第16話

 わたしと葵がそんなくだらないやり取りを交わしていると、生徒たちが教卓に群がっていることに気づいた。


「んん? なにやってんだあれ」


 わたしがそう呟くとわたしの席を通りすがろうとした女子生徒一人が足を止める。あ、この子一昨日わたしが話しかけた子だ。


「アリスちゃんと和泉さんは昨日休んでたから知らないよね。……あっ、昨日の今日で二人同時に休んだってことは、そ、そういうことだよね。あ、あぅ、その……空気読めなくてごめんなさい」

「うん? 何言ってんの?」


 なんで突然謝られたんだ?


「んと、それはそうとね。あれは、席替えをするためのくじ引きだよ。番号が振られた席順の紙が黒板に貼られているの」

「へえ、席替えかあ」


 学校はそんなこともするのか。たしかに3年間ずっと同じ席では退屈してしまうものなのかもな。まあわたしはこの席に1日しか座らなかったので退屈もくそもないわけなのだが。


「……せきがえ、だと?」


 瞬間、葵がうつむきがちに幽鬼のようにゆらりと立ち上がる。

 ……今度はなんだよ。


「……そこの、さ、ささ、さ、さささ。君、席替えって本当なの?」

「諦めるな!?」

「私は佐藤だよ和泉さん」

「ごめん、いいまちがえるよりかはマシだと思った」

「そもそもクラスメイトの名前くらいちゃんと覚えとけよ……」


 やっ、わたしもこの子の名前が佐藤さんだなんて知らなかったが、わたしは入学したてなのでノーカンだ。


「悪かった。私、人の名前を覚えるのが苦手なんだ」

「いやいやいいよ全然! 私なんて和泉さんにしてみたら生ごみ、に群がる羽虫、を駆除するオジサン、のお母さんくらいどうでもいいような存在なんだろうし」

「……」


 ……いくらなんでも卑下しすぎである。あとそれだと生ごみに群がる羽虫を駆除するオジサンのお母さんに失礼だ。


「それで、席替えって正気なの?」


 葵が佐藤さんに迫った。なぜか目が据わっている。


「……ええっと、正気なんじゃないかな?」

「……おい葵、あんまり佐藤さんを困らせるなよ」

「……」


 わたしがそう言うと、葵は無言で佐藤さんから離れる。すると顎に手を当て、なにやらぶつぶつと念仏を唱え始めた。頭を振ったり頷いたりしている。


 ……なにあれこわい。


「アリス」

「ん?」

「くじ。先に引いてきて」

「なんで」

「いいから」

「お、おう……」


 ……そんな命かけました、みたいな顔されても。なんだよその顔迫真すぎるだろ。


 理由はわかんないけどとにかく怖いので、わたしは葵に言われたとおりに教卓へ向かう。


 教卓においてある四角い箱から一つ、紙切れを取り出した。その紙にはこう書かれていた。


「……24」


 次に黒板に貼られている席順の紙を見る。するとなんと24の席は一番左の列の一番後ろ――つまりいまのわたしの席と同じ席だった。


 同じ席か。まあでもこの席、窓から海が見えるからけっこうすき。さっきも言ったけど、まだ一日しか座ってないし同じ席でも全然構わない。


「引いたぞ葵ー。席変わんなかったー」


 わたしの気の抜けた声に反応してか、葵は弾かれるようにわたしの前まで瞬時に移動した。


「ぅわっ。どしたんだよ」


 訊いておいてなんだが、葵が変なのは今に始まったことでもないか。


「……つまり私も、今と同じ席を引けばいいというわけ」

「……?」


 ……ああ、そういうことか。こいつ、わたしと席が離れ離れになるのが嫌なんだな? 葵はわたしのほかに友達もいなさそうだし、きっとわたしに構ってほしいのだろう。なんだよ、意外と見た目通りに可愛いところもあるんじゃないか。どぉれ、少しからかってやろうかな。


「なあなあ葵~。もしかしてだがぁ、わたしと席離れちゃうのがぁ、いやなのか――」

「そう。私はアリスと席が離れるのが嫌。たとえ天地がひっくり返っても、私はアリスの隣の席をもぎ取る。どんな手段を用いても、私はアリスの隣に座る。そして万が一の事態になったなら、私は私からアリスの隣の席を奪った人物を殺す。そして私がその屍の上に座る」

「せめて死体は片付けろ!? ていうか、わたしの隣の席にそんな価値ないよ!!」

「いやある。私自身が座りたいのはもちろんだし、もしアリスの隣の席に男が座って、その男が可愛い可愛いロリコン童貞ホイホイのアリスに惚れでもしたらどうするの。アリスは優しいから、そんな男でも無下には出来ないはず。やがてラブコメへと発展してしまうかもしれない」

「な、なにいって――」

「――断固阻止」

「……」


 ……ダメだ、葵ワールドが炸裂しすぎて会話ができない。とにかく、この領域を抜け出すか中和するかしないと……。


「……わかったからとりあえず引いてきなよ。話はそれからだろ?」

「ん。それもそう。じゃあアリス、見ていて。私の勇姿を」

「……はいはいみてるみてる」


 葵は教卓の前まで行き、さっそく箱をガサゴソし始める。


「……っ。これっ!」


 そう言って素早くくじを引き抜くと、天に掲げた。大げさすぎる。


「……番号は、12!!」


 12、か。葵に言っていなかったが、たしかわたしの隣の席は18だったはず……。


「……」

「……?」


 葵が黒板の前で固まっている。一体どうしたのだろう。


「……」

「……」

「間違えた18」

「ウソつけ! お前今絶対ズルしただろっ!!」


 なんだよ今の間!? 不自然すぎる! 不正してる間だったじゃん!!


「心外。ほら見てちゃんと18って書いてある」

「おまえまさか魔法使ったのか!? 使ったのか!? あんなにさっき調律者がどうとか言ってたのに!!」

「魔法魔法って……アリスがなにを言っているかわからない。魔法なんて、そんなの使えるわけがないでしょ。ねえみんな」

「都合が悪い時だけ一般人ぶるんじゃねえ!!」


 かくして、葵はわたしの隣の席を死守したのだった。

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