第3話 撫川は、無防備だ

 *翌日の朝、教室。 壮馬は窓の外を見ている


桔梗「おっはよーう」


*背中を急に叩かれながら挨拶を受け、驚き振り返る壮馬


壮馬「ああ、撫川さん。おはよう」


 ――昨日少し話をするようになり、だいぶ親近感を持ってくれたのだろうか。今日はずいぶんと砕けた感じがする。いつもの、お嬢様然とした堅苦しさが抜けたように思える。


――そんなことを考えている俺に――


 *肩を寄せて腕で小突くような行動


撫川「何ぼーっとしているんですか? もしかして、まだ眠いとかだったりします?」


 ――ぶつけられた彼女の柔らかな腕の感触に一瞬どきりとしてしまった。

 だけど、それと同時に『よくない』と感じてしまった。


 どうやら撫川さんは女子校出身のため、男という生き物に対する感覚がちゃんと備わっていないようだ。

 俺を例外とせずとも、思春期の男というものは実に他愛もなくその気になってしまう悲しい性を持った生き物なのだ。

 一瞬視線がぶつかっただけでも、自分に気があるのではないかと大騒ぎできてしまうようなはかなくて、危険な存在。

 撫川さんのさりげないボディータッチは、女友達の間では友達同士のあいさつ程度の感覚なのかもしれない。

 だけど、それをされた男はその気になってしまい、相手が自分にすべてをゆだねたのだと勘違いしてもおかしくないようなことでもある。

 昨日のちょっとした談笑で、撫川さんは俺に対して友達だという感情を抱き、軽率な行動をとってしまったのだろうが、それは危険な行為ともいえないだろうか。

 相手がもし俺ではなく、別の男で、そんな撫川さんの好意に対して勘違いしてしまうと、そのノリで彼女を激しく傷つけてしまう男がいるかもしれないのだ。

 だったら、今、俺は彼女に対し、行動を慎むように言っておいてあげるべきなのではないだろうか?

 いや待て。

 女子校出身とはいえ相手はお嬢様であり、俺のような下賤のものからの指摘を受けるとなれば、それは彼女のプライドを傷つけてしまう可能性もあるだろう。

 であれば、俺はどうすればいい?

 俺がそれとなく行動で、男というものは危険な生き物だということを教えてあげるのがいいのではないだろうか?

 そんなことをふと考えてみる。


桔梗「おーい。そうまくーん。ねえ、きいてる?」


  *考え事をしていた壮馬の目の前で撫川が顔を寄せて見つめてくる


壮馬「あ!」


桔梗「やっと気づいた。わたしの話、ちゃんと聞いてた? なんか一人でぶつぶつ考え事し始めちゃってさ」


 *言いながら、また腕をぶつけてくる


――言ったそばからこれだ。 こういう行動が男を勘違いさせてしまう。今こそ自分が行動しなくてはならない!


 *壮馬はぶつかってきた腕をぐっとつかむ


桔梗「ああ、痛いよ壮馬君」


 *壮馬は腕を掴んだまま撫川を睨む


桔梗「な、なに……」


 *桔梗は頬を紅くして目をそらす。それを見て壮馬


 ――どうやら、俺の行動に恐怖を覚えているようだ。よし、もうすこしおどしておいたほうがいいだろう


壮馬「ふん。撫川、お前。いいにおいがするな」


桔梗「や、やめてよ、そんな言い方」


 *撫川はさらに頬を紅くしてそっぽを向く


 ――うまくいったようだ。これで少しは男という生き物の怖さを思い知ったかもしれないな

 

 *壮馬は腕を離し、無言で椅子に座る




 *昼休み、壮馬は一人で校舎の隅で弁当を食べている


壮馬「やっぱりこの場所は人が来なくて静かでいいなあ」


 ――なんて、つぶやいてみたがそれは単なる強がりだ。この目つきのせいもあり、友達作りに失敗した俺の隠れ場所に過ぎない。

 教室でボッチめしを食うのはそれなりにダメージがあるのだ。


 *撫川が登場


桔梗「あれ、もしかして壮馬君?」


 ――まずい。ぼっちでいるところを見つかってしまったか?


桔梗「ここ、いい場所だね。静かだし」


壮馬「ま、まあな……俺の、お気に入りの場所なんだ……」


 *撫川、壮馬の隣に座り、弁当を広げだす


壮馬「え、ここで食うのか?」


桔梗「さっき言ったじゃないですか。ここ、いい場所だねって。わたしも気に入ったので今日はここで食事にしようかと……あ、もしかしてお邪魔でしたか?

