10 世界の指導者の色

 パルヴァンさんと連絡を取ってから、俺は亜翠さん達と話をして過ごしていた。

 話題は世界の指導者の中で、誰のイメージがカラーなのかだった。


『それじゃあ、中国の胡金平こきんぺい国家主席は灰色なんだ?』


 亜翠さんが唸るように聞く。


『はい。それにロシアのマクシム・スミルノフ大統領も灰色です』

『えぇ……それじゃ共産圏の二台巨塔両方にテレパシー通じないってこと!?』


 俺が答えると、香月さんが声を荒げる。

 そんな言葉を聞きながら、俺は汲んできたコーヒーを一口啜る。


『ユーラシア大陸の共産圏主要国が無理なら、ヨーロッパの方はどうなの?』


 矢張さんが冷静にヨーロッパの指導者はどうかを聞いてくる。


『はい……一つ分かっているのはドイツのアデリーナ・シュナイダー首相はカラーだと言うことです』

『アデリーナ首相がカラーなら、話してみたら良いじゃないですか』


 りつひーが提案し、矢那尾さんが『私もそう思います! シュナイダー首相ならきっと分かってくれますよ!』と良い結果を予測する。


『じゃあシュナイダー首相に話しかけてみますね』


 そう言った直後だった。


『小日向くん。お母さんをパスタ屋さんで捕まえることに成功したよ』


 熊総理がそんな一言を突然念話してきた。


『え……? 本当ですか?』

『あぁ……いま事情を説明し終わったところだ。本当ならば自衛隊の者と一緒にお宅へ向かいたかったんだがね。3km圏内には記憶を操作するからくりがなにかある。もしお母さんまで記憶喪失の適用範囲内だった場合、我々は不味い立場に追い詰められる』

『なるほど……例えば母の車に突然謎の人物が同乗してたってことになったりするわけですね』

『うむ、話が早くて助かる。そうなってしまう可能性がある。だから我々は別々の車でお母さんの後をついて行くことにした』


 熊総理が母との状況を説明し、俺は『分かりました。それで俺と連絡が取れることを祈ります』とだけ答えた。

 半信半疑を通り越して、恐らくはただの統合失調症の幻聴だと思っていた俺だったが、しかし、他の世界で実際に起きている出来事かもしれない可能性が頭をよぎり、邪険に扱うことはできなかった。


『ごめんごめん、シュナイダー首相だったよね、話しかけてみる』

『うん。たっくん、お母さんの記憶残ってると良いね』


 シュナイダー首相に話しかける直前、熊総理との話を聞いていたらしい亜翠さんが俺を気遣ってかそう言った。


『シュナイダー首相……聞こえますか?』

『……? ……!?』


 なにやらドイツ語で言っているようだったが、俺には全く理解できない。

 そこでは俺は再び、現実で「日本語でおk」と言ってみた。

 するとどうだろうか。シュナイダー首相の声が日本語で聞こえ始める。


『誰? どうなっているの!?』

『初めまして、日本人の小日向拓也といいます』

『コヒナタ……? 日本人……? 待って頂戴、いま警備の者を呼ぶわ……!」

『待ってくださいシュナイダー首相。これはテレパシーです。警備の人を呼んでチェックしてもらっても俺は構いませんが、悪い状況に陥るのはシュナイダー首相だと思いますよ』

『テレパシーですって……? そんな馬鹿なことがあるわけないでしょう!』


 そう言ってシュナイダー首相は警備の人を部屋に呼び込み、調査してもらっているようだった。その様子に声優陣たちもシュナイダー首相との念話に参加する。


『驚かせてしまってすみません。でも事実なんですシュナイダー首相。私、日本で声優をやっている亜翠みずきと申します』

『みずき・亜翠……? 本当なの!?』

『はい。なんならMizuki Asuiで検索して貰えれば分かるかと思います』

『Mizuki Asuiね……分かった……試してみましょう。けれどもしそんな人が出てこなかったら、私は幻聴を経験しているか、あるいは私の家にあなた達がマイクやスピーカーを仕掛けているかよ!』


 シュナイダー首相がそう警戒を顕にし、俺達は検索結果が出るのを待った。


『確かに……アスイさん貴方は実在するようね……驚きだわ……私貴方のことなんて一度も知らないわ。女優さんなのね』

『はい。もし私の声がいま聞こえていたら、検索結果から動画を見てみてください。きっと私の出演しているアニメが出てくると思います』

『動画を……あぁあなたの声と同じかどうかを確かめろってわけね?』

『はい。お手数おかけします』


 そうして数分待つと、シュナイダー首相は亜翠さんの出演しているアニメの動画を見つけたようだった。


『えぇ……確かにアスイさん、貴方の声だわ……。どういうこと!? さっきはコヒナタとかって日本人だったけれど、貴方とも私はテレパシーが出来るようになったってこと!?』

