まさかの女
1-5-1
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4月の頭。庭にそびえ立つ大きな桜は薄ピンクに色付き、小さな花びらが風が吹く度に散って緑が敷きつめる地面を彩る。
和と洋を中和するような家の造りはお袋の趣味。
性格から考えると真っ赤とかド派手が似合いそうではあるが、黒を基調とした内装は俺と同じでセンスが良いらしい。
季節物の植物を見ると春とか秋とかって良いなと思ったりする。
珍しくやる気のある翔は、今日は俺の部屋で入り浸りその時を待っていた。
それは親父とお袋から通達されていた披露目というのが今日行われるからだ。てっきり霧島組の本家でやると思っていたが、どうやらこっちの九条家で行うらしい。
元々極道の娘としてではなく普通に育てる気だったと聞いていた俺達だったが、凪の妹が高校生になるのをキッカケに同盟組んでる俺達にもそろそろ……という事らしい。
ひた隠しにしていた凪だから、それはそれは反対されたと、親父伝えで凪の父親である玲さんが言っていたらしい。
妹の名前すら明かしたくない様子だったのに俺らの前に紹介するなんて、凪からしたら言語道断だっただろう。
まあ普段感情出さない奴が狼狽えてる様子を見るのも中々面白そうだと思うし、折角だからその面拝んでやるか。
そして俺の隣には女好き代表の兄貴も居る。兄貴は凪の反応もそうだが妹にも興味津々だ。
「どんな名前かねぇ〜名前当てゲームする?」
「何でもいいだろ」
「え〜やろうよやろうよ」
悪戯に笑う兄貴は手に収まる箱から一本煙草を引き抜くと、くるくると指先で暫く弄ぶ。
しかも高校生になったばっかりつーことは、15歳とかだろ?ちんちくりんのガキじゃねえかよ。
「凪ちゃんがゾッコンするってのを考慮すると、とびきりの美少女だと考えるね」
うんうんと楽しそうに妄想している兄貴に、俺は静かに息を吐く。だから未成年だっつの、お前は。
ただの興味本位だとは思うが、色恋に発展するような事があれば、凪がどうなるかは火を見るより明らかだ。
寧ろ披露目の最中に暴れないかとか、そっちの方が気になる。いや、覆面みてえに顔に黒布垂らして顔出さない…とかそんな事しそうな気もしてきた。
翔のその言葉に、先日会ったあの女のことをふと考えた。そういえばあの女も中学生か高校生っぽい感じだったな。
でもあの場には凪は居なかったと思う。見てねえから分かんねえけど。
その女と凪の妹の人物像が繋がりそうになるのを頭を横に振って遠ざけておく。
「なぁ〜?陽がこの前捕まえた女の子って霧島の連中が追っかけてたんだろ?」
「あー、多分」
実際互いに追って追われての場面を見たわけじゃねえから違うかもしれねえし、そうじゃないかもしれねえ。だけど走り去っていく数人の奴らは霧島組に間違いは無かった。
「もしかして、その子が妹だったりして」
煙草の先端に火を付けた兄貴はジッポをカチンと鳴らすと、俺に向かって人差し指でビシっと指差す。
──────いやいや、まさかな。
「それはねえと思うわ」
「えー?なんでよ」
だって、と思い口を開こうとしたが静かに閉じる。
単に兄妹喧嘩で逃げて来たとしても、普通あんな感じになるのか?まあ俺もお袋にガン詰められた時はまじで怖えーとは思うけど。
「よく分かんねえけど」
もしあの女が妹だったとしたら、シスコン凪はどういうつもりだよ。
あんな……怖いものから逃げるみてえな。
「ふうん?」
翔は俺の考えを読み取るような敏い目を向ける。その視線に気付かない振りをして、腰を下ろしていたソファから足を投げだした。
窓に視線を投げていると、外から黒光りする高級車が次々と敷地内に入るのを見た。数台の車が敷地内に到着した頃、ちょうど翔の煙草タイムも同時に終了する。
真昼間から行われる行事は久しぶりだ。恐らくまだ入学前だろうし、そういうことも含めて多分その妹の為に昼間にやるんだから、しっかり溺愛されてんじゃねえか。
当初抱いていた妹像が蘇ってきて、実際は「私の言うことが聞けないの?!」みたいな気の強え我儘小娘かもしれえなと思った。
するとコンコンコン、と控えめにノックがする音に想像を中断する。
「霧島組の者です、失礼しても宜しいでしょうか」
と丁寧な口調で扉の向こうから声が掛かった。
凪の声でもないし霧島の組長でもなさそうな、若めな男の声。
「はい」
落ち着きあるその声に翔が返事をすると、ゆっくりと扉が開いた。
「お、蓮(れん)ちゃん!」
「お久しぶりです。翔さん、陽さん」
「去年の俺らの誕生日振りじゃねー?」
真っ黒のジャケットにネクタイ、白いワイシャツに身を包むのは、伊吹 蓮(いぶき れん)。凪の側近の男だ。
翔はへらんと笑いながら手を振り笑顔で話し掛ける。
その蓮の後ろに控えるように立つ男は見ない顔だった。蓮と同じスーツに身を包むが、まだ幼さの残る顔。
「すみません、先に紹介させていただいても良いですか?」
「んー?どうぞー」
翔の返事を聞いた蓮はその男の背中を軽く押し、俺らに見えるようにその人物を前に立たせた。
「初めまして、伊吹 涼(いぶき りょう)と申します。兄がいつもお世話になっております。」
深々と頭を下げ顔を上げた男は、笑った顔は蓮にそっくりだった。柔らかそうな雰囲気の中に優しさが滲み出るような声色。
「どうも〜兄の翔でーす。こっちが弟の陽ね」
兄貴は俺の肩を引き寄せて蓮の弟である涼へ指差しで紹介する。
「ま、どっちがどっちか分かんねぇと思うけど気にすんなよ」
「いえ…。きちんと見分けさせていただきます」
真面目な性格そうな涼は、少し緊張気味ながらもしっかりとした口調で言った。
「で?先に紹介なんてどーしたよ」
「本日のお披露目に涼も同席させていただきますが、お嬢の紹介がメインだと思いまして、その前に」
「そっか、なぁ涼ちゃん高校生か?」
「はい、2年になります。涼は高校入学と同時にこっちに越してきまして、お嬢が入学する高校に通っています」
翔と蓮の会話に耳を傾けながら、涼を見るとじっと翔と俺を交互に見つめ真剣そうな表情をしている。
「なぁなぁ、その“お嬢”ってのは?わざとなのか?ん?」
勘の鋭い翔は気付いたのか、にや〜と意地悪い笑顔を蓮向けながら楽しそうに見つめる。
「それは…凪さんが隠したがっている名前ですので、俺がこの場でバラしてしまうとちょっと…」
「本当、蓮ちゃんは凪ちゃんに誠実よね〜」
「若頭を慕っておりますので」
「あら、模範解答だこと」
確かにうちの夏目だったらわざとポロッと言いそうだもんな、しかも俺らの前で。
蓮はどちらかと言えば、俺らのもう一人の側近の秋夜(しゅうや)の方に似てるかもしれねえ。
「ヒントくれねー?」
「それもお楽しみで」
「凪ちゃんとは違うケチ臭さを感じるわ」
「お褒めいただきありがとうございます」
柔和な表情を浮かべた蓮は、一度頭を軽く下げると「では後ほど」と言って涼と一緒に部屋を後にした。
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