第20話 神獣

 取り敢えず檻を解錠して、怖がらせないようその場を離れる。

 さて、これからどうしようかと悩み始めた時、外から怒声が聞こえてきた。


「全員動くな!」


 マルスが開いた扉から一斉に中へと入って来たのは純白の軍服を纏った者達。

 滑らかな生地には金色の繊細な刺繍が施されている。ウエストを引き締める黒革のベルトには、小さなポーチと装飾具が吊り下げられ、無駄のない実用性を感じさせた。


 そして胸元のバッジにつけられた紋様は、天秤と目。


(第四、か)


 王国には騎士団が六つ存在する。

 それぞれに役割があり、騎士団に入るとまずは適正を見極められることから始まる。


 第一騎士団は王城の護衛、騎士団の中でも選りすぐりの実力者のみで構成される。

 第二騎士団は国境・辺境地帯の守備。野戦やゲリラ戦にも適応できる人材が求められる。

 第三騎士団は魔法に長けた者達で構成され、結界の展開や、魔法武器の製造等で騎士団全体の戦力を底上げしている。

 第四騎士団は国内の治安維持。犯罪の捜査も行い、日々巡回を行っている。荒くれ者との対峙が日常になる。

 第五騎士団は外交儀礼、主に王国の顔となるような式典などで活躍する。戦闘技術よりかは礼法や演説能力が求められるため、貴族位のものが入る事が多い。

 第六騎士団は各騎士団の補助、と表向きにはされているが、実際は特殊任務を請け負っている。暗殺、諜報、破壊工作、騎士団の中でも最も容赦がないここには目を付けられたくないな。


 まあ、以上の六つに騎士団は分かれている。

 そしてこういう王国内の犯罪等に出てくるのは第四騎士団だ。

 騎士団の種類は胸元のバッジを見て判断できる。


 第四騎士団は天秤と、その下に睨みつける目が刻まれている。

 確か、公平な裁きと絶え間ない監視を意味していたとかファンブックスに書かれていたはずだ。


 今回駆け付けた人数は十人。

 一人、指揮している実力者と思わしき人物もいる。

 シルの説明でそれなりの人数を動かしたのだろう。


 そして運がいい事に女性の団員も見えた。

 獣人の少女も同性の方がいいだろう。

 未だに檻から出ようとしない少女のケアは彼女に投げることにする。


火球ファイアーボール!」


 ステージ側の魔道具は俺が破壊したため、扉側からはあまり見えなかったのだろう。

 団員の一人が火属性に適性があるようで、火球をステージ方向に放ち、空中で止める。


 明るくなった空間で、俺は自分の体を見下ろした。


「うわっ、きたねえな」


 思わず眉を顰める。

 賊の返り血で服が前衛的な芸術作品のようになってしまっている。


 そして大剣使いの惨状も見えた。

 顔面が潰れ、折れた鼻や口の端から血を流している。

 今日中に復活するのは難しいだろう。


「その子達から離れなさい!」


 女性騎士団の鋭い声が響き、足音が早くなる。


(おいおい、既に意識のない男に追撃でも仕掛ける気かよ)


 どこまでも容赦がないなと他人事の感想を抱く。

 頬の血を拭っていると、足音が近づいてきているように感じ疑問を抱く。


 倒れている男に向かうと思われた足音は確実に俺の方向へ、手を止め、顔を上げた時には既に飛び蹴りをかまそうとしている女性団員の姿があった。


「てやぁあああ!」

「ぐはぁああ!!」


 転生以来の強烈な衝撃に、俺は体を宙に投げ出された。



 ◇



 眼前には地面に頭がつきそうな程腰を折って謝意を示している女性団員。

 彼女の後ろには捕らえられていた獣人の少女が身を隠して、不安な表情で成り行きを見守っている。


 俺が蹴り飛ばされてから、騎士団は素早く行動を開始。

 物品の押収、被害者である少女と狼の保護(簡単に魔法で綺麗にも)、そして賊やオークション会場に来ていた者達の捕縛を速やかに行った。


 最中で、俺が賊側でないことがマルス、シルの両名から伝えられた団員の顔は蒼白に。

 直様すぐさまやらかした女性団員が飛んできて今に至る。


「申し訳ありませんでしたぁ!」

「驚いたな。まさか助けを呼んだはずの騎士団に攻撃されるとは思わなかったぞ」

「すすすすいません。血まみれの姿だったので・・・・・・」

「つまり血を見れば襲い掛かる狂戦士バーサーカーを育成していると」

「そ、そういう訳では」


 あたふたとしている女性団員。

 その傍らに別の団員が近づき、俺に頭を下げる。


「誠に申し訳ございません、ローウェン様。今回の不始末は我らの責にございます。以降は二度とこのようなことがないとお約束すると共に、後ほど、謝罪の意を表す品をお届けさせていただきたく存じます」


