第25話
アホのダイナを叩き起こして電車を降りると、葵がこんなことを言った。
「ごめんアリス。私、やることができたから。このアホは借りていくね。それと恭一君のことも任せて」
「へ? イズミ、どこに行くのだ……? ……んんぅ、お腹が減ったから私はお肉が食べたいぞ。うーむぅ、豚ではなく牛が良いな」
寝ぼけているダイナを引きずっていく葵。
「……牛が良いぞイズミ。アリス様もきっと牛がいいに決まっている。そうだ、夕餉は牛肉にしよう!」
「そういうことだから。アリス、また明日学校で」
「……いやどういうことだよ」
そうしてわたしは、駅のホームに取り残された。
……べつに、寂しくなんてないもんね。ただ突然二人がどこかへ行くものだから驚いてしまっているだけなのだ。むしろ清々しているまである。あのいっつもべたべたうるさい葵が、こんなにもあっさりとわたしと別れるなんて。
「……」
やかましい二人が去っていき、辺りは静まり返っていた。時間も時間なので人も少ない。
「……」
……やっぱりちょこっとだけ寂しい。日本に来てからこんなに静かなことがあっただろうか。世界にわたしだけが取り残されてしまったかのような錯覚に陥りそう。いつもうっとおしい葵だけど、いざいなくなるとそれはそれでなんか違う。我ながらわがままだ。
わたしはポケットからスマホを取り出す。このままやっぱり寂しいから家まで送ってって、と葵にラインすることもできるけど、それは癪なので最後の手段。わたしは同時にポケットからイヤホンを取り出して耳にはめる。オーテクの青色のイヤホン。お気に入り。
音楽を流して気分を誤魔化す。今日はお風呂にバスボム2個も入れちゃおっかな!
そんなことを考えながら口の中にキャラメルも放り込み、完全にわたしの世界を構築したところで、ようやく岐路に着いた。
翌日。
学校に行くための支度を済ませたわたしは、葵と一緒に登校したくて……げふんげふん。
葵の様子を確認するために玄関を出て、隣の家のインターホンを押してみる。
「……」
反応はなし。すこし窓の方を覗いてみたけどカーテンが閉まっていて人のいる気配もない。昨日葵は明日学校で、と言っていたからすでに学校に登校しているのかな?
だとしたらなんでわたしを置いていくのだ。隣なんだから一声かけてくれればいいのに。……むかつく。
ともあれ学校に到着。
教室に入ってみるとしかし、隣の席に葵の姿はなかった。これあれかもしれない。この前劇場版まで一気見したあれ。和泉葵の消失。
「おはよう。ねえ佐藤さん。今日、葵見なかった?」
実は席替えでわたしの前の席になっていた佐藤さんに訊いてみる。
「おはようアリスちゃん。和泉さん? 見てないかな。てっきりアリスちゃんと一緒に登校しているものだと思っていたけれど、今日は違うんだ」
「そうなんだよ。葵のやつ、昨日の夜から行方知らずでさ。まったくどこいったんだ。んまあそれはそうと。佐藤さんには渡したいものがあるんだ」
「私に?」
佐藤さんは自分を指さしながら小首をかしげる。
わたしはスクールバッグとは別に持ってきていた紙袋を佐藤さんに差し出すと、
「日曜に熱海旅行に行っていたんだよ。これ、熱海のお土産。賞味期限近いからなるべく早めに食べてくれ」
お土産用に買っていた四角い熱海シュークリームである。
「ええ~、これ私に? 嬉しい~!」
「……まあ佐藤さんはわたしの数少ない話せる人……友達だからな! これからももっと仲良くしてほしい」
「ありがとうアリスちゃん、おうちで食べさせてもらうね。アリスちゃんの友達が少なくてよかったよ~」
「……なんていうか、佐藤さんも大概だよね」
佐藤さんはニコニコしながら、無邪気に受け取った紙袋の中身を見ている。
……まあ喜んでもらえたようで何よりだ。深くは追及するまい。
「ところで、今日は転校生が二人も来るらしいよ。アリスちゃんは知ってた?」
転校生? 二人も?
