里帰り編21 通告

 ぱっと目を開けると、見慣れた天井、わたしの部屋だった。

 体を起こそうとするとおでこに乗っていたらしいタオルが落ちる。


『ティア〜』


 クーとミミが胸に飛び込んでくる。

 うーー、また意識をなくした。いい加減この流れ勘弁してほしい。

 そしてまた全てが終わってたりしないよね?


「わたし、どれくらい眠ってた?」


『ひと晩』


 ひと晩か、胸を撫で下ろす。どういうつもりか知らないけど、これは明らかに攻撃だ。

 クーが部屋を出ていったと思ったら、ルークさんを伴って戻ってきた。

 お粥と果物だ。ほかほか湯気が立っている。


「これを食べて、ポーションを少し飲んでください。皆心配していますよ」


「ありがとうございます」


 わたしは言われた通りにお粥をいただく。

 シャケと卵が入ったお粥にネギが散っていて、オレンジと黄色と緑の彩りも可愛らしくきれい。噛まなくても溶けそうなぐらいに飽和したお米が、優しく体に染みていく。いい塩梅に塩気があるからか卵は甘さを感じられ、シャケとネギがいいアクセントだ。おいしい! わたしはあっという間に完食して、少しだけポーションを飲んだ。体がポカポカしてきた。

 小屋で着替えたワンピースだったので、作業着のズボンに着替える。下に降りていくと、みんな心配してくれていたのがわかる。


「オーナー、すみません。でもおれ小屋に呼んでないです」


「わかってます。あ、わたしも小屋に呼び出してないですからね」


 とばっちりのパズーさんとふたりで乾いた笑いになった。


「本当にティアは話題に尽きないね。なんでそういろいろ起こるの?」


「わたしが知りたいよ」


 ルシーラとまったくもって同意見だ。




 ご飯中にルークさんから聞いて知っていたが、王子が謝ってくる。いや倒れたわたしを助けるためなので、ありがたくお礼をいうことだ。もちろんそうしたが、現場を見ると茫然とするしかない。燻し小屋はこっぱみじんに破壊されていた。王子は手持ちの剣がなく、隠しスキルを使って小屋を破壊し、脱出してくれたらしい。

 わたしを気遣ってくれて大変ありがたい限りだが、どうするとこんなこっぱみじんなんてことができるんだろうと遠い目をしてしまう……。

 いや、ありがたいと思っているよ。本当にいつも助けてもらってばかりだ。王子のピンチには尽力する旨を心の中で誓っておく。でも、そんな状況に陥る王子はとても想像できないけどね。


 

 わたしは宿舎に向かう。わたしにパズーさんからの伝言をくれたサンさんと、ペクさんにパズーさんへのメモを託した従業員さんに誰に頼まれたのか尋ねるためだ。その時ちょうど宿舎から出てきたのはゼフィーさんだった。

 わたしを見て、嫌な笑みを浮かべる。


「あなたですね?」


 わたしを見た顔を見て確信した。


「なんのことでしょう?」


 証人を得てからと思っていたが、わたしは我慢しきれずに聞いていた。


「何がしたかったんですか? わたしとパズーさんをそれぞれの名前で燻し小屋に呼び出しましたよね?」


 彼女は含み笑いをする。


「呼び出された燻し小屋で雨風を凌ごうとすれば、小屋に閉じ込められ、魔法が一切使えなくなっていました」


 ゼフィーさんは腕を組んだ。彼女は素直に認める。


「あなたがパズーさんをお気に入りみたいだから、2人きりにして差し上げようと思いましたの」


「わたしがパズーさんをお気に入り??」


「あら、彼ではありませんの? だとしたら、ペクさんとがよろしかったかしら? いえ、本命は銀髪の彼とか? まさか王族ではありませんよね?」


「何を言っているんですか?」


「あなただって、侯爵様以外と親しい方、いっぱいいるではありませんか」


 それはある意味衝撃だった。ゼフィーさんにはそう映っているんだ。


「だから侯爵様があなた以外の人と親しくしても問題ないのではなくて?」


 そういう発想なのか!