『ええっと、私とテレパシーを確かにしてますけど、それを媒介しているのはさっきの小日向拓也くんなんです。わたしたちは愛称で、たっくんって呼んでます』

『おぉ……神よ。なんということでしょう……』


 シュナイダー首相は未だに混乱した様子だった。

 そこで俺は熊総理と繋げてみることにした。

 なんとか説得出来ないかと思ったのだ。


『熊総理……今大丈夫ですか?』

『あぁ……問題はないが、どうしたのかね?』

『実は、ドイツのシュナイダー首相とも念話をしてるんですけど、熊総理に加わって貰えないかって』

『そういうことか。分かった繋げて貰って構わないよ』


 そうして熊総理もシュナイダー首相との念話に加わった。


『お久しぶりです。シュナイダー首相、熊新造です』

『この声は……確かに熊総理ね?』

『はい……実はこのテレパシーの会話は本当のことなんです。我が国でも混乱しつつ状況を見極めている段階なのですが、どうやら世界の危機に関連した重大な事象のようでして……』


 熊総理が総説明すると、『では貴方に直接いま電話をかけて頂いても?』とシュナイダー首相が切り出した。


『そちらの方が手っ取り早いか……。はい。構いませんよ。緊急の電話会談と言うことで』


 熊総理がそう答え、暫くして熊総理からシュナイダー首相へと電話がかけられた。

 俺はコーヒーを飲みながら固唾をのんで状況を見守るしかなかった。

 そんな時、玄関のドアが開く音が聞こえた。


「ただいま」


 母の声が聞こえ、俺は急いで玄関へと向かう。


「母さん、お帰り。遅かったね?」

「まぁね、少し島岡さんとの話に花が咲いちゃってね」

「そっか、それだけ?」

「うん。あぁ、コンビニで少し買い物してきたから良かったら食べて」


 そう言って母はアイスの入ったビニール袋を俺へと渡してくる。

 母の背後を見るが、自衛隊の人は見当たらない。

 やはり……。


 俺はビニール袋からアイスを一つ取り出すと、自室へと向かった。


『小日向くん。シュナイダー首相との電話は無事繋がったよ。いま通訳を通して、状況を説明しているところだ』

『へぇ……そうなんですね、良かったです』


 俺はまだ熊総理に母が帰ってきたことを教えないことにした。

 シュナイダー首相との電話が終わった後で、やはり統合失調症か別の世界での出来事であると主張するつもりだった。


 30分ほどして熊総理とシュナイダー首相との電話は終わったという。

 時折、念話での会話を織り交ぜながらだったが、どうやら上手く行ったらしい。


『コヒナタくん。貴方の寒冷化理論について、私達も協議することをお約束します』


 平静を取り戻していたシュナイダー首相がそう約束し、俺は『はい。よろしくお願いします』と簡潔に答え、持ってきていたアイスを一口食べる。


 そんなやり取りを横で聞いていたからか、『凄いですね……小日向さん。どんどん世界を巻き込んでる』とりつひーが感想を漏らす。


『まぁ、もう日本では国を巻き込んだ騒動に発展してるし、世界を巻き込むのも当然かも!』


 香月さんが何故か誇らしげにそう言い、亜翠さんも『そうだね』と賛成する。


『やっぱりたっくんの念話は特別な力なんだよ。世界を救えるかもしれない! みんなもそう思うよね?!』


 香月さんが俺をヨイショするように再びそう言うと、今まで俺が救世主であることには冷静で否定的だったりつひーが『そうかもしれません』とぽつりと言った。


『そうだねぇ』とおっとりと矢張さん。

『私もそう思います』と矢那尾さんまでも同調し、最後に亜翠さんが真面目な調子で『たっくん、あなたには、世界を救う力があるのかもしれない』と言ってまとめた。


 母がまたしても普通に家に帰ってきただけで、なにも連絡が取れないことから、これが幻聴であるという可能性を頭の中に残しつつも、声優さん達による『あなたには、世界を救う力があるかもしれない』という言葉がぐるぐると脳内を回っていたが、食べているアイスがその加熱した脳を冷やすかのようだった。

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