19 残りの3人

『それで? たっくんは他に誰が好きなのかな?』


 香月さんが聞いてくるが、声の圧が凄い。

 まるで本当は他の人など必要としていないかのようだ。


『伊緒奈ちゃん、怖いよ? もっと優しく聞いてあげないと……! たっくん。他に好きな声優さんとか女優さんとかいるんですか?』


 矢張さんが優しく聞き直してくれるが、やはり俺は声優さんや女優さんが好きだと思われているらしい。まぁ、それは事実といえば事実なんだが……。


『そうですね……まず最初に挙げるとしたら、うーん誰だろうな。他に俺の年齢に近い結婚してない声優さんとかいましたっけ?』


 俺がぱっと思いつかず悩んでいると、『そりゃたくさんいるでしょ!』と香月さんがツッコミを入れる。


『うーん、あ……今思いついたのは持田もちだ沙里衣さりいさんとかですかね?』

『持田さんかー。レヴォルディオンでは何かキャラのCVを頼みたかったとか? 宇野女シアとか?』


 香月さんが推測するが、それは間違っている。


『いえ、シアは傘入かさいり月子つきこさんに頼む予定でしたから……』

『おぉー! 傘入さんの間の抜けた演技の声って、たしかにシアにぴったりかも!』

『でしょう?』

『うんうん!』


 レヴォルディオンの内容を知っている香月さんが、興奮気味に納得してくれる。

 香月さんは傘入さんとも共演経験は多いし、どんな演技ができるかも分かっているんだろう。


『でも、傘入さんはもうご結婚されてるから、さすがに略奪愛とかじゃないよね?』

『それはそうですよ。さすがに略奪愛に興味はないです』

『うんうん、それでいいと思うよたっくん』


 香月さんは俺がノーマルなことに安心しているようだ。


『持田さんなら私、ある作品で共演してるので呼べると思いますけど……』


 とりつひーが持田さんとの連絡を取ってくれるらしい。


 俺が『じゃあ、りつひーにお願いしようかな?』と声を上げた直後、熊総理が『勝手に増やされても困るよ小日向くん』と横から発言した。


『え? そうなんですか?』

『あぁ、護衛のこともあるだろう? そちらだけで勝手に決められてもこちらが困る。君のパートナーとなる8人の残りの3人には、きっちり会議を通して決めさせてくれ。身体検査の必要性もあるからね』