「へえ。知らなかった。転校ってよくあることなの?」
「いやいや珍しいよ。あっても一年に一回かそこらじゃないかな」
「ふーん、そんなもんか」
じゃあこのクラスはわたし、そして今日来るらしい二人の転校生で合わせて三人だ。ちょっと多いな。
「その転校生って、男の子と女の子の二人らしいんだけど。どっちも負けず劣らずの美男美女らしいんだよ」
「……ほお」
「アリスちゃんも中身はともかく見た目はとっても可愛いし、今年の転校生はレベルが高いね~、なんて話題で持ちきりだよ」
「……」
中身はともかくってなんだ。中身も外身も可愛いだろうが。可愛いだろ。可愛いっていえ!
すると、がらがらと音を立てて教室の扉がスライドする。
「はーい、みなさんおはようございます。ホームルーム始めますよー」
女教師がそう言うと、みなパラパラと各々の席に着いていく。後ろを向いて喋っていた佐藤さんも椅子を戻して前を向いた。
わたしは隣の席を見る。相変わらず葵の姿はない。ほんとうに、どこへ行ってしまったのだろう。
「今日は転校生が二人もいます」
瞬間、クラスがざわざわし始める。わたしのときもこんなだっただろうか。自分のことに意識が行き過ぎていてあんま覚えてないけど。
「それではお二人とも、入ってきてください」
そうして女教師に促されて、二人の転校生が入ってくる――
「どうも初めまして! 俺は里出流恭一。そこの里出流アリスの双子の兄にあたる! 俺のことはどうでもいいから、どうか妹のアリスと仲良くしてやってくれると――」
「アリス様!? アリス様ではないですか!! 一体何処に行っていたのですか!? 昨夜は気づいたらイズミに拘束されていてこのダイナ、とても不安だったのですよ!?」
「……」
「「「……」」」
「っておい! ダイナてめえ、とりあえず自己紹介しろって言っといたじゃねえか!? なにかましてくれてんの!? ありすにゃん困ってるよ!!」
「……え? す、すみません恭一様! え、えっと自己紹介ですね!?」
「そうだよさっさと言え!!」
「わかりました。改めまして私、ダイナと言います。家名はええと……ヤマダです。そこにいらっしゃるアリス様とは双子の姉妹なのです」
「ざけんな!? お前まで双子設定なら俺ら三つ子になっちゃうでしょうが!! しかも実の親子で男女の俺とありすにゃんならともかく、双子の姉妹にしてはお前ら似てなさすぎるだろ!! もうちょい考えて物を言えこのアホ!!」
「あ、アホとはなんですか恭一様! アホと言った方がアホなのですこのアホ!」
「アホアホアホアホうるせえよ! ゴリラの親戚かお前は!!」
「おおっ! なるほど、双子設定でなくゴリラの親戚設定の方が説得力があるのですね!」
「ちっげえよ馬鹿が!! ゴリラの親戚は転校なんてしねえ!!」
「だったらなにならいいのですか!? 恭一様は我がままです!!」
「ぶっ飛ばしていいかな!? こいつぶっ飛ばしてもいいかな!?」
「すいません先生。和泉遅れました。でもまだギリギリセーフですよね。私の腕時計はまだ8時半前を指しています」
「おっ、いいとこに来た葵!! このアホをなんとか説得していい感じの自己紹介を考えてくれ!!」
「だれ君。初対面で馴れ馴れしい。魔王菌がうつるから私に近づかないで。えんがちょ」
「魔王菌ってなんだし!? 昨日いきなり現れて学校に入学しろっていったの葵だよね!? なんでそんなこと言うの!?」
「触らないで」
「はあ!?」
「意味が分からない。お手上げ。おまわりさーん、この人でーす」
「わかった俺お前殺すわ!」
「き、恭一様!! 私の自己紹介はどうすればいいのです!?」
「……」
「「「……」」」
「ありすにゃんもなんとか言ってくれ!!」
「アリス様! なにかいい案はないのですか!?」
「アリス、助けて。魔王菌で私の無垢な体が犯されてしまう」
「……」
3バカのみならず、クラスメイト全員が一斉にわたしに視線を集める。
「……」
「「「……」」」
「先生。わたし、熱っぽいので早退します」
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