「……それで閉じ込めたんですか? ご丁寧に魔法も使えないようにして」


「違いますわ。ふたりきりにして差し上げたのよ、邪魔が入らないように。それなのに」


 ふっと吹き出す。


「あなた面白いわ。自分からいろいろやってくださるのだもの。私は本当にふたりきりのチャンスを作って差し上げただけよ。ご一緒されたのが王子様で驚きましたが、それがあなたにはよかったのかしら? それに雨に濡れて体調を崩されたのも、倒れたのも、あなたがひとりでやったことですわ」


 確かにね。それでも彼女がわたしを小屋に呼び出し、閉じ込めようと企んだことは変わりない。


「私、結婚しますの」


 だからモードさんは断ったはずだ!


「ふふ。目をつり上げなくても。侯爵様ではありませんわ。お父様と同じぐらいのお年の伯爵様の第三夫人になるんです」


「え?」


「我が家ではまだ男児がおりませんの。お父様は男の子が欲しくて、第五夫人までおりますのよ。第五夫人は私より2つ上なだけですわ。彼女が身篭りましたの。絶対、男の子なんですって。母親と歳がそう違わない姉がいては肩身が狭くなるから、とにかく結婚して出ていくように言われてました。

 私結婚に夢をみていませんでしたのよ。ただ家同士に都合がいい方のところに嫁ぐものだと教えられ育ちました。そう思っていたのに、それでよかったのに、オーナーたちが私の知っている夫婦と違うので興味を持ってしまいました。もし、あなたたちと一緒にいたら私もそうなれるかと思って、侯爵様の第二夫人に立候補してみましたの。相手にされませんでしたけれど」


 彼女はニコッと笑って、すぐに表情を引き締めた。


「私にしておけばよかったって、きっと後悔しますわよ」


 ゼフィーさんは嘘みたいに優しい笑みを浮かべた。


「解雇の理由をおっしゃって。このことがなくても、あなたは私を辞めさせるつもりでしたでしょう? あの青年が私を思いとんでもないことをしたからですの?」


 わたしは「いいえ」と否定した。


「わたしはモードさんの第二夫人を目指す方と一緒に仕事をするのは無理なので、辞めてもらおうと思っていました」


「なかなか直球ですのね。もっとグダグダ安っぽい嘘を並べるかと思いましたわ」


 わたしを見据えて言葉を紡ぐ。


「自分にはお気に入りがいても、侯爵様に他に相手ができるのは気に食わないのですね」


「そうですね。本気で彼が好きじゃない方と、同じ土俵に入る気はありません」


 言った瞬間彼女は理解して、微かに表情を変えた。

 ーーー好きだったわけ? ひょっとして本気だった?


「もう少し頭がおよろしければよかったのに、残念ですわ。まあでも、そうなるだろうと思っていました。ですから最後に一泡吹かせてみたかったのですわ」


 優雅に嗤う。

 言い返そうかと思ったが、わたしは言葉を飲み込む。事情を聞くと言いづらくなる部分もあるが、だからって第二夫人にとは思えない。結局辞めてもらうところは変わらないのだ。


「お前、こいつを閉じ込めたのに、なんで謝らないんだ? こいつは倒れたんだぞ? あいつが小屋を破壊できなかったら大変なことになったかもしれないんだぞ?」


 駆け寄ってきたトニーがゼフィーさんに噛み付いた。

 ゼフィーさんはふっと笑った。


「大変なことにならなかったじゃありませんか。それに倒れたのは私のせいじゃありませんし、閉じ込めたのではありません。オーナーのお気に入りの殿方とふたりきりにして差し上げただけです。ほら、そうやって自分では大したことはできないしやろうとしないのに、いつも周りから助けてもらって……」


 ゼフィーさんはわたしを見据えてから、にこりと微笑み、冷静な口調で言った。


「あなたみたいな甘えた方、私大嫌い」


 突進しようとしたトニーを捕まえる。


「謹んで解雇されて差し上げます。ご機嫌よう」


 彼女はきれいなカーテシーをし、踵を返して宿舎に戻って行った。


 なんていうか理解した。彼女にはわたしはそう見えるんだって。彼女の言葉を借りるなら、夫のモードさん以外にお気に入りがいると。何もできないしやろうともせず、ただ助けてもらうのを待っている存在。そのくせモードさんにはわたしだけを見て欲しいと望む存在。

 考えたくないが、そうわたしを捉える人は彼女だけではないだろう。わたしは自分でオーナーと名乗ってからそれを意識してきたし、結婚したことでモードさんの妻なことを気にしてきたつもりだ。わたし的にはやましいことなんかこれっぽちもないが、そう見えることがあることも理解しておくべきだったんだと今は思う。