そ、そうですよね。ここは、壮馬君のお気に入りの場所ですし、わたしなんかが邪魔しちゃ……ごめんなさい。どこかに行きますね」


 *撫川、慌てて弁当を片付け始める


壮馬「いや、べつに飯を食うぐらい好きにしたらいい。ここは、別に俺の私有地とかじゃないしな」


桔梗「私……ここにいてもいいんですか?」

 *嬉しそうに見つめてくる。壮馬は恥ずかしくなって目をそらす


 *弁当を食べる二人、壮馬が桔梗の弁当をチラ見する


壮馬「意外と、茶色の多い弁当だな」


桔梗「ハッ!」

 *桔梗は弁当を恥ずかしそうに両手で覆い隠す


壮馬「いやわるい、そういう意味で言ったんじゃないんだ。お嬢様だって聞いていたからどんなもん食べてるんだろうかと思っていたんだが、意外と俺達と同じもの食っていて安心したよ」


桔梗「偏見ですよ。お嬢様だなんて言っても、うちはそんなたいしたものじゃあないですし、中学の時に通っていた女子校も割と普通の子ばかりですよ。

 それに、茶色いものはおいしいですし」


壮馬「それは、確かに同意するな」


桔梗「それよりも、壮馬君のお弁当のほうがすごいですよ。色とりどりでほんとにきれい」


壮馬「ああ、まあな。実は家が料理屋でな。それで店のあまりものを詰めただけなんだが、それなりのものにはなっちまうんだ」


桔梗「この、カラフルな奴はなんですか?」


壮馬「ああ、それはカポナータという料理だ。南イタリアの野菜料理で……」


 *桔梗は興味津々


壮馬「よかったら食うか?」


桔梗「い、いいんですか?」


壮馬「まあ、俺はいつものことで食べ飽きてるからな」


桔梗「それじゃあ、遠慮なく」

 *壮馬の弁当のカポナータを箸でつまんで口に運ぶ

桔梗「なにこれ! すごくおいしい!

こんなおいしいものを毎日食べてるなんて、うらやましいです。

でもきっと壮馬君のお嫁さんになる人は大変ですね。なにを作ってもおいしいなんて言ってもらえなさそう」


壮馬「そうでもないさ。俺みたいな育ちざかりにはカラフルな野菜なんかより茶色いから揚げとかのほうが嬉しいしな」


桔梗「あ、あの……それでしたら、もしよかったらなんですが、これ、食べてみてもらえませんか?」


 *桔梗、自分の弁当の唐揚げを自分の箸でつまんで差し出す。


 ――え、ちょっと待って? なにこれ? 「あーん」ってやつ?


 *壮馬、あたりを見渡す


 ――誰も見ていない……だけど、さすがにこれはまずいだろ……


 *自分の弁当箱を持ち上げ、唐揚げを入れてもらう


 ――日和った…… とはいえ、この唐揚げはさっきまで、撫川が自分の箸でつまんでいたやつだぞ……


 *壮馬、少し照れながら唐揚げを食べる


桔梗「どう、ですか?」


壮馬「うん。うまいよこれは! 味付けもしっかりしていてゴハンが進む」


桔梗「本当ですか! うれしいです! 実はこれ、わたしが作ったんです!」


壮馬「そう、なのか? それにしてもすごいな。朝、早いんじゃないのか?」


桔梗「はい。それでも、両親ともに仕事が忙しいらしく、ほとんど家にいないので、自分のことは自分でやらなければいけないことが多いんです」


壮馬「そうか、大変なんだな……」


 ――自分は少し、彼女のことを誤解していたのかもしれない。お嬢様だからきっと世間知らずで大事にされてきたんだろうと、勝手に思い込んでいた節があるのかもしれない。


 *昼休みも終わりの時間。弁当を片付けてその場を立ち去ろうとするとき

桔梗「ねえ、ちょっと待って!」

 *腕で両手で抱えるようにしがみつく。胸の感触が腕に


桔梗「あ、あの、今日ね――」


 ――やっぱりそうだ。

 撫川桔梗はやはり、男という存在に対して無防備すぎるのだ。さっきの弁当の時もそうだった。彼女の軽はずみな行動が、男を勘違いさせてしまうことああるという事実を、彼女はもう少し知っておかなければならない。

 これは少しばかり心を鬼にしてわからせておく必要がある。


 *壮馬は桔梗を睨み、無言で迫る。


「え、どうしたの。壮馬君……」


 *校舎を背にした桔梗に壁ドン。


壮馬「お前さ……俺を誘ってるのか?」


桔梗「あ、あのね。私……」


 *そのまま無言で睨む壮馬。


桔梗「……」


 *桔梗は目をつむり、顎を上げる


 ――え、なに? ちょっと待って。 これって、もしかして俺が迫ってキスを強要していることになってる?


 ――いや、それはさすがにマズイ。俺はもとより彼女を傷つけるつもりはない。

 撫川が、危険な目にあわないように警戒心を持たせるためなのだ。


 *チャイムがなる。壮馬は手を取る


壮馬「おい、授業始まるぞ。急げ」



  *放課後の教室。帰ろうとした壮馬の腕を再び掴む桔梗


 ――昼休みの時間、撫川が言おうとしたこと。それは……


桔梗「放課後、よかったら一緒に帰りませんか?」


壮馬「いや、別にいいけどさ。俺になんか用?」


桔梗「用件がなければ、誘ってはいけませんか?」


壮馬「いや、別にいいけどさ。ただ、気になっただけだが……」


桔梗「友達だから、です」


壮馬「そうか……なら、断る理由もないか……」


 ――相変わらずではあるが、撫川はなかなか男に対して警戒心を抱いてはくれない。

もう少し、何か怖がらせる必要があるのではないだろうかと考えてみる。


たとえば帰り道に、ちょっと寄り道をしようと提案をして薄暗い路地に連れて行く、とか…… 彼女はもう少し怖い目を見たほうがいいのではないかと考えてみる。

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