第12話

「私?」


 葵が自分を指さして不思議そうにそう呟く。


「そうだよ! ただの変態な女子高生だと思っていたのに急にパパと戦い始めやがって……。びっくりしたぞ」

「うーん……じゃあ私のこと、一から説明するね」

「ああ、たのんだ」

「まず私は恭一君の幼馴染、人間で日本人。年は今年で37歳」

「うん」


 幼馴染で、しかもパパと同い年だったのか。


「17歳の時に恭一君と一緒にアリスが生まれ、育った世界に転移した。その時に肉体の成長や老化が止まったの。だから永遠のぴちぴちFJK。もちろん中身もね」


 ……17歳ならSJKだろ。いやそもそもSJKですらないけどな?


「……たしかに葵のその制服姿、違和感はないけどさ。当たり前のように高校に通い続けてるお前のメンタルに俺はドン引きだよ」

「アラフォーは黙ってて」

「「お前が言うな!!」」


 またハモった。やはり親子である。わたしは変態じゃないけど。


「ともあれそれで私たちは異世界に転移した。最初の方は私と、なぜか転移時に魔族に堕天した恭一君とで、転移した時にこれまた何故か得た【七大権能(ななだいけんのう)〈核喰らい(かくぐらい)〉】を駆使して冒険者として楽しく異世界ライフを送っていたんだけど」

「堕天言うなし。好きで魔族になったんじゃないし。ちな俺の【七大権能】は〈魔剣錬成(まけんれんせい)〉って言うんだぜ。どうだありすにゃん、カッコいいだろう」

「へえ、カッコいい」

「へへへぇ、そうだろ!」


【七大権能】とは世界に七種類しか存在せず、かつ同時期に同じ権能を持つものは一人と現れない、魔法とは別種の異能のことだ。詳細は不明だが、勇者もその身に宿していたとされる力である。七つどれもが規格外の権能なのだが、発現方法やどうしてその権能が七つしかないのかなど、一切が謎に包まれているらしい。


 葵がそんなすごい異能の一つを持っているだなんて驚きだが、あのパパと互角の戦いをしていた点を考慮するとまあ持っていて妥当なのかもしれない。

 それとこれは余談だが、パパがその【七大権能】を有していることは知ってる。というか、かの世界の住人ならみんな知ってる。勇者の冒険譚にも載っているし、パパの二つ名『魔剣使い』だし。


「そんなこんなで数年が経ったある日のこと。突然、恭一君が私のロリーナを寝取ったの」

「ダウトォォ!!」


 パパが叫ぶ。


「それで恭一君からロリーナを取り戻すため、私は勇者になった」

「ダウトぉぉぉぉ!!!!」


 今度はわたしが叫んだ。


「こいつ嘘しか吐かないぜありすにゃん!! いっそウソ発見器でも持ってきた方がいいんじゃないか!?」

「こいつ嘘しか吐かないよパパ!! どうにかしてウソ発見器を手に入れないと!!」

「そこからは史実通りかな。アリスも知っているでしょ?」

「知らないよ! そんなくだらない理由で勇者になったアホなんてわたしは知らない!!」

「……なんでそこだけ頑なに信じてくれないの。最初から私は勇者だって言っていたのに。恭一君からも何か言ってやって」

「ありすにゃんはありすにゃんの信じたいものだけを信じればいいと思うぞ!!」

「そうだよねパパ!!」

「……」

「勇者が葵みたいな変態畜生だなんて、誰が信じるかっ!! 嘘を吐くのも大概にしろよ!」

「そうだそうだ! もっといってやれありすにゃん!!」

「嘘つき! 虚言癖! ペテン師! へんたいっ!!」

「せーのっ!!」

「「へーんたい!! へーんたい!! へーんたい!!」」

「……何この親子息ぴったりじゃん」


 葵は変態コールをするわたしたちをジト目で見つめると、やがてはあ、とため息を吐き、


「じゃあもういいよ、信じてくれなくても。私はただの異世界に転移したことのある人間。そこで魔法やら異能やらを得ることができた、ただの人間。自力で異世界から日本に帰還することができたただの普通の人間で」

