第3話 計画
さて、自分の時間が確保できそうなので、早速ファンタジー生物と出会う計画を立てる。
最初の内は比較的温厚な生物にするべきだろう。
更には不名誉な理由ではあるが、丁度ローウェン領にきているのだから、ここでしか出会えない様な生物には会っておきたい。
「う~ん、なにがいたか」
ずっと定住していてこの領にしかいないような生物を思い浮かべる。
(確かあの生物はここで確認されたよな)
珍しい精霊がローウェン領の森に住んでいることを思い出す。
個体名はアイオーン。
この世界ではまだ全貌が解明できていない存在だ。
ああ、ちょっと思い出しただけで会いたくなってきた。
とはいえ急がば回れだ。勢いのままに出ても警戒されて終わりだろう。
ここは現実。ゲーム以上に慎重に接する必要がある。
「計画を立てるか」
アイオーンの好みは当然のこと、動物や精霊の触れ合い方を調べる必要がある。
書物は当然読むが、人の意見を直接聞くのも重要だ。
という訳で、
「おい」
「ひゃひゃいっ?!」
見習いメイドの一人、ナーラに声をかける。
丸眼鏡に三つ編みをした、少し野暮ったい印象を受ける少女だ。
ここの庭師の娘で、庭師の人側の良さから採用されている。ならば能力はどうなのかと疑問が出るが、そこはまだ発展途上だ。少々ドジな面があり、謹慎一週間の間でもよく失敗しているところを見る。
とはいえ、根が良いのは親譲りか、周囲の者達からは好感を抱かれているらしい。
仕事が遅いと疎まれそうなものだが、彼女の周囲の人物は嫌な顔せず手を貸している。
「ななな何でしょうかクリス様?!」
そんなドジっ子少女は緊張しながら返事をする。
持っている洗濯籠を落としそうになりながらなんとか廊下の脇に置き、忙しなく目をぐるぐると回した後、勢いよく頭を下げて臣下の礼をとる。
ちょっとは落ち着け。
「仕事中すまないな」
「いえ! いつでも問題ありません!」
「それで用なんだが、確かお前、精霊と契約していたよな。炎精霊だったと思うんだが」
「え、あっはい。そうですが」
そう、この少女は精霊と契約しているのだ。
精霊の契約者はそう多くない。というのも、精霊は気ままな性格をしている者が多く、どこかに縛られるような生活を好まないからだ。
それでも契約するのは、余程契約者に魅力を感じた場合である。
おそらくナーラと契約している精霊は、彼女の人柄に惚れたのだろう。
まあ、なんとなく見ていても愛情を精一杯注ぎそうな性格をしていそうだ。
「まっまさか・・・・・・ぐすっ」
なにを妄想したのか、顔を青くさせてしまいには目尻に涙を溜めてぐずり出した。
いかん。こんな所を親父に見られようものなら誤解される。
「待て待て。なにを勘違いしたのか知らんが、俺はその精霊をどうこうするつもりはない。ただ、精霊とどんな付き合い方をしているか聞きたかっただけだ」
「ほ、本当ですか・・・・・・?」
「ああ、本当だ」
「良かったぁ」
「うん?」
いつからいたのか、ナーラの肩にはいつの間にか蜥蜴の姿をした精霊が乗っており、口を開けてこちらを威嚇していた。
火球精霊には姿が定まらず不定形のものが多いが、この精霊の姿ははっきりとしている。
(まさか、いやそんなことがあるのか? そこら辺にいる一介のメイドが従えるには位が高過ぎる)
しかし、その特徴は文献に書かれている通り。
この赤い甲殻に月色をした縦長の楕円形をした瞳孔。
間違いない、サラマンダーだ。
ゲーム内でも希少な精霊の一体で、俺が見つけられたのは活火山の最奥にいた一組の番だけ。
(すげぇ、幼体なのか。成体は最早怪獣だったがこれだけ小さいと可愛げを感じるな)
掲示板でも話に上がった事すらない。
希少性で言えば間違いなくトップクラスだろう。
「どこで出会ったんだ?」
「お仕事をしている最中に、いつの間にか手元にいました」
精霊には二通りの生まれ方がある。
一つは番が性行するパターン。これは親の特性をそのまま子が引き継ぐ形になる。
そしてもう一つは自然に発生するパターンだ。
これは親がいないため誰かの特色を引き継ぐことはないが、独自の特色を持っている固体になる。