 堅い口調の男性騎士、年齢はマルスより少し上か。

 先程まで他の団員に指示を行っていた者だ。


 おそらくこういう経験も初めてではないのだろう。

 貴族相手に全く物怖じしていない。


 よく通る声音に正された姿勢からは、生半可な貴族なら逆に委縮するだろう。


「その品はこちらからの要望は反映されるのか?」

「我らとしても、可能な限りの譲歩はさせていただきます。ただし、その内容次第では、保障いたしかねますことをご理解願います」


 まあ流石になんでもとはならないだろうな。


(そこまで絞り取るのは難しい・・・・・・いや待てよ)


 ふと、運ばれている押収品に目がいった。


「じゃああの押収品の全てを貰おうか」


 ぴくりと男の眉が動く。


「ああ、付け足すと禁制品を除くすべての品だな。なに難しくないはずだ。今回賊の場所を把握したのも、倒して無力化したのもこちら側の人間だ。騎士団に損害がない為補填の必要は皆無」


 禁制品と賊の捕縛、支援していたと思われる者達は騎士団の手柄となるのだ。

 騎士団側からすれば棚から牡丹餅と言っても過言ではない状況、オークション品を俺に与えても高笑いができるはずだ。


「もとよりあぶく銭のような代物だ。無理は言っていないと思うが?」

「・・・・・・恐れながら、私の一存ではお答えしかねます。後ほど上層部に確認のうえ、改めてお答え申し上げます」

「快い返事を待っている」


 糞共を血祭りにあげるだけのつもりが予想外のボーナスが付きそうだ。

 落ちていた気分が幾分か戻る。


 ただ、一番の厄介ごとはまだ残っている。

 獣人族の存在だ。当人は、水魔法で体を洗った後、女性団員に清潔なタオルで拭いてもらっている。


 彼女達の対処をどうすべきか騎士団も困るだろう。

 通常なら、まずは少女達を一時保護し身元確認の上、騎士団ないしは王国の名で臨時の保護証明書を発行する事で再度の拉致を公的に防ぐ。


 そして少女たちが住んでいた場所に連絡。

 この時関りがない場所であった場合は使者を通す事から始まる。


 簡単にまとめたが、これらの期間はかなり長い。


(十中八九、王国が関係を持っていない場所だろうしな)


 少女が抱える狼がそれを証明してしまっている。


 それならさっさと終わる選択の方が両者共に良いだろうと、俺は少女に近付く。

 少女と狼の首には枷が付いているが、それを外す為の鍵は、どうやら俺が競り人から奪った物の一つらしい。


 びくりと体を震わせる少女の姿に心が死んでいくのを感じながら、鍵を女性団員に手渡し首枷をとれるかもと伝える。


「今とりますからね~」


 女性団員は優しい声音で少女達に語り掛け、それぞれ鍵を試していく。

 かちりと鍵穴がはまり、少女と狼の首枷が外れた。


(あぁ、やはり)


 背後に突如として現れた気配に、俺はそんな感想を抱く。


「抜くなッ!」


 現れたを見て獲物を抜こうとした団員達に対し、男性騎士が荒げた声で指示を飛ばした。

 緊張が高まる騎士とは反対に、獣人族の少女はぱぁっと顔に笑みを咲かせている。

 俺もゆっくりと振り返り、それを見上げる。


(これがあの・・・・・・)


 嵐のようだ、一目見てそう思った。

 体高はおよそ七メートルで、狼のような風貌。

 毛並みは雪のように白く、長い毛が無数に伸び、風とともに舞い上がっている。まるでそれが意志を持つ触手のように蠢き、漏れ出す魔力が周囲の空気すら震わせていた。


 金色の瞳が眼下の俺を睥睨する、宿る感情は、まごう事なき怒り。


 その威容を前に、俺は生物のフレーバーテキストを思い出していた。


 ――天を裂き、地を砕き、理を喰らう白き咆哮。その一歩が国を滅ぼし、その吠え声が夜を永遠にする。


 、神獣フェンリル。

 その身は獣人族と共にあり、森の中で住んでいる。

 他言語を理解できる程に知能は高く、他種族と共生できる寛容さも併せ持つ。

 ただ、外敵に対しては一変して苛烈な攻撃をする。


『もしもあれが"神"ならば、この世界は最初から間違っていた』と、敵対した国の兵の呟きは、まだ見ぬ神獣の底知れない力を思わせた。


(まだ首は繋がってるな)


