第25話 欲
一瞬の視界の暗転の後、破壊された地形とは打って変わって、豊かな森林に俺はいた。
軽く周囲を確認し、ミルディアン大森林であることを確信する。
場所も比較的王都近郊で、転移した瞬間の位置からはそこまで離れていないはずだ。
「足を運んでおいて良かったな」
つぶやきながら、掌に握られた黒鉄の鍵に目を落とす。
使用したアーティファクト――【
七日に一度だけ発動できる。任意の座標に扉を作り出し、空間を飛び越えることができる能力を持っている。
一見すればただの時代遅れの鉄鍵。だが、その性能は折り紙付きだ。
「・・・・・・来てはいない、か?」
静かに視線を巡らせ、神経を研ぎ澄ます。
自ら創造した領域なら、構造を理解しているいじょう出ることも容易なはず。
ミルグラドが追って来ていないかを、一通り周囲を見回して確認する。
もしこちら側に顕現すれば、その際には必ず兆候があるはず。魔力変化と、空気の揺らぎ、なによりもあの巨体ですぐに気付くだろう。
体感は数十秒、実際は数秒かもしれないが、取り敢えずこちら側に追ってきてはいないことを把握して、一つ息を吐いて呼吸を整える。
「クリス様ーーッ!!」
名を呼ぶ声が、森の奥から届く。
あの張りのある大声はマルスだ。
俺が消えてから森の中を探し回っているはずだ。
取り敢えず自分の位置を知らせるべく、空に向けて黒色の魔力弾を放つ。
ひゅう・・・・・・と甲高い音が鳴り、魔力の波動が樹々の間を走った。
しばらくして、草木を割るような音が近づいてきた。
「大丈夫ですかクリス様?!」
叫びとともに、巨躯が森を突き進んで現れる。
「服がボロボロじゃないですか?! 一体なにがあったんです!」
「とりあえず揺らすな吐きそう」
肩を掴み揺さぶって来るマルスから強引に抜け出す。
普通に俺より身体強化魔法が上の為、体を押しのけるだけでも一苦労だ。
若干の間を置いて、シルも姿を現す。
時間の差は単純に身体強化魔法の練度の差だろう。
呼吸こそ浅くなっていたが、その動きには乱れがなく、手には小瓶――ポーションを携えている。
「まずはお飲みください」
「ああ」
ポーションの瓶を受け取り、蓋を外して喉を潤す。
その間に、シルは黙って俺の側に膝をつき、服の裾を静かに持ち上げた。
「少々失礼します」
その動作に迷いも遠慮もない。必要な処置として、ただ機械的に行っているだけだ。少しの怪我でも、発見しなければ後々の致命傷となることをよく分かっている。
まあ問題はないはずだ。
受けた損傷の大半は、巻き上がった砂煙や爆風による二次的なもの。
ミルグラドからの直撃は受けていない。・・・・・・というより、受けていたら今ごろ俺は存在すらしていない。
それでも、一部低級のポーションでは治りきらない傷があったのか、シルは静かに包帯を取り出し、傷の上から丁寧に巻いていった。
「それで一体なにが・・・・・・。クリス様が突然消えたように見えましたが」
堪らずマルスが問いを投げる。
声には疑問と焦燥が浮かんでいる。
ミルディアン大森林には転移を起こすような性質は確認されていない。もしもそれが覆されることがあれば、比較的王都付近であっても、低ランクの冒険者が近寄るのは危険すぎる。王都近郊から、突然奥地にでも飛ばされようものなら誰も生きては帰れないだろう。
当然口にされる疑問。これに対する回答を俺も考えてはいたが、どうにも上手い言い訳が思いつかない。
破壊した宝玉を見せて『どうやらこれはアーティファクトだったようだ』とでも?
