第6話 レラィア美しく


「ROOP(ループ)!」


 ステラが端末に向かって声をかけると、メタリックに輝くキックボードがふわりと現れた。宙に浮いてる!未来の乗り物みたいな雰囲気だ。


 ステラは軽やかにそれに乗り込み、片手を俺に差し出す。


「さあ、捕まってください。」


 少し戸惑いながらも、俺はその手を取ってステラの後ろに乗り込んだ。体がふわっと浮き上がった瞬間は驚いたけど、ステラの操縦は驚くほど安定していて、風が心地よく顔を撫でていく。


「で、どこに行くんだ?」

「寄成様のアジトです。きっと気に入っていただけますよ。」


 しばらく進むと、白くてシンプルな建物が見えてきた。それは3Dプリンターで造られたみたいにスムーズなデザインで、無駄が一切ない。カッコいいというより、むしろかわいらしい印象すらある。


「ここがアジトです。」


 ステラが扉を開けると、予想外にあったかい感じの空間が広がってた。


「おかえり、ステラ。」


 花の音が聞こえてくるような、透き通るほど美しい声。まるで映画シネマから抜け出してきたようなまさに絶世の美女ってやつだ。その声は春風のように柔らかで、聞くだけで心がふわりと包まれる感覚を覚える。


 長い銀色の髪が光を受けて青みを帯び、風に揺れるたびに目を奪われる。透き通るような肌に、深い優しさが漂う瞳。その佇まいは静かな湖面を思わせる穏やかさと美しさを兼ね備え、見る者を圧倒するほどの優雅さを放っていた。


白を基調としたドレスは、女性らしいラインを控えめに引き立てながら、細やかな電子模様が星のように煌めいている。月光がそのまま形を成したかのような神秘的な装いだ。


「ただいま、レラィア。」


「もしかして、この方が…?」


 レラィアがちょっと驚いたように聞くと、ステラは寄成の隣にサッと歩み寄った。


「そうよ。ついにて出合ったの。」


 ステラの声には、ちょっと誇らしげな響きがあった。


「こちらは相場寄成あいば よりなり様。」


 ステラは、俺が父親を失って、その痛みを乗り越え、金による苦しみをこの世界からなくしたいと本気で願ってる純粋な青年だって説明した。少しくすぐったい。

そして、予想外の角紫との出会いと、その時のトレードについても話した。


 その瞬間、レラィアは涙をこぼして、俺を静かに抱きしめてくれた。その抱擁は、まるで母親のような温かさと優しさが感じられて、一瞬驚いたけど、すぐにその優しさに包まれて、心が温かくなっていった。


「私からも改めてお礼を言わせていただきます。本当にありがとうございます。」


 ステラは俺の両手をそっと握りしめ、その蒼い瞳を真っ直ぐに向けてくる。瞳の中には感謝と信頼が溢れていて、その深い思いがビシビシと伝わってくる。


 でも――ここでふと冷静になった。


「いや、でもちょっと待って。ノリでここまで来ちゃったけどさ…これ、もし断ったらどうなるの?」


 俺が恐る恐る聞くと、ステラは一瞬黙った後、真面目な顔で答えた。


「……私たちも、人間社会も、滅びるだけです。」


 めっちゃ深刻な顔だ。冗談抜きでヤバいんだろうな、これ。


「本当に寄成さんの力を必要としているんです!」


 今度はレラィアが真剣な表情で訴えてくる。


「いやでもさ、あの化け物みたいなのと戦うんだよね?」


「戦うというか"戦う(トレードする)"ですが、そうなりますね。」


(マジかよ…命がいくつあっても足りないだろ…)


 俺が頭を抱えると、レラィアが一歩前に出てきて、力強い声で言った。


「私も、ステラも、全力でお守りしますわ!」


 そんな綺麗な顔で、しかも必死に言われたら、弱いって…


「本当に守ってくれるの?」


 俺が半信半疑で聞くと、二人はピッタリ息を合わせて、力強く答えた。


「絶対にお守りします!」


 そのシンクロっぷりに、俺は思わず苦笑する。


「じゃあさ、できるところまで、って感じで……」


「ありがとうございます!!」


 二人の声がハモって、俺の耳に響いた。とても『でも、ヤバくなったら人間界に帰っていい?』とは言い出せなかった…。

 正直、まだ怖いけど、ここまで言われたら引き返せないよな…。



「それでは、部屋をご案内しますね。まずはリビングルームから。」


 俺の心配を早くもよそに、レラィアが優雅な微笑みを浮かべながら手を差し出し、案内してくれる。


 リビングルームは広々、モダンなデザインの家具が並んでいる。どれも洗練されていて、居心地の良さそうな空間だ。


「夕食は何になさいますか?」


「え?ご飯もらえるの?…そう言われてみると、なんか急にお腹が空いてきたかも。」


 壁際に設置されたタッチパネルをレラィアが操作すると、目の前にホログラムのメニューが浮かび上がった。そこには色とりどりの料理が美しく並んでいる。


「すごいな………じゃあ、ミートソースパスタで。」

「かしこまりました。」


 レラィアがモニターに声をかけると、ミール用の3Dプリンターが動き出す。ほんの数分で目の前に湯気を立てたミートソースパスタが現れた。


 恐る恐る一口食べてみると、驚きの美味しさだった。


「これ、本当に3Dプリンターで作ったのか?めちゃくちゃ美味しい!」

「ええ、食材は全て天然由来です。健康にも配慮していますので、安心してお召し上がりください。」


 レラィアは微笑みながら言う。「サラダもお出ししますね。」


「サラダは…ちょっと苦手なんだけど…」


 俺が顔をしかめると、レラィアは優しいけどどこか力強い口調で続けた。


「野菜もちゃんと食べて、次のトレードに備えましょう!」


(目が笑ってないよね…)


 内心でつぶやきながらも、レラィアの真剣な眼差しに少し驚く。


(レラィア、意外と尻に敷くタイプなのかな…)


 渋々サラダに手を伸ばすことにした。


 食事を終えた後、ステラとレラィアが俺をトレーディングルームへ案内してくれた。部屋に入った瞬間、思わず息が止まる。


 360度、足元から天井までびっしりと高画質スクリーンに覆われた部屋。どんな情報でも一瞬で表示できるシステムらしい。いや、これSF映画のセットとかじゃなくてマジで現実?


 部屋の中央には「ChatGD《チャットジーディー》」ってロゴが入ったコンソールがドンと置かれてて、なんか未来感満載だ。ステラがそのコンソールに向かって声をかける。


「チャッピー、人間界の自然の景色を映して。」


 チャッピー?誰だよって思ったけど、どうやらこのAIの愛称らしい。で、そのチャッピーがすぐに応答したのか、スクリーンには見覚えのある人間界の風景が広がった。青い空、緑の山々、そして穏やかな海。懐かしすぎて、一瞬見とれてしまう。同時に、胸の奥が少しチクリと痛んだ。


「普段はこのトレーディングルームで株式とか為替とか、いろんな金融商品を取引するんです。」


 ステラが説明してくれるけど、俺の哀愁には全然気づいてないみたいだ。


「へえ、そうなんだ…」


 適当に相槌を打ちながら、この部屋でトレードしてる自分を想像してみる。で、思い出しちゃったんだよな、あの電子の巨獣みたいな圧力。ゾワッと鳥肌が立つ。


 俺は近くにあった一人がけのソファに腰を下ろして、頭の中を少し整理することにした。いや、これから俺、本当にここでやっていけるのか…?


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