 貴族の女性はほぼ家の中にいて、家族や旦那以外の異性とはあまり話さないものらしいから、わたしはかなりズレてしまっているだろう。わたしは好き勝手に、好む人と話したりして。でもパートナーには女性を遠ざけようとする。


 ふう。息を吐き出す。トニーより少し離れたところに肩にクーとミミを乗せたルシーラがいた。


「お前さ、なんで黙ってんだよ」


 トニーは悔しそうな顔をしている。


「あいつお前を傷つけようとしたんだろ。そういうの、故意っていうんだろ。なんだってそんなのにやられっぱなしになってんだよ」


「そこまで」


 ルシーラがトニーの頭に手を置く。


「なんでだよ」


「おれもトニーの意見に賛成。でもティアを見て」


 わたしを見て、トニーはちょっと驚いた顔をする。


「ティアにも考えがある。だからできないこともある。トニーがティアのことを心配して言ってくれるのは、おれも嬉しいけど、ティアを傷つけたら本末転倒だろ?」


「トニー、ありがとう。ルシーラも。2人がわたしの味方でいてくれるから今立っていられる」


 味方がいなかったら、この衝撃を持て余していただろう。


「わたしが黙ったのは、辞めてもらうから。それ以上に彼女を刺激する必要はないと思ったから。

 もしもっとわたしが強かったら、働いてもらうことは可能だった。でもわたしは嫌だった。表面上何もないよう過ごせたとしても、何かあったとき、わたしに不都合なことが起きたとき、彼女のせいだと思いそうな心の動きが嫌。だからわたしの都合で辞めてもらう率が高い。きっともっとうまくいく方法があったんだと思う。でもわたしは思いついていなくて、彼女を傷つけた。だから攻撃されたんだと思う。痛み分けだね。だからね、何を言われてもそれ以上刺激したくないと思ったんだ」


 そうか、と、ルシーラの手が頭に置かれる。

 と言いつつ、彼女に何を言うべきなのかわからないというのが本当のところなのかもしれない。

 わたしはゼフィーさんをみくびっていたんだ。第二夫人になりたいから、邪魔なわたしを排除したいのかと思っていたけれど、彼女はわたしを見て、接して、わたしが大嫌いだと思ったから邪魔だと思ったんだ。

 何かあったときに彼女を疑ってしまうのは、わたしが彼女を好きになれなくて、好きになれない人だからあの人がやったことだったらいいのにと思う、最低なひどい心を持っているからだと思う。多分今までも気づかずにわたしは彼女にそんな思いを持って、彼女に嫌な思いをさせて傷つけたこともあったかもしれない。

 そして今〝かも〟ではなく、わたしは最大級に彼女を傷つけた。本気な想いを、本気じゃないと決めつけてーー。


「貴族の女性から見ると、わたしはモードさんを大切にしていないように見えるんだね。モードさん以外にも大切な人がいるから……」


「侯爵がいいって言ってた」


「え?」


「お前もこの大陸出身じゃないのか? 王子に言ってた。できるだけ来てくれって。ティアはこっちに知り合いが少ないからって。おれたちにもティアの大切な家族だからいっぱい来てくれって」


 モードさんはみんながここに訪れてくれることを、一度も嫌な顔をしたことがない。考えてみれば、モードさんが留守の時も普通にいたりするし、何か思うことがあったかもしれない。わたしが寝室に誰かが入られることが嫌なように、モードさんも嫌なことがあるだろう。でも聞いたことなかったから、全然気にしてなかった。

 わたしの知り合いは、こちらに来てからの人たちしかいない。だから、その絆を許してくれていたんだ。大切にしていてくれたんだ。



 パズーさんには謝られた。テイマーの自分が体調管理を怠っていたから起った出来事だと。

 それならわたしも同罪だ。見回りをしていたのに、沼のことに気づかなかった。モーちゃんたちが塩が好きなこと、コッコやメイメイは足が汚れるのが嫌いなこと、全然気づいてなかった。話せることで安心して見ていなかったんだと思う。でも。