 聞く耳を持たず殺される場合もありえたが、その時は【逆刻ぎゃっこく懺悔ざんげ】で時間の巻き戻しが起こっていたはずだ。

 出会えたことに対する気分の高揚を他所に、まずはフェンリルの怒りを鎮めようと会話を試みる。


「まずは子供たちの無事を伝えたい」


 背後の少女達を前に出して無事を知らせる。


「フェンリル様!」


 フェンリルの胸元に抱き着く少女、その下で子供のフェンリルもじゃれるような仕草を見せる。癒し度はマックスだ。幾分か理性を取り戻していると信じ言葉を続ける。


「実行犯についてはあそこで捕縛されている――」


 一瞬、風が吹いた。

 乱れた髪を抑えるように体を捩った少女の視線がこちらを向かないように体の位置を少し変える。


(えぐ・・・・・・)


 そのまま視線を少し後ろに向ければ、捕縛されている者達の半数の首から上が消えていた。魔力の流れに反応する時間すらない、淀みの無い一閃。

 噴水のように血を噴き出しながら体を倒す姿に誰もが閉口する。


 後はこちらに任せて欲しいと言うつもりだったが、流石に怒りを我慢できなかったらしい。

 言わずに誤魔化せばよかったのか、まだ半数で良かったと考えればいいのか判断に困るところだ。


「ふむ、残りの者達は任せて頂きたい。次がないようにするため、その手口を詳らかにする必要がある」


 フェンリルは動かない。

 じっとその瞳で俺の観察を続ける。


「ただ、簡単に死ぬよりもつらい日々を送ることになるだろう。人間の尋問が苛烈なことはあなたも知っているはずだ」


 要するに、さっくり殺すよりきつくするから任せて欲しい、とぶちぎれの神獣に伝える。

 まあ怒りが収まらないなら残りを差し出して終りだ。星八と正面から戦えるような人間なんて早々いない。無駄に意地を通しても被害がでかくなるだけだ。


「あの、フェンリル様。・・・・・・あの人は助けてくれた人で、その・・・・・・」


 じっと俺から視線を外さなかったフェンリルだが、少女が言葉を詰まらせながら喋ると、その頬を優しく舐める。


「ウォゥ」


 一言、『次はねえからな』とでも言ったのだろうか。

 不服そうに肩を怒らせながらも、フェンリルは感情をしまいこみ前足の爪で空間を撫でた。


 爪の跡に沿って空間が割ける。

 フェンリルの爪や牙には空間に干渉する能力がある。理に反するかのような性能から、神を喰らったとされる伝承も残っている程だ。


 場所が離れていても自身の魔力が満ちている場所の空間に飛ぶことすらできるため、こうして村に帰ることができる。子供のフェンリルにも似た魔力があるため、その場に干渉することは可能なはずだが、魔力を封じる首輪のせいで駆け付けられなかったのだろう。


「あの、名前を聞いてもいいですか・・・・・・?」


 空間に入っていく少女は一度立ち止まり、そんなことを問うてきた。


「人間の名前なんて覚えなくていい。まあ、俺に関しては悪名高い三男坊は誰かと聞いたらどこでも出てくるだろうが」


 腰を落とし目線を合わせる。

 今度は少女も怯えずに俺の顔を見てくれた。


「今回は運が良かっただけだ。できればもう神獣の領域を出るなよ。ほら、村に帰りな」


 少し考えるような仕草をした少女は、『ありがとう』と感謝を込めた言葉を残し早足で空間を超えていった。


「・・・・・・さて、帰るか」


 空間が閉じて、ゆっくりと立ち上がる。

 残された惨状――首無し死体に恐慌状態の捕縛者、パニックになっている新人と思わしき団員――から目を逸らし、屋敷にさっさと帰ろうとシルとマルスを呼ぶ。


 そして翌日にはまた新たに俺の噂が回っていた。


『騎士を土下座させる悪党』だの『血まみれで笑う殺人鬼』だのと。

 まあ、思い返せば。一部始終だけ見た人間ならそう思われても仕方ない光景ではあったかもしれない。

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