「なんだよ。そうならそうと最初から言えばよかったのに」

「…………そうだね」


 なんかめっちゃ不服そう。でもまあ謎は解けた。葵の正体は異世界に転移したことのある、ただの人間だったのだ。


「それで、恭一君はこれからどうするの?」

「ん? 普通にありすにゃんを連れて魔導王国タナカに帰るぞ」

「んぇ!? わたし帰らないぞ!!」

「いやそうは言っても日本で一人暮らしはなぁ。俺もこっちに住めればいいんだけど国のこともあるし。今度からは外出も自由に許可するからそれで勘弁してくれない?」


 いやいや無理無理絶対無理!! わたしはここ日本を気に入ってしまったし、なによりやっと学校生活がスタートしたのだ。わたしの憧れの勇者が通っていたあの学校での生活がだ!! 今帰るなんて絶対いやだ!!


「そうじゃなくて。恭一君はどうやってあっちの世界に帰るつもりなのかなって思って」

「……どうやってって。そりゃお前、来た時と同じでゲート使うに決まって――ってうわああああ!! ゲートないじゃん!!」


 瞬間、パパが慌てたように叫んだ。


「あの魔道具まさかの一方通行!? あっちで使ったらこっちでもあのゲート作って使わなきゃなんないの!? ざけんな欠陥すぎんだろ!! 誰だあんなポンコツ作った奴は!?」

「パパでしょ」「恭一君だよ」

「俺かぁあああああ!!!!」


 そっか、またあっちの世界に帰るには、日本でもあのゲートを完成させなきゃいけないのか。ゲートを開けっ放しに出来ればその限りじゃないんだろうけど、パパが言うには魔力の最適化までは行ってないらしいし、それも難しいだろう。ってことは?


「おい葵!! お前が日本に帰った時に使ってたあの魔法は!?」

「あれは一回きりの術式を用いていたもの。いまやあの世界にもましてはこの世界にも存在しないよ」

「ええ~じゃあ俺どうすればいいの~!? 日本であのゲート作り直すしかないの~!? 日本であれ再現するとなると、材料集めにめっちゃ時間かかりそうなんだけど~!?」

「だったらもういっそ、日本で暮らせばいい。アリスとこの家で」

「それは嫌」

「ありすにゃん!?」

「暮らすのなら、自分で家を探してよ。パパだって大人でしょ」

「ありすにゃん!?!?」

「とにかく、パパと一緒に暮らすのは嫌」

「ぅ、うぇぇええええええん!! ありすにゃ~~ん!!!!」


 途端にわたしに泣きついてくるパパ。やはり芋虫状態だから床をはいずりまわっているだけにしか見えないが。

 せっかく手に入れた誰にも縛られることのない自由なのだ。手放してなるものか。


「そう言う葵の家に住めばいいじゃん。ほら、ここの隣の家の」

「アリス、か弱く可憐なうら若い乙女であるこの私に、夜の魔王と一緒に暮らせっていうの? そんなの、秒で襲われるに決まってる」

「夜の魔王なんて名乗った覚えはねえし襲わねえよ!! 俺はロリーナ一筋なんだから!!」

「そんなことを言うけれど。お金が足りなくて宿屋の部屋が同じだった冒険者時代。恭一君、あろうことか私の――ぅむぐ」

「すとおおおおおっぷ!! そこまで!! そこまでだぁ!!」


 パパが何かの魔法で鎖を破り、咄嗟に葵の口をふさぐ。

 なんかめっちゃ冷や汗かいてるし。いままでされるがままだった鎖をいきなり破るし。一体どうしたんだろう。


「わかったわかったからっ!! 俺は俺で勝手に暮らすから!! それでいいだろっ!!」

「う、うん。でもとりあえず、今日だけなら泊ってもいいよ?」

「恭一君が私の脱いだ――」

「わ、わかったから、黙れな葵!!」

「……ぅうぅー」


 パパは葵の口を両手で覆い、その葵はなにやらうーう―言っている。

 やっぱりめっちゃ必死だ。なにかばらされたくないことでもあるんだろうか。あとで葵に訊いてみようかな。

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