第5話 心の声を聞く
朝の澄んだ空気が山村を包む中、ユウキは祖母サキに連れられて、村の奥深くにある静かな場所へと向かっていた。大きな木々が立ち並び、枝葉の隙間から柔らかな光が差し込む小さな広場に着くと、サキは微笑んで言った。
「ここはね、私がよく心を整える場所なんだ。今日はユウキも、自分の心の声を聞いてみるといい。」
ユウキは不思議そうに周囲を見回したが、サキが指し示した場所に腰を下ろした。柔らかな苔が地面を覆い、風の音や鳥のさえずりが心地よく耳に届く。サキは静かに言葉を続けた。
「瞑想と言うと、難しそうに聞こえるかもしれないけど、ただ目を閉じて、自分の呼吸に耳を傾けるだけでいい。心が忙しく動いても、それをそのまま見つめていればいいんだよ。」
ユウキはゆっくりと目を閉じた。最初は目をつむるだけでも落ち着かず、都会での日々が頭をよぎった。電話の鳴り響くオフィスの音、上司の叱責、仕事の締め切り。胸がざわざわと騒ぎ出し、気持ちが沈んでいく。
「何も変わらない…。」
そう思い始めたとき、サキの声がふわりと届いた。
「浮かんでくる考えを追いかけなくていいよ。ただ、どんな感情でも湧いてくるものを否定せずに、そうなんだな、と見てあげるだけでいい。」
その言葉に少し安心したユウキは、もう一度呼吸に意識を向けた。吸う息、吐く息。その繰り返しに集中し始めると、不思議と心が少しずつ落ち着いてきた。
次第に、自分の中から声のようなものが聞こえ始めた。それは言葉ではなく、感覚に近いものだった。
「本当は、もう限界だと気づいていたのに、どうして言えなかったんだろう。」
「頑張らなきゃ、周りに認められないと思ってた。」
「でも、それで自分が壊れたら、誰が喜ぶんだ?」
湧き上がる感情に、ユウキの胸がぎゅっと締めつけられた。目の奥が熱くなり、涙が一筋こぼれ落ちる。サキが近くでそっと見守っているのを感じながら、ユウキはただ自分の感情をありのままに感じ続けた。
瞑想が終わり、ユウキが目を開けると、そこにはいつもと変わらぬ景色が広がっていた。しかし、彼の中では何かが変わっていた。心にたまっていたものが少し軽くなり、自分の感情がほんの少し愛おしく思えた。
「自分の心の声って、こんなにも静かなんだな…。でも、ちゃんと聞けば分かるものなんだ。」
ユウキがぽつりとつぶやくと、サキは優しく頷いた。
「心の声は、いつだってそこにある。でも忙しいときは、聞こえなくなるものさ。だからこうして静かに立ち止まることが大事なんだよ。」
その日の帰り道、ユウキは風の音や木々のざわめきをじっくりと聞きながら歩いた。外の音が心に染み込むようで、自分が自然と一体になったような感覚を覚えた。
「自分の声を聞く時間、もっと増やしてみよう。」
そう心に決めたユウキの表情は、少しだけ明るさを取り戻していた。彼の中で、心の旅が確かに始まろうとしていた。
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