目の前のサラマンダーはおそらく後者の生まれだ。
どのような特色があるかは分からないが、成長が楽しみだ。
(ゲーム内では姿を見なかったが)
おそらくクリスが殺したのだろう。
物語の中盤で、何者か(後にクリスと判明)がローウェン家の宝具を手に入れる為に家族を殺したとの記載があった。
戦火の様子が表された絵には火に包まれたローウェン領が映っていた。
被害が領全体にまで及んでいたのは間違いなく、このメイドも巻き込まれて死んでいる可能性は極めて高い。
「あっ、それでどんな付き合い方をしているかでしたね。う~ん、特にこれといって特別なことはしていないのですが、この子とはよく遊ぶことが多いでしょうか。凄く甘えたがりなので」
ナーラが肩にいるサラマンダーに顔を向けると、サラマンダーは体を寄せてピタリとくっつく。
あまりに尊い場面に心の内でスタンディングオベーションしながら叫ぶ。
ゲーム内であればスクリーンショットを連続で保存していたところだが、残念ながらこの世界にそんな機能は存在しない。
早急にカメラを作成することを誓い、俺はその光景を無言で目に焼き付け続けた。
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サラマンダー
分類: 精霊種
全長: 幼体は10cm程度、成体になると4メートル程度にまで成長する
重量: 測定不能 (物質的肉体を持たないため。ただし、契約したものは両者の魔力回路を繋ぐことで接触が可能)
起源: 不明(最初の観測者はフィメーラ火山の山頂付近で発見)
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◇
「駄目だ」
その日の午後、父親に外出の許可を貰うべく執務室に訪れた。
外出した旨を伝えると、父親であるアルバは難しい表情をして先の発言をした。
「謹慎してまだ一週間だ。閉塞感を感じるのは分かるが、それに音を上げる事をお前は許されない」
「申し訳ありません。父上はなにか勘違いをしておられるご様子」
「なに?」
「私が外出したい先はカルナ森林なのです」
アルバが作業の手を一瞬止め、俺の真意を覗こうと視線を合わせる。
「私が学園で不甲斐ない実戦成績を残していることはご存じかと思います」
「勿論聞いている。実践を想定した校外授業でスライムに敗北したとな」
少し呆れたように発現するアルバに俺も内心で同意する。
スライムの通常種は誰もが容易に倒せる生物で、そこいらの子供でも長物の道具で内部の核を破壊すれば対処できる存在だ。
さしもの学園生がそんな相手に後れを取るなど普通はありえないが、このクリスはステータスが殆ど魔法に特化しているため近接戦にはめっぽう弱い。
気付かないうちにスライムが飛び掛かって来て窒息しかけている。
もう少し魔法の技術を上げればいいものの、火力を上げる事に傾倒していたクリスでは対処できなかった訳だ。
「はい。このような不甲斐ない姿のままではいざとなった時に守るべき民の盾となることができません。なので、実戦能力を高めるためにカルナ森林へと参りたいのです!」
勿論嘘だ。
精霊に会うのが最も大事なことに他ならないが、それを正直に言って外出が許可されるとは到底思えない。
ここは無難な発言で煙に巻き、完全な嘘にならないように手軽な相手を討伐してくればいいだろう。
後で備えの回復薬を買いに行きたいとでも言えば、市井にも出られる一石二鳥の構えだ。
「ふむ、確かに実戦は必要か」
何事かを考えるように顎を撫でる仕草をするアルバ。
ややして整理がついたのか、厳かに判断を口にする。
「お前の言葉も一理ある。貴族たるもの、もしもの際には陣頭に立ち味方をこぶせねばなるまい。しかしそれも最低限の知能がなくては混乱をきたすだけで終わることもある。よって、授業の理解度によって判断する。後でシルに確認しよう、おって判断を下す。それまで待っておけ」
「承知しました」
俺は内心勝利を確信しながら頭を下げた。
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