『身体検査ですか?』


 熊総理の発言にりつひーが疑問を口にして続ける。


『私達はそういうの受けてないように思いますけど……』

『それはね、実は私の方でやらせてもらっていたんだ。今のところ5人の中に外国のスパイとかが混じってはいないと報告を受けている』


 熊総理は淡々とそう語る。

 へー。みんなの身体検査なんてやってたんだ。


『そうですか、じゃあ残りの3人は会議で正式に決めるんですね?』


 矢張さんが確認する。


『あぁ、そうして貰えると助かる。無論、小日向くんの好みや直感を否定して、僕らの好きな人を押し込もうなんて意思はないから安心してくれたまえ』

『そうですか、安心しました』


 さすがに俺の意思を汲んでくれるらしいのは、正直言ってありがたい話だ。


『それで? 後の二人は?』


 香月さんが詰め寄るように聞く。


『後の二人は……心に決めた人がいますね』


 俺がそう答えると、香月さんが『だれだれー?』と興味津々だ。


『ずばりマリエ副会長の声を頼もうと思ってたMioさんと、ギアスコードのT2です!!』


 俺が惜しげもなく残りの二人を一気に発表すると、場にはなんだか白けた空気が流れた。


『Mioちゃんは分かるし、知ってるし、マリエ副会長には確かにぴったりだなって思うけど、ギアスコードのT2ってのは誰なの? キャラ名だよね?』


 香月さんが素直な疑問を呈すると、ギアスコードを知っているりつひーが説明を始める。


『T2っていうのは、ギアスコードのメインヒロインですよ。主人公に絶対命令権限を授けた張本人で不老不死の少女です。演ってたのは、下野しもの結菜ゆなさんですね』

『え? じゃあ下野さんってこと?』


 香月さんがぽかんと疑問を一つ。

 そこへ俺が即座に『いやいやいやいや』と否定を入れる。


『T2はT2ですってばっ! 下野さんってことじゃないです』

『だってキャラじゃん!』


 香月さんが激しく突っ込みを入れる。


『それはそうですけど、俺の恋の相手と言ったらT2なんですもん。仕方ないじゃないですか』

『たっくんはT2さんが大好きなキャラだってことなんです? まぁたっくんオタクだし、キャラが好きなんだっていうのも分からなくもないですけど……』


 いままで黙っていた矢那尾さんが納得するように言う。


『とにかく! 俺が8人選べって言われたら、T2は絶対に譲れないです。T2はいるんです! たぶん……』

『なにそれ……まぁいっか、おっけーじゃあ最後の一人はキャラねキャラ!』


 香月さんが匙を投げると、矢張さんが『じゃあ、これで8人揃いましたね!』と楽しそうに言った。


『というわけだから、熊総理! 持田沙里衣さんと、Mioちゃんと、あとT2ってキャラだそうです! 会議? とやらの手配よろしくお願いします』


 香月さんが熊総理に頼むと、熊総理が『分かった……取り敢えず持田さんとMioちゃんの方は手配しよう。キャラはさすがに現実には存在しないからね、僕にはどうしようもない』と返事をしてくれた。


 そして僅か3日後の2017年11月30日木曜日。

 俺の残りのパートナー決定会議が開かれた。

 俺はというと、この日も10時過ぎまで寝ていて、香月さんの『たっくん! 起きなさい!』という一喝によって起こされた形だった。


 寝ぼけ眼をこすりながらいつものように朝食を用意していると、本題となった。

 ずばり、俺が他の5人と同じように持田さんやMioさんと話せるかどうかだ。

 会議に参加しているという亜翠さんが俺に『じゃあ、たっくんまずは持田さんにテレパシー飛ばせるかやってみて』と指示してきたので、俺は集中して持田さんをイメージする。


『俺にとっての持田さん……』


 浮かんできたイメージはスマホ向けRPGの盾持ちキャラクターだった。だがイメージは間違いなくカラーで、紺と紫の色が鮮烈に浮かび上がる。


『持田さん。聞こえますか?』

『え? 誰ですか!?』


 間違いなく持田さんの声が聞こえる。だが盾持ちキャラクターと違って張りのあまりない声だった。


『俺、小日向拓也と言います』

『こひなたさん……? えっとごめんなさい。私、具合が良くないのかな……』


 持田さんは混乱しているようだった。


『持田さん、亜翠みずきです。おはようございます』

『あ、どうも、えと亜翠さん? 本物ですか?』

『はい。いまちょうど防衛省の別室にいるんですが……たっくんの声が聞こえたということですから、同意書にサインさえして頂ければ、こちらへと案内されるかと思います』

『同意書? サイン? 防衛省でのキャンペーンのお仕事って聞いてたんですけど……』

『それについては、ダミー情報なので忘れてください』

『はい……?』


 亜翠さんが説明するが未だに納得はできていないらしい持田さんを置いておいて、『次はMioさんに話しかけて、持田さんとはまた別室で待機してるから』と亜翠さんが指示してきた。


『分かりました、じゃあ持田さんまたあとで』

『はい……?』


 俺は持田さんの不思議そうな返事を聞いて念話を切ると、すぐにMioさんをイメージした。

 ぼんやりと浮かんでくるのは、最近みたばかりのSFアニメに出てくる外交官ヒロインだった。最初色がないかと思われたが、すぐに紫色の髪色と黒いスーツが鮮明に色を発した。


『Mioさん……聞こえますか?』

『……聞こえます』

『俺、小日向拓也っていいます、よろしくお願いします』

『え!? よ、よろしくお願いします。え、これスピーカーから音出てます?』


 とMioさんはどこかから本当に音を聞いていると錯覚しているかのようだ。

 そこへ先ほどと同様に、亜翠さんが念話に加わる。


『Mioさん、おはようございます。声優の亜翠みずきです』

『あ、えと……おはようございます』

『さきほど小日向拓也くんの声聞こえましたよね?』

『あ、はい。どこからか分からないですけど……』

『うん、私いま防衛省の別室にいるんですが、これから職員の持ってくる同意書にサインさえして頂ければ、こちらへ案内されるかと思います。そしたら事情を説明しますね』

『はい……え? なにか特別なやつとかですか?』

『はい。国の重要機密に関わるお仕事? です』


 亜翠さんが説明し、Mioさんもどうやらテレパシーが聞こえたので、あとは同意書? とやらにサインすればOKなようだった。

 俺はこんな簡単でいいのかな? と内心少しだけ思ったが、幻聴の可能性を思い出し、まぁ妄想ならこんなものか……と自分を納得させた。

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