも問題ない状況まで事態は進行している。


「相変わらず腕は良いみたいだな。できれば北部に引き抜きたかったものだ」


 低く響いた声は、公爵グレゴリー・フィッツジェラルドのものだった。

 彼は北部を統べる領主でありながら、王都の情報をも掌握する。


 精緻な情報網を敷いているがゆえに、第四騎士団の動きもおおよそ把握しての発言であることは明らかだった。


「ははっ・・・・・・恐れ入ります。しかし、前任の騎士団長には大恩がございますゆえ」


 騎士団へと入る前に一度声を掛けられているルメオは頬を引き攣らせながらそう答えるしかない。


 断った理由に、寒いのが苦手な上娯楽が少なそうだから、などというふざけた理由があるのは口が裂けても言えない相手だ。


「そ、それで・・・・・・陛下、私をお呼びになられたのは、不穏な動きが確認されたゆえでしょうか?」


 突っ込まれたくない話題を強引に逸らし、ルメオは国王に問いかける。

 普段であれば、この場の二人はわざと追い打ちをかけるような大人げなさを見せることもある。

 だが今回は事情が事情であった。二人とも真剣な面持ちで、ルメオの言葉に乗る。


「”悪魔教”の拠点の一つを発見した」


 グレゴリーの放った言葉に、ルメオの顔つきが変わる。


『悪魔教』。

 王国が禁忌としている悪魔を崇拝する集団。

 人間の魂や血を捧げ、悪魔の降臨を目指しており、その目的故、彼等の所業は残虐性が極めて高い。


 民を守る為にも一刻も早く殲滅する必要のある宗教団体だった。


「すぐに部隊を編成し、討伐の準備を――」


 立ち上がろうとしたルメオを、公爵グレゴリーの冷ややかな声が制した。


「無用だ。拠点は既にもぬけの殻。情報は統制していたはずだが・・・・・・相手に気取られたらしい」


 吐き捨てるような声音。その苛立ちは隠そうともしていない。


「だが収穫が全く無かったわけではない。奴らも焦っていたのだろう、証拠の隠匿は不完全だった。一部の資料と、実験品を押収できた」


 かつては尻尾すら掴ませなかった相手。その初めての失態に、自然と場の視線が集まる。


「・・・・・・どうやら、これまで漠然としていた降臨の手順が、かなり定まってきたらしい。下級悪魔であれば、すでに召喚が可能な段階に達している」

「なっ?!」

「そうか・・・・・・また多くの血が流れるな」


 驚愕の声を上げるルメオとは反対に王は察していたかのように呟いた。


 悪魔に関しての書物は全て禁書庫に収められている。

 一般にはその影すら出回らず、悪魔についての情報は入手できない。

 例外として、国の守護を司る騎士団の各団長と四家の公爵家当主は禁書庫の出入りを許可されているため、悪魔についてある程度理解している。


 どちらにせよ、秘匿されているにも関わらず、確かな角度まで悪魔の降臨が行えると言うことは、その核心に至るまでの膨大な実験があったに他ならない。流れた血を思えば内心が荒れそうになるが、王は冷静に感情を抑制し現状を俯瞰する。


「悪魔の召喚が可能になったとあれば、奴らはやがて表に出る。より強引な手段に打って出るやもしれん。・・・・・・警戒を強めよ」

「はっ」


 ルメオは力強く応じ、そして言葉を継ぐ。


「・・・・・・しかし、もし召喚が成功すれば厄介極まりません。部隊を無闇に分ければ、逆に各個撃破されるでしょう。・・・・・・光属性の魔法士を配置できれば、大きな助けとなるのですが」


 対悪魔に最も適した方法は、光属性の魔法だと言われている。

 内包される魔力が、悪魔の体にとっては毒となるものだからだ。


 ゆえに、本来ならば一部隊に一人は光属性の魔法士を配置したいところだが、現実は難しい。

 光は希少属性に数えられ、適性を持つ人材は限りなく少ない。

 少なくとも、第四騎士団の中には一人として存在しなかった。


「人員に関しては早急に解決できる事案ではないな。場合によっては私が出よう」


 さらりと口にした陛下の言葉に、場が一瞬静まる。

 すぐさまグレゴリー公爵が低く笑った。


「ほう。陛下の武勇がまた一つ増えるやもしれませぬな。しかし、流石に体も現役とはいきますまい」

「なに、我が死んでも後継はいる。可愛げのない奴だが、既に一通りは仕込んだ。上手くやるだろう」


 老いを揶揄する物言いを、ライニール王は正面から笑い飛ばす。


 肉体の衰えはあれど、魔法士としての力量は現在の方が高みに位置している。

 なにより、ライニールの属性は光。対悪魔の特効要因としては十二分に力がある人物だった。


 その立場が問題ではあるが。


(陛下はできれば大人しく王宮にいて頂きたいんだが・・・・・・)


 昔話に話が移り出したおじさんズに巻き込まれながら、なんとか陛下が出てこなくていいようにするため、ルメオは傍らで必死に案を巡らせた。

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