第二十七話 代償

 出来るだけ人目に付かない路地裏を物凄い速度で走り抜ける。

 傷だらけでノーヘル、それについさっき警察に追われていたその直後であった為、まだ探されている可能性があった。

 そんな中、こんなに目立つ格好で大通りを走る事は出来ない。


「もうアイツらに追い回されるのはごめんだからな」


 流石に懲りたのか、少し疲れを見せた表情であったが、狭い路地裏を正確にコントロールし、走り抜けていくその技術が、多少乗っていなくても衰える事の無い、ドライビングテクニックを物語っている。


「にしても、ヘルメット忘れるとかどんだけバカなんだよ……」


 この面倒事を引き起こした"自分のいい加減さ"が、頭の中を駆け巡る。

 真っ当になると決めたヤツが当たり前のようにヘルメットを忘れているその状況に、思い出すと呆れて笑うしか無くなっていた。

 そんな事を考えていると、急にズキズキと突き刺すような痛みが左足に襲いかかる。


「クッソ、今になって痛んできたな……」


 穏やかにバイクを走らせ、気持ちが落ち着いてくると、無謀な挑戦をし、溢れんばかりに出ていたアドレナリンが切れ、その深刻なダメージを痛みが嫌という程伝えてきた。


「着地した時にどっかでぶつけたか?折れてなければ良いけどな……」


 段々と激しくなるその痛みに、流石の西条でも顔をしかめる。


「この時間から病院に行く訳にも行かねぇし、明日学校でなんて誤魔化そうか……」


 優しいクラスメイト達は、足の負傷を見れば必ず気にかけてくれるのだろうが、自分を偽る彼にとって過去の一部分を知られる事すら恐れていた。

 なんせ、気のいいお調子者として振る舞うには、ある程度"普通"である事は最低条件であった。

 その限度を超えてしまえば、再びあの学園で馴染むことは出来ないであろう。

 そんな事を考えながら、傷んだ足を庇いつつ、バイクを走らせる。

 数分後にアパートにつき、ゆっくりとバイクを停める。

 エンジンを切ると先程まで轟いていた鼓動が鳴り止み再び夜の静寂が訪れる。

 そのままバイクから降り、ゆっくりと地に足を着けた瞬間、激しい痛みが走った。


「っ……クソ、痛ぇな……」


 激痛に耐えながらも、左足を引き摺るようにバイクから降りる。

 そんな痛みが、無茶をした、と実感させる。

 無謀なジャンプ、着地時の衝撃。

 アドレナリンで誤魔化せていたものが、冷静になった途端、一気に現実味を帯びている。


 鍵をポケットに押し込み、傷んだ足を庇いながら歩き出す。

 古びたアパートの階段を上るたび、鈍い痛みが響いた。

 古びた扉の鍵を開けると、視界にはいつも通りの汚い部屋が広がる。

 帰る度に孤独を再確認させる"ここ"は、やけに冷たい静けさが空間を支配していた。

 そんな空気が作り出す、淀んだ気持ちを晴らす為の外出が、また新たな問題を作り出し運んでくる。


 (ったく、どこまでバカなんだよ)


 そう心の中で呟きながら。自嘲気味に笑うと、バタンとドアを閉める。

 外気が止まり、部屋内の空気の動きが停滞すると、彼の心内の孤独感を更に増長させた。


「……ただいま」


 誰に向けた言葉でもない。

 そんな事は自分でも理解しきっている。

 そんな気持ちを誤魔化す様に、乱雑にジャケットを脱ぎ捨てると、そのままベットに飛び込む。

 凄まじい疲労感を感じると同時に、常に激しくなり襲いかかる。

 そんな痛みを誤魔化すかの様に姿勢を変え続けるが、いつまでも定着せず、結局は諦め、ひたすら痛みに耐える事を選んだ。


「まぁ、単車が壊れてなかっただけマシだな」


 そう自分に言い聞かせると、諦めて睡眠へと入る。

 偶に足が何処かにぶつかる度に、痛みで目を覚ますような寝苦しい夜であったが、凄まじい疲労感の所為か、いつの間にか意識は深い闇へと沈み込んでいた。


 眩しい日差しが、彼の意識を呼び起こす。

 疲れ果てて眠った昨日、雨戸を閉めることすら忘れていたため、日差しによって強制的に叩き起され、少し苛立ちを覚えた。

 そんな憤りをぶつけようと、雨戸を締めに飛び起きると、叫び声をあげた。


「いってぇぇぇ!!」


 寝ぼけた頭の中は、太陽光に対する嫌悪感とストレスに支配されており、昨日の負傷の事など頭から抜け落ちていた。

 そんな軽薄な行動の代償がすぐさま降りかかった。


「……眠気も覚めたし風呂でも入るか」


 激しい痛みにより、完全に目を覚ますと、もう眠る気持ちにもならず、風呂場へと直行する。

 年季は入っているが、しっかりとトイレと浴室が別になっているのは、このアパートの大家の拘りであろうか。

 こんなボロアパートにも、感謝するべき点があったのだ。

 痛む足を引き摺りながらも入浴すると、左足首の辺りが青紫色に変色し、腫れていることが確認できた。


「やっべぇな、これまともに学校行けるか?」


 自分の足の状況にドン引きしつつも、余裕そうな態度をとるが、傷口を視界に入れると更に痛みを感じる事があるように、彼もまた浴室内で一人、悶絶する事となるであろう。


 風呂から出てすぐ、身体を拭き激痛が走る足に包帯を2、3重にキツく巻き付けると、軽く歩ける事を確認し、制服へと着替え始めた。


「まぁ、これで普通に歩けんだろ。ただ、まぁ今日は早めに家出るか」


 彼がそこまでして学校に行く理由は、心配されたくない、という、昔からの性格に加え、下手に休み、怪我の理由を詮索されボロが出る事を恐れていたからであった。


 痛む足を庇いながらも「とりあえず行くか」と玄関を明け歩き出した彼の足取りは、少しぎこちないところがあった。


 少し歩き、大通りに出ると、後ろから聞こえてくる集団の笑い声の中に、何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 笑い声がピタリと止むと、その"声"の矛先がこちらに向けられた。


「あ!誰かと思えば、調子に乗った転校生じゃん!」


 その声の主は朝比奈凛だった。

 どこか申し訳なさそうな表情を浮かべる周囲の制止を振り切り、更に言葉を続ける。


「そういえばぁ、この前『俺が勝ったら謝れ』とか言ってたけどさぁ」


「私だけペナルティがあるの不公平だよねぇ」


 前回と同様、挑発するような声で話す彼女であったが、言っている事に間違えは無かった。


「まぁ確かにそうだな。じゃあ俺のペナルティも考えてくれよ」


 余裕そうに応じる西条の顔を見て、ニヤッと笑うと、悪意の籠った声で続ける


「じゃあさ、もしキミが負けたら」


 ――退学してもらうね!

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