第43話
真っ白い部屋にいた。
広いのか狭いのかもわからない、ただただ白いと認識できるだけの部屋にいた。
「……」
なにここ。何処ここ。いやなにここ。
……もしかしてだけど、わたし死んじゃってたりする?
……さっきから触感とか嗅覚とか、そういう五感もなんとなく鈍い気がするし。ここって、天国だったりとかしちゃうわけ?
それとも――
『まず、謝らせてほしい。ごめんなさい』
――声がした。
見ると、目の前にはいつの間に白いうさぎが佇んでいた。白うさぎは行儀よく四本足で立ち、こちらに視線を向けている。ピンク色の瞳をくりくりとさせて、こちらを見ていた。
こいつ、たしか魔王城にいた……。
「……なんであやまるんだ?」
……などと普通に返してしまったけど、なぜ至極当たり前みたいにうさぎが喋っているんだよ。
『私のせいで、君は日本に転移し結果、危険な目にあってしまった。経緯はどうあれ、君を危険にさらしたのは私の落ち度だよ。だから謝りたい。本当に、ごめんなさい』
「……」
……ああ、そういう。たしかに、わたしが日本に転移したのはあの日魔王城に現れたこの白うさぎを追って、ゲートがある部屋に入ったからだけれど。
「謝らないで」
『……』
「んまあ、ちょー怖かったし人生で一番落ち込んだ。何度も何度も死んじゃうって思ったけど。でもさ、全部が終わった今、この経験は絶対にわたしには必要だったと強くそう思う。わたしがわたしの夢に近づくために。それに、きっかけをくれたのはたしかに君だったけど、選択をしたのは間違いなくわたしだ。だから謝る必要なんてない。むしろ感謝したいくらいだよ」
『……。日本に来たこと、後悔はしていない?』
「……ぁ」
優しい、声だと思った。
「……」
反射的に、眉をぴくりとさせてしまう。
わたしは言葉を、振り絞る。
「……日本はわたしの、憧れの人の故郷、なんだよ? それに、初めての友達だって、できた。とってもとっても……大切な、友達がね」
『うん』
「日本は目新しいものばかりで、ぁ、飽きないし、学校生活も、楽しい。葵との共同生活も……なんだかんだいって充実してる。……後悔、なんてしたら、葵にも。きみにも、失礼でしょ。だから、後悔なんて、してるわけない。したくないとも、おもう」
……わたしの声は、震えていた。
「いま、わたしは、みんなのおかげでさ。心の底から、しあわせ、だよ……」
『……そう、なんだ。なんか、恭ちゃんと話しているみたい。私の知らない間に、アリスは立派に育ったんだね』
「……パパに似て育ったことが、立派かどうかは、しょうじき疑問だけど」
『ふふっ。確かに、恭ちゃんにはそういうところもあるよね。でも、そういう面も全部ひっくるめて恭ちゃんの魅力だよ。アリスもそれがわかっているから、そうやって親しみのこもった冗談を言うんでしょ? だったら、人にそんなことを言わせることができる、恭ちゃんによく似て育ったアリスも。私は、立派になったと言えると思うな』
「――……ぅん」
――懐かしい、とても優しい言葉。
「……っ」
ごく自然にあふれた涙は、すでに頬に伝っていて。
「……あのさ。わたし、ずっと、言いたかったことがあるんだ」
『なに?』
わたしは、改めてうさぎの瞳を見据える。そして――
「……ありがとう――ママ。わたしを産んで育ててくれて。いつも、わたしを見守っていてくれて」
『――』
「――――――だいすきだよっ!!!!!!」
『――――ッ』
刹那、白うさぎの形は陽炎のように揺れ、やがて、ある姿をとると――――
『――――――私も、アリスのこと、世界で一番、大好きだよ。世界で一番、愛してる。だいだいだいだい、大好きだよ~~!!!!」
「――――っ!!!!」
徐々に意識が覚醒する感覚がある。
ぽたぽたと、地面に涙がこぼれていた。
ママの、人好きのするような優しい笑顔を皮切りに。
〝夢〟は、醒める。
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