第31話 決め手

 現在の研究とは違うが、セレファリアの生成に関しても、現在の状況を正確に知っているリュリエ教諭を引き込む事は並大抵では不可能。


『そうかもしれない』と思わせる確信が必要になる。


 ただし、そのまま回答を言えば利用されて終わるだけ。

 道筋を示しつつ、俺の力がなければ難しい、もしくは時間がかかるものだと思わせる。


 さて、少々長くなったため話した内容の簡単な要約だ。

 一言で言えば、セレファリアの生息する土壌の魔力波長について。


 植物を育てるのに最も確実な方法は、生息していた環境を再現する事だ。

 当然国も莫大な金額を掛けて環境の再現を行ったはず。

 そのプロジェクトにも参加したのだろう。リュリエ教諭は題材には興味を示しつつも、期待はそこそこな風体で俺の言葉を聞く。


 表情を変えずに聞いていた彼女の様子が明らかに変わったのが、土壌の魔力波長。


「気候だけを再現しても何故成功しないか。簡単な話で、視認できないものが要因になっているからです」

「ちょっと待って~ 確かに、言いたいことは分かるよ。だけどね、既にあらゆる条件で土壌の実験はしてるんだよ~ 採取した場所の土を利用したり、魔力を安定して流し続けたり」

「安定して流し続けてるから駄目なんです」

「ん? どういうことよ? 魔力が途切れたら育たないんじゃないの?」


 パメラの質問に俺は首肯する。


「確かに魔力が途切れたら生育はできない。ただ魔力を安定して流しても駄目だ」

「ん? んん~ なぞなぞ?」


 混乱した様子のパメラを他所に、リュリア教員はなにかを考えているのか机をトントンと指で叩く。


「まさか・・・・・・」

「地脈?」

 はっとしたように呟くリュリア教員の呟きの後、フィッツジェラルドが回答を述べた。

 地面に作用する魔力は限られている。生物の生態であったり、その土地による独特の風土が影響することもある。


 おそらく彼女達の頭の中ではセレファリアの植生環境の情報を瞬時に洗い出した。


(本職と同等の速度で答えに辿り着くのか)


