聖女と悪魔の証明を

拝詩ルルー

第1話 聖女ノーラ

「聖女ノーラ、いや、偽聖女ノーラ! 貴様との婚約を破棄する!!」


 王太子のフランツ殿下が、私を指差して堂々と告げた。



 今夜は王宮でパーティーが開催されていた。


 いつもは私は聖女の仕事が忙しすぎて、この手のパーティーには欠席していたけれど、なぜか今回だけは「必ず出席せよ」と王宮から迎えの馬車が神殿までやって来ていた。


 そして、一日中働き通しでくったりとした聖女服からドレスに着替えるいとまも与えられず、半分拉致されるのように、私はこの場に引っ張り出された。



 フランツ殿下は色鮮やかな金髪に、冴えるような青い瞳をした美男子だ。

 通った鼻筋に、形の良い唇をしていて、整いまくった美貌だ。背もすらりと高く、細身で均整が取れている——貴族子女にとって、まさに憧れの王子様だ。


 彼の隣には、公爵令嬢のリーゼロッテが、涙目でしなだれかかっていた。その瞳の色は、虹色に見える。


 彼女は、毛先まで綺麗に手入れされた輝くような金髪に、ビロードのように美しい肌をしている。目鼻立ちがハッキリした華やかな美人だ。

 何よりも、出るところが出ていて、引き締まるところが引き締まってる。今も、フランツ殿下の腕にまとわりついて、豊かな胸を押し付けていた。


「……しかし、殿下……」

「貴様に発言を許した覚えはないぞ!!」

「…………!」


 私の反論の言葉は喉まで上がってきていたけれど、表に出すことはなかった。


 フランツ殿下に遮られたこともそうだけど、公爵令嬢リーゼロッテ——いや、悪魔リーゼロッテとの契約があるからだ。



***



 聖シルトバーグ王国は、建国当初より女神リヒターナを崇める国だ。

 女神リヒターナの祝福を受けた聖女の助けを借りて、建国されたからだ。


 聖女は、先代の聖女が亡くなると、聖シルトバーグ王国の国民の中から新たに生まれる。

 その瞳は、女神リヒターナと同じとされる虹色だ。


 生まれた聖女は女神教会に引き取られ、聖女としての教育を受ける。

 そして、この国に悪魔や魔物が入り込まないように結界を張り、人々の傷や病気を癒やし、呪いや瘴気を浄化し、無私と慈愛の心でこの国を支えるのだ。


 聖女は年頃になると、王族の元へ嫁ぐ決まりだ。


——もちろん、当代聖女の私も五歳の時に、三つ年上のフランツ殿下との婚約が決まった。



 フランツ殿下は初めて会った時から、私に対して横暴だった。


 どうやら、私が孤児だったことが関係しているらしい。


 いつも「なぜ高貴な私が、どこぞの馬の骨とも分からぬ孤児と結婚せねばならぬのだ」と愚痴をこぼしていた。



 それに、私は幼い頃から聖女のお勤めとして、聖シルトバーグ王国のあちこちに派遣されていた。


 辺境の地では結界を張り、水害や旱魃、流行病などの災害が起これば、すぐさま癒し手として被災地に派遣された。


 王都に戻って来ても、貴族相手の治療が待っている。

 貴族達は、些細な体調不良だけでなく、誰かが仕組んだ毒を服用したとのことで、日夜関係なく聖女を屋敷に呼び立てた。


 女神教会の上層部は、聖女が出動する度に、高額なお布施が教会に舞い込んでくるからか、私の都合なんて関係なく送り出す——寝ていても叩き起こしてくるし、私が体調不良を訴えても、「聖女様は無私と慈愛の心で国民に尽くすものです。それだけのお布施もいただいてます」と説いて、無理やり私を働かせた。


 そして何よりも厄介なのが、年がら年中あるイベントごとだ。

 女神教会内のイベントだけでなく、被災地を訪れた際の各地の領主や貴族、有力者との挨拶やパーティー、教会支部への慰問などもこなさなければならない。


——とにかく、日々仕事に忙殺されていたのだ。碌に婚約者のフランツ殿下と交流を持つ機会は無かった。むしろ、そんな暇があるなら寝ていたかった。


 そして、フランツ殿下と会うことがあれば、毎回憎まれ口を叩かれた。——「褒め言葉の一つもないのか。マナーがなっていない」「碌に面白い会話もできぬのか。つまらない女だ」「なぜこんな下賤で地味な女を妻にしなければならないのか」「貧相な女だ」「聖女でなければただの孤児」などなど……


 女神教会の教育係は特に厳しかったし、私が殿下に口答えをしようものなら、「慈愛の心が足りない、聖女らしくない」と後で酷く説教された。


 私が口答えできないことをいいことに、そのうち殿下は、堂々と他の貴族女性を取っ替え引っ替え連れ歩くようになった。


 殿下の噂をいろいろと耳にすることもあるけれど、私はただただ日々の仕事に忙殺されて、殿下の女遊びに苦言を呈する暇も無かった。


 私達の間には、かけらも信頼関係は無かった。



 最悪なことに、女神教会は、体面だけは異様に気にしていた。


 聖女をこき使っている事実を隠したいのか、マナーや服装については異常に注意された。

 常に無私と慈愛と微笑みが強要され、少しでも私が「疲れた」とこぼせば、ほんの微かにでも辛い表情をすれば、女神教会の教育係から口うるさく叱られた。


 私がやつれないよう、そして醜く太らないよう、徹底的に食事の管理がされた。

 お菓子なんてほとんど口にしたことは無いし、美味しそうな料理が並ぶパーティーに出席したとしても、社交をこなさなきゃだから食べる暇はほとんど無いし、教育係が徹底的に目を光らせていたから、好きに食べることも難しかった。


 服装については、女神教会が全て用意してくれた。聖女として相応しく、見劣りしないものを。

 一応、世話係も付けてくれて、最低限の手入れもしてくれた。


——だからか、私は常に疲れてはいても、歳の割に成長が遅くて細くても、そんなに見窄らしくは見えなかった。そのためか、余計に「まだ働けるだろう」と見做されて、仕事を詰め込まれることも多かった。


 私が何かしら反論をすれば、教会の上層部や教育係から「聖女たるもの——」と渾々と説教され、叱られた。


 まだ私が貴族の生まれとかで、しっかりした後ろ盾があれば良かったのかもしれないけれど、孤児の私にそんなものは無かったから、教会上層部のやりたい放題だった。



——とにかく、人生、生きてるだけでヘトヘトだった。


 分刻みのスケジュールに、休みの無い、終わりの見えない毎日のお勤めで、心身ともにクタクタだった。



 そんな時に出会ったのが、リーゼロッテだった。



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