第12話 再試験
「再テストですか」
朝のHRの後、ハーメス教員に話があると連れられた先で待ち構えていたのは、隠し切れない威風を秘めた男、ダリ・ゼルぺダスがいた。
その他に二名の教諭。
彼等の得意魔法を考えれば、俺がなんの用で呼ばれたのかは明らかだった。
「クリス・ローウェン。君には試験を不正した疑惑が出ています」
「・・・・・・心外ですね。まさか証拠も無しに言っておられる訳ではないでしょうね」
不服であると一応のポーズをとるが、こうなることは想像が付いていたことだった。
どう考えても不正を疑わざるを得ない点数をとれば、教師は確実になんらかの接触をしてくるだろうと。
それが再テストという形で提示してくるのは、相手がなんの不正も見つけられなかったことを自分で教えているようなものだ。
そもそも不正をしている訳ではないので探しようもないが。
「それは今までの君の行動を振り返ったうえで言って欲しいものですが、一方的に突きつけているという点は否定できない」
机の上で手を組み、ゼルぺダス教員は少し考える様子を見せた。
「そうですね。もしもこのテストで七割以上の点数を出せれば、こちらの非を認める形としてなにか要望を聞くのはどうでしょう」
「要望、ですか」
「ええ、私にできる範囲ならばという条件付きにはなってしまいますが」
想定していなかった牡丹餅が降って湧いて口角が上がりそうになる。
少しばかり裏の連中の目に留まれればぐらいに考えていたが、まさかこの男がそのような提案をしてくるとは。
ダリ・ゼルぺダス、元王国第一騎士団団長に就いていた超の付く実力者だ。
魔法の属性は火と風、魔力量も常人の十倍以上を兼ね備える彼は瞬く間に戦場を炎の海に沈める。
が、彼の真骨頂は接近戦にある。
身体強化魔法を七段階、つまりזまでの強化魔法を操り、強化された脳の処理速度で振られる一閃は常人にとっては知覚するよりも速い。
閑話休題。
ともあれ、職は変われど彼は実力に裏打ちされた権力を保有している。
生徒がねだるような物であれば容易に準備出来るはずだ。
「分かりました。変な誤解をされるのも不快ですし、容疑を晴らすために問題を解きましょう」
「助かります。じゃあ、そこの机に座って問題を解いて貰えますか?」
「先生方はずっとここに?」
「気が散ってしまうかな?」
「いえ、私としては問題ありません」
「では始めましょう。時間は昨日のテストと同じ。とはいえ受けるのは君一人、自分がもういいと思ったタイミングで手を挙げてくれたら次の教科に進む事にしましょう」
席に座り問題用紙に触れたタイミングで周囲の教員が魔法を発動したのを察知する。
詳細は分からないが、大方の予想ならできる。
ゼルぺダス教員の他にいる二名の教員はそれぞれ、幻覚系とアーティファクトを専門にしている。
幻覚系は幅広く、特異な魔法や自然体系を調査し人体に及ぼす影響を研究する。
アーティファクトは言わずもがな、現代の技術では製作が難しいオーパーツを研究している。
そして彼等がこの場にいるということは、俺の不正がなんらかの幻覚かアーティファクトを用いていると思われているからだと考えるのが自然だ。
天下の王立学園講師陣もまさか前世の記憶を思い出しているなどとは思わなかったらしい。
(そこまで考えていたら、もう同じ人間だとは思えないが)
余り考えたくないが、想定の内にはいれていそうなのがゼルぺダスの恐ろしいところだ。
あらゆる可能性を想定し、可能な限りの対策を練る事で戦果を挙げてきた生きた伝説。
彼の柔軟な思考は、常識の通じない相手との戦闘を経て得たものだ。故に、もし彼の想定を越えようとするのなら、最低でも仮定すらされない事象でなければ話にならない。
とはいえ今回は別に戦う訳ではない。
普通に問題を解いてそれで終りだ。
そうして昼休み前、全ての教科を終えペンを置く。
「終わりました。採点が終わるまで待っていた方がよろしいでしょうか?」
「いや、その必要はないよ。時間をとらせて悪かったね、授業に戻ってくれ」
「それでは失礼します」
「ああ」
◇
生徒一人の答案、採点に時間はそう掛からない。
「凄い・・・・・・」
ハーメスは採点結果を見て思わずそう零した。
失点なし。オール満点の結果がそこにはあった。
そもそもハーメスはこの部屋に入った時からクリスが停学前と比べ大きく変わっていることに気付いた。
以前では自分より位の高い貴族や能力の高い人物を苦手としており、明らかに避けた動きを見せていたはずだが、ゼルぺダスを前に気後れせずに発現する姿は変化を感じずにはいられない光景だった。
大勢の教員で囲ったのでは威圧的になってしまうのではと、もしもの時は制止役になろうと強引に割り込んだハーメスは、自分が居なくても堂々としていたであろう自クラスのクリスを見て鼻が高くなると共に自惚れた考えだったと少し恥じた。
「これは凄い。歴代でもそうみることのない点数だ、少なくとも俺が教員になってからは一度も見ていない」
アーティファクトの研究をしているダリオンが驚いた表情でそう評価した。
「ふぁぁ~ それよかもう帰ってもいいかな~ 新種の植生調査があるんだけど~」