いや、駄目だ。
そうなれば、やはりしっかりした場所でないと性能も分からず危険だと、露店の出入りが制限されるのは目に見えている。
簡易的な転移魔法でも習得しておけば良かったのだが、今の俺にはそれを可能にするだけの魔力操作が身についていない。
「・・・・・・分からない。気付けばこの場所にいた」
だから、それだけを静かに答えた。
「魔物の可能性もあるし、ミルディアン大森林における未発見の特性なのかもしれない。とりあえず今日の予定はキャンセルだ。万全の状態ではない」
そう告げると、マルスとシルが顔を見合わせた。
「ご判断、もっともかと。まだ開拓の進んでいない区域も多く、転移のような現象が起きても不思議ではありません。一度、ギルドに立ち寄って情報提供を行いたいのですが、クリス様は大丈夫ですかな?」
マルスの問いかけに、続くようにシルが一歩前に出た。
「体調が万全でないまま報告に出向かれるのは、あまりおすすめできません。服装も乱れたままですと、混乱して誇張していると受け取られかねません」
二人の進言は理に適っていた。
少し逡巡し、自分の中での判断を下す。
「情報は鮮度が命だ。遅れて伝える事で致命的な事故に繋がる恐れがある。判断云々は、ギルドの目を信じるしかないがな。俺も大した怪我はしていない、このままギルドで情報を渡してから屋敷に戻る」
そう言って、軽く拳を握り、腕を回してみせた。動きに支障はないことを確認させるためだ。
それよりも早々に森から出る方がいい。こんな危険地帯になんの手札もなしに長居なんてできない。
「戻るぞ」
俺の号令に従い、マルスとシルがそれぞれ左右に並ぶ。
二人の警戒が先ほどよりも明らかに強まっているのを感じながら、俺たちは足早に森を後にした。
***
真っ直ぐギルドに向かい、情報を伝えるべく受付へと向かう。
ミルディアン大森林で“小規模な転移が起こった”という旨を簡潔に伝えると、中堅の情報官(調査記録担当)が出てきて正確な話をする。
ギルド調査部や上級管理官が出てこないということは、ギルド側は今回に関して中程度の案件、それも俺が貴族であることを加味すると軽度の案件であると踏んでいるということだ。
情報の重大性としては間違いなく最高に位置するものであるはずだが、俺が低ランクであることと死傷者がいないことが甘くみられる一因になってしまっていることは明白だった。
「情報提供感謝します。後ほど現場調査を行い、内容に不明な点がございました場合、追加で聴取に伺うかもしれません。その際はご協力をお願いしてもよろしいでしょうか?」
情報官は礼儀正しく頭を下げたものの、その目はどこか冷めていた。
表面上の言葉と裏腹に、こちらの話の信憑性に懐疑的であることがありありと分かる。
クリスの悪評が信憑性の低下に拍車を欠けているのは分かっている。冒険者ギルドの職員には万が一の可能性を決して侮って欲しくはないのだが。
まあ、ミルグラドの結界に入り込むようなことは早々ないはずだ。
数十万のプレイヤーが存在していながら、あの結界の“内側”を体験した者は、俺を含めて二人だけ。
そう考えれば、過度に心配する必要はないのかもしれない。
「また変な噂が流れそうだな」
誰も信じないような、胡散臭い言い訳で魔物との敗北を誤魔化そうとした――などと。
いや、そう言われても不思議じゃない。クリスなら尚更だ。
(まあ知ったこっちゃないか)
そんなことよりもだ。
帰路で考えるのは、やはり先刻まで相対していた生物。
一度でも見てしまえば、人の欲というものはどうしようもなく目を覚ます。
触れてみたい。言葉を交わしてみたい。その力のすべてを、見てみたい。
けれど、それを叶えるには、今の俺はあまりにも力不足だ。
(一段階、早めるか)
いづれ、などと考えていられる程俺は大人じゃない。
今世は好きなように生きようと決めているのだから、その欲望を抑えようとも思わない。
出来るだけ早く、目的を達成するのに必要なのは力と手札だ。
余裕をもって組んでいた育成計画を、すべて見直すべきだろう。
前倒しして、並行して、多面的に。
――最短距離で駆け上がる。そうでなければ、あの存在には届かない。
「・・・・・・クリス様」
脳内でチャートを組んでいると、いつの間にか屋敷に辿り着いていてシルに声を掛けられる。
扉を開けると、中から素早く駆けてくるケルンの姿があった。
「キュゥウウウ!!」
「うおっ?!」
跳び寄ってきたのを慌てて手で受け止める。
「どうしたのでしょうか? なんだかいつも以上にスキンシップが激しいですね」
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・なんだかいきなり興奮したように鳴きだしてしまって。ただ、クリス様に会いたかっただけだったんですね。良かった~」
色々と格闘を繰り広げたのか、髪をぼさぼさにしたナーラがケルンを追いかけて出てくる。
確かにいつも以上に表現が激しい。
ただ、好意というよりかは必死な感じで顔をすり寄せてくる。
聞けば、俺がミルグラドと戦っている時刻あたりから急に鳴きだしたという。
(そうか、やはりケルンは俺と契約してくれていたのか)
考え付く理由は契約者同士の魔力を通して、ケルンが俺の状態を認識したというもの。
いづれ契約の有無を確認するつもりだったが、おそらく間違いではないはずだ。前世の友人も類似した現象が起こったと聞いたことがあるから。
あの時はおおいに自慢されたものだが、こうして体感すると、逆に心配をかけた事を申し訳なく感じてしまうな。
「大丈夫だ。俺は勝手に離れたりするような無責任な奴が一番嫌いなんだ」
「キュウ・・・・・・」
この子の為にも、簡単に死ぬようでは駄目だな。
取り敢えず、
――一年で騎士団長クラスになっておくか。
********************
いつも読んで下さり有難うございます(*´ω`*)
取り敢えず、第一章はここまで。
次から二章に入って、更に物語を加速させていきます!
あと面白いと感じて頂けたら、なんらかのアクションを頂けるとモチベーションに繋がるので嬉しいです。
以上! では二章をお待ちください。
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