 本職故の固定概念もあるだろう。

 それどもこうして実感するととんでもない才能だ。完全記憶能力を持つが故、複数の環境を比較し取捨選択し、解に辿り着く。


 記憶能力を脇に置くとしても、それを瞬時に脳内でパズルのように組み立てる能力もずば抜けている。


「はい。セレファリアは地脈からの魔力を受けて成長する植物かと思われます」


 龍脈を簡単に説明すると、大地に流れる魔力の道だ。

 世界各地に流れているこれ。場所に寄って波長が違ったり、道の大きさが違う事で環境に作用する力に大小がある。


「根拠を提示して欲しい所だけど、まあ可能性はある話かもね~ でもだとしたら再現は不可能だって話になるけど~」

「不可能?」

「正しくは、限りなく不可能に近いかな~ 龍脈の魔力の流れは不規則だから再現のしようがないんだよ」


 と、認識されているのが一般。

 正確には不規則ではなく一定の周期があるが、それを読み取る媒体が存在していない。


 俺も記録計の詳細な設計については知らない。

 ただ、どういう記録が取られたかという回答は知っている。


「その不可能を可能に変えることができるかもしれません」

「ど、どうやって?」

「ここからは秘匿情報になるので」


 情報だけ取られる訳にはいかない。

 これ以上は、首を縦に振ってからの話だと暗に告げる。


「うぐぅ・・・・・・。じ、焦らすのが上手いじゃないか~ でも、少しの情報もないんじゃあ見通しも――」

「私が出資する」


 ここからが勝負になる。

 そんな雰囲気が漂い始めた中で、意に返さんとばかりに放たれた鶴の一声に、俺含め全員が閉口した。


「いやいやいやレオナちゃん?! もうちょっと考えてからにしないと。確信を持てる要素がない状態で出資なんかしたら大損するよ~!」

「そうですよパメラ様! ここは一度正式な場を設け、公爵様も同席の元に判断した方がいいかと思います!」

「遅々とした話になりそうだったからつい。迅速果断が家訓だから」

「ちょっと思い切りが良すぎるよ~」


 慌てて彼女に再考を促す両名だが、フィッツジェラルドに悩む素振りはない。


「じゃあ一つだけ聞く。自信はある?」


 抽象的な質問。

 そんなもの、提案者なら例え嘘でも自信があると言ってスポンサーを付けようとするだろう。


「もし失敗したのなら、全ての実験費用は私が完済するという契約書を作ってもいい。と断言できる程度には」


 ただ、見方を変えれば一番の判断材料になり得るかもしれない。

 例えば、スポンサーの役割である出資に関するもの。

 本来であれば、事業が失敗してしまえば、出資した金を回収できずに大損する可能性がある。


 唯一と言っていいその懸念点を、俺が代替わりすると言えばどうだろう。


 魔法による契約書も伴えば、俺が逃走してご破算にするということもできない。

 つまり、彼女等にとってはなんのマイナス要素もないプロジェクトになるということだ。


「ならいい」


 断言した俺に、フィッツジェラルドは満足そうにして笑った。




 ◇




 夕刻、クリスたちが去ったフィッツジェラルド邸。

 レオナは自室で、侍女のエリンと二人で会話を続けていた。


「単なる興味本位が面白い方に化けた。にやり」

「にやりではありません。もし失敗したらどうするのですか? あの場で即断せず、もう少し計画を立ててからでも良かったのではありませんか?」


 含み笑いをするレオナに忠言を言うのは、レオナの乳女であった女性の娘だ。

 互いに幼い頃から共に過ごしているため、主人と従者というよりかは姉妹に近い間柄である。


「聞こえない」

「耳を手で塞がないで下さい。子供ですか」

「それよりも今日の全体像についてエリンからの視点を聞きたい」

「また話をすり替えて・・・・・・」


 そっぽを向いて耳を塞ぐ振りをするレオナ。

 こうなれば梃でもいう事を聞かないことを知っているエリンは、次期当主に呆れた視線を向けながら思考を巡らせる。


「パメラ様は随分とご成長されておられましたね。見た目もそうですが、内面が特に」

「うん。昔なら気に入らない相手がいたらまず手が出ていた」

「リュリエ様は相変わらずのご様子でしたね」

「あの人は興味のそそられることにしか反応しない」

「そして例の彼は――」


 今日、屋敷の使用人が総出で警戒していた男。

 悪い噂のオンパレードであるクリス・ローウェン。


 前日に腕に自身のある者達がナイフを研いでいたり、魔法を補助する杖を懐に忍ばせていた。それを見ていても知らぬふりをしたエリンもまた、不穏な動きを見れば特攻する意気込みではいた。


「非常に、落ち着いていましたね」


 体に穴が空く程の視線の中、それも警戒の孕んだものを受けてなお平静でいた。

 悪評を知ってみるクリスの姿は、使用人達から見れば異質で。エリン自身の感想としては『気持ち悪い』というものだった。


 ただ、レオナの知らない知識を持っているということと、リュリアと問答が出来るところを見て、噂の通りではない事は誰もが察した。


「そうだね」

「とはいえ、火の無い所に煙は立たないといいます。彼との関りはよく考えるべきかと」


 レオナがエリンに視線を向ける。

 いつもなら視線を向け続ければ折れてくれることの多いエリンだが、今回は譲れない件だと視線を返して引く様子を見せない。


「クリスが自分に不利な契約書を作ってもいいと言った時、エリンはどう思った?」

「単純にはったりだと思いました。契約書などただの紙だとしか認識していないのではないでしょうか」

「それはどうだろう」


 机の上に置かれた契約書の書面を見てレオナは小さく口角を上げる。


「こんな立場だから、私は色んな人物を見てきた。誠意をもった相手、自分本位な相手、言葉だけの相手。その内、利益をもたらすものとそうでないものとの違いを察することができるようになった」


 相手の声音、姿勢、そして目。

 判断材料が多くある中で、レオナが最も重視しているのはこちらを見る瞳。


 その中に垣間見える一瞬の感情の色をレオナは見逃さない。


「大丈夫。彼の言葉は大言壮語じゃないよ」


 今だ不安の色を隠せないでいるエリンを見て言葉を続ける。


「私はなにも完全に信用している訳じゃない。ただ、ある仮定を抱いてる」

「仮定、ですか?」

「書物を読んでいる中で面白い症例があった」


 最近開かれたのか、近くに建てられた本の一冊を手に取りエリンに見せる。

 題名は『心の分裂と統合』。


「解離性同一性障害。別名、多重人格障害」

「多重人格・・・・・・」

「そう。そうなった原因は様々だけど、一人の人間の中に複数の人格があるという症状」


 一か月の期間だけでは説明できない成績の向上。

 噂とは異なる行動。

 変貌以前のクリスをそこまで知っている訳ではないが、又聞きでよく耳にする言葉。


 ――まるで別人みたい、と。


「可能性としては、確かにそういうことも。いえ、だとしても本当にそんなことが・・・・・・?」

「身近にいたことはないから私も半信半疑ではあるけどね」


 それを証明するのは本人の言葉以外にない。

 けれど、仮定とすることで対処の仕方は考えられる。


「どちらが主人格かが分からない以上、ふとした瞬間に元に戻る事もあるかもしれない。だから、本格的に着手することが決まれば魔法による契約書で縛る」


 エリンに、をしながらレオナは別のことを考える。


(多重人格。それだけではあの知識は説明が付かない。明らかにこの国以外の文献についての知識を豊富に持っている)


 他国との貿易がまだ少ない王国で、クリスの話は、その思考の構造は王国のものではなかった。


 国境を越えて世界からの視点で物事を話す。

 まだ世界の殆どが未知に包まれている現状で、世界を俯瞰するかのような視点で語られるという経験はさしものレオナも初めてだった。


「元の彼に戻るようなら、すぐに距離を取るつもりだから」

「なら、いいのですが」


 そんな仮初の言葉でエリンを安心させる。

 今の自分は空虚と好奇心のない交ぜになったような悪い瞳をしているんだろうなと、片隅で思い浮かべながら。

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