実験用の白衣を身に纏い眠たげに欠伸をしながら帰ろうとするのは、幻覚系統の研究をしているリュリエだ。
二名とも三回生の教員ではないが、ゼルぺダスに招集され今回クリスの再テストで不正が行われていないかの確認に立ち会った。
「まあ待って下さい。少し三人の見解を聞きたい。私だけでは知識に偏りができてしまうので正しい判断ができない可能性があります」
扉に向かっていたリュリエは口を尖らせながらも踵を返す。
「先程も言ったがアーティファクトが使用された形跡はなかった。遠隔で他者からの接触も考慮してこいつも使ったが、彼はすらすらと問題を解いていた訳で、俺の視点では不正の確率はない」
ダリオンが“こいつ”と称して出したのはアーティファクトの干渉を阻害する宝具。
効果時間は短いが、一時的に指定した範囲の空間を別次元に飛ばし現実の干渉を断絶させるという代物だった。
勿論、空間そのものを切り取っているためアーティファクトの干渉以外にも効果を発揮する。この時点で教室の外にいる他者の関与の線は殆どなくなったと見て間違いがない。
「私も似たようなものかな~ 闇魔法には周囲の認識をずらすという厄介な魔法がある訳だけど、発生には確実に起こりがある。そしてあの子にはそれがなかった。なにか新しい魔法でも作ったんならお手上げだけどね~」
リュリエは事前にクリスが魔法を発動した状態で来ることを想定して部屋の扉に魔法を解除する陣を埋め込んでいた。
中位魔法でも強制的に解除し、それ以上であった場合は軽いスパークが発動するようになっている。
なんらかの魔法による不正なのだとしたら、確実に教室内で発動する必要があった状態で、教師四人、特にゼルぺダスの目を掻い潜るのは不可能に近い。
「というか見てたら分かるよね~ あれどう見ても問題理解してる人間の動きだったよ?」
教科全てを通して冷静、手を動かすスピードもスムーズでなによりも問題を見直し修正することは理解している人間のそれであった。
「ハーメス先生はどうでしょう。以前のクリス君と比べて違う点はありますか」
「違う点、ですか。あり過ぎて逆に困りますね」
最もクリスと接点の多いハーメスに話題を振られ、彼女は以前のクリスとを比較する。
「声音、筆跡などに変化はありませんが、逆にそれ以外の全てが違います。とても同一人物であるとは思えません」
既に魔力の波長による検査で同一人物であることは間違いようがなかったが、ハーメスの心境をまとめるにはそう評するしかなかった。
「ふむ、私もそれは想定していました。しかし、干渉を受けている魂であれば私の“目”で分かります」
ゼルぺダスはある特異体質を持っている。
魔力そのものを視認することができる彼の目は、魂そのものを視ることさえ可能であった。
「総評すると、彼は問題を、それも5回生の問題を誤答なしで解ききった訳ですが、不正はなかったという結論でいいですね?」
いい訳が無い。誰もがそう思ったが、各分野のスペシャリストが不正を見抜けなかったのだ。
成績最下位の男がたった一か月で、2年上の問題すら容易に解いた。
常識的に考えて不可能だが、それを証明するものはなにもない。
もしこのことが外に漏れようものなら、王立学園の地位すら揺るぎかねない事案だった。
「たった一か月でこれだけの人材が育成できるのなら、ローウェン領に頭を下げにいくのも本望ですが」
「アルバ卿は聡明な方ですが、突出した人物は排出されていません。王立学園に入学したクリス君は確か200年ぶりの合格者だったかと」
「謎だね~」
「まあ一番考えられるのは、実力を隠していたってことじゃないか。それをする理由は全く見当もつかないが」
「仕方のない事ですが、仮定しかないのでは動くことも出来ません。暫くの間クリス君の動きを注視することとし今日は解散しましょうか」
ゼルぺダスの声に、リュリエは早々に魔方陣を片して研究に戻っていった。
「では放課後に予定通り成績を貼り出すこととしましょう。おっと、彼にはお詫びの品を渡さないとでしたね。ハーメス先生、クリス君に放課後一度私の元に訪れるよう伝えて頂けますか?」
「はい、伝えておきます」
「あまり財布にダメージがいかないものだと有難いですが」
「ふふっ、流石の彼も元騎士団長様の懐に響くようなものはお願いしないと思いますよ」
その場を解散し各々が離れていく中、ゼルぺダスはクリスの行動を思い出す。
誰もが不正に関しての視点で見ている中、彼は戦闘面において彼を評価していた。
(入室時の視線の動き、即座のリュリエ先生の魔方陣を看破していましたね。ダリオン先生のポケット、右手、左足に意識を向けていたのは彼の持つ宝具を知っていなければしない。そして私に向けた視線)
目を合わせて喋っているようで、クリスが見ていたのは実際にはゼルぺダスではなく彼の瞳そのもの。
(う~ん、機密事項のはずなのですが)
笑顔の仮面を被った裏で、冷徹な思考は回転を続ける。
クリスは要監視人物としてゼルぺダスに記憶された。
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