「わたしもこれから気をつけようと思いますが、パズーさん、みんなを見てください」


「はい?」


 思い思いのところで草を食んだり、遊んだり、眠ったりしている。足を折って座るようにして眠りもするけど、野生をどこに置いてきたと思わせる寝方をする子も少なくない。


「みんなここで安心しています。そこはわたしたち誇っていいと思うんですよね。気をつけることは、これから気をつけることとして」


 パズーさんは魔物たちを見遣ってから「そうですね!」と破顔した。


「……パズーさんは、本当は何でバラしてくれたんですか?」


 本当の雇い主は国だと打ち明けた、あのときの理由は筋が通っているようで弱い。だからなんか違和感があった。


「オーナー、秘密あるでしょ?」


 少しどきっとする。


「ペクも同じようなものだと思うけど、オレの任務はオーナーたちと牧場を守ること」


 ……監視じゃないんだ。


「秘密は誰だってあるし、いいんだけど。オーナー親しくなるとガード緩むし。オレたちは知ってしまったことは報告しないといけないから、オーナーが自衛して欲しい。だから早いとこ言っときたかったんです」


 そうだったんだ。


 

 翌日の朝、ゼフィーさんと同室の従業員の子が、夜のうちに出て行ったようだとベッドの上にあった書き置きを渡してくれた。

 解雇されたので出ていく旨が記されていて、上司や同僚たちによくしてくれてありがとうのお礼とお別れの言葉が書かれていた。解雇したのか尋ねられたので、解雇したと答えた。


「理由はなんですか?」と尋ねられた。ゼフィーさんと仲がよかったんだね。

 ゼフィーさんの個人情報に絡むことになるので教えられないというと明らかにむすっとしている。


「そりゃあ、自警団に疑われるようなことになってオーナーは大変だったと思いますが、ゼフィーちゃんのせいではないですよね?」


 解雇の原因はあの青年がゼフィーさんに懸想してやったことに、わたしが怒っているとでも思っているようだ。


「そのことが理由ではありません」


「え、そうなんですか?」


 その後も何人からか解雇の理由を聞かれた。ゼフィーさんは信頼関係を結んでいたんだね。理由をいわなかったので噛み付かれた。後日、牧場に戻ってきたときにそんな場面に出くわしたモードさんが一喝。


「私の第二夫人を望まれるので、辞めてもらいました」


 場がシーンとした。不名誉ではあるが誰もが家同士の思惑の犠牲者だと思うだろう。わたし以外は。



 それからの調べで、マドベーラを大陸に持ち込む原因となった人のこともわかった。事の発端はアマン子爵の第五夫人だった。彼女はマドベーラを買いたいと闇商人と取引をした。だが、それが届く前に懐妊したため、結局買わなかった。買い手がいなくなったため、闇商人は商人に売りつけ、商人は欲しがる人に売った。そのうちのひとつから発覚して鑑定場に薬物は持ち込まれた。


 それを知ったアマン子爵は大激怒。離婚だ!となったようだけど、そこで怒りが頂点に達したのは第四夫人までの奥様方と、追い出すように嫁がされた娘たちだった。彼女たちは薬に頼ってでも子供をと思う気持ちはよくわかった。そんなふうに追い込んでおいて、自分の子供を身ごもった嫁に出ていけと言うなんて、どこまで身勝手なんだと責め立て、女性たちは一致団結した。女性たちからの怒涛の攻撃にアマン子爵は撃沈。今までいばりくさっていたのが嘘のように大人しくなったという。ゼフィーさんは、未遂といっても違法薬物を買おうとした一族と言われ婚約破棄された。ゼフィーさんはこれ幸いと団結した女性たちで、商会を立ち上げようとしている。女性に優しい女性の視点から女性ならではの商会を作ると頑張ることにしたらしい。とても彼女らしいと思った。彼女がわたしを嫌うのと同じくらい、わたしも彼女を好きになれそうもないが、頑張って欲しいと思う。心から、そう思う。


 やっとモードさんが戻ってくる。次の日には王子たちが帰るというので、ちょっとだけ豪華なちらし寿司パーティにした。牧場を守ろうとしてくれてありがとうと感謝を込めて。いろんなお刺身と香りのよいハーブを酢飯に混ぜ込んだちらし寿司。少し甘い薄焼き卵も入れて、色とりどりだ。

 唐揚げと、お肉の串焼きと、野菜も串焼きにして大きなお皿に山にして、取りやすいようにした。ほうれん草と卵のお吸いものでお腹を温められるし。リースのようにした葉っぱ野菜の上にポテトサラダもてんこ盛りだ。黄虎にはミリョン入りのサラダを別に用意する。クーとミミはイカのお刺身増しでね。ルシーラが山葵にハマってた。

 どの料理も飛ぶように売れた。牧場は再開できるし、困りごとが消えた今、みんなで笑って楽しいパーティとなった。

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