里帰り編5 実家に帰らせていただきます②変わっても変わらない場所

 夜はアジトでみんなでパーティーをすることになり、今日の業務をこなすべく、みんな散っていった。8歳のメイも8歳のリーダーであるらしく、仕事を終わらせてくると駆けて出ていった。


 トーマスの仕事部屋にお邪魔する。


「仕事の話もしたかったんだ」


「仕事? なんだ?」


「わたしはエーデルで魔物たちの牧場主をやってる」


「聞いてる」


「聞いてる?」


「侯爵サマから」


「侯爵?」


「モードのおっさんから」


 モードのおっさんって……。


「モードさんに? いつ?」


「何度も来た。俺とアルスにお前の近況を話しにと、お前がここに来た時にみんながパニクらないよう根回しをするためだな」


 モードさん、そんなことしてくれてたんだ。その上で、もうそろそろここに来るかって言ってくれてたんだ。準備してくれてたんだ。


「あのおっさん、本当にお前を大切にしてくれてんだな」


「……うん」


「で、牧場でなんだよ、人手がいるのか?」


「エーデルにも孤児院があって、そこの子たちに働いてもらったりしている。でもさ、一ヶ所だとやることが偏っちゃうでしょ。だからね、ハーバンデルクの他の街の孤児院にも行ってね、今2ヶ所と提携しているの。もし良ければいずれスラムとも提携したいと思っていて」


 トーマスが少しだけ興味を持ったような顔になった。


「うちだと、魔物の世話、畑の世話、賄い作り、燻製作り、それから羊毛をとったり、それで物を作ったりしている。あと、アクセサリー作りがけっこう盛ん」


 このアクセサリーはミミが発起人?だ。ぺリトンっていうガラス細工みたいに見える魔物がいてね。臆病で人前にあんまり出てこないそうなんだけど、エーデルの花が大好物で食べに来たところに出くわした。わたしたちも驚いたけれど、ぺリトンの方が何十倍も驚いたらしく、後ろに倒れて、そしたらパリーンってガラスが割れたみたいに粉々になったんだよ。度肝を抜かれた。だって最初ガラス細工かと思ったものが動いて、生き物だと認識したとたん、倒れて粉々に砕けたんだもん。でもそれがぺリトンの逃げる方法で、倒れて死んで粉々になったみたいに見せかけて、逃げるんだって。そしてその抜け殻がね、まるで宝石みたいに見えるんだよ。それをミミが体につけて、陽光に反射してキラキラと輝いてそれは綺麗だったんだ。


 そんなミミを見て、子供たちや従業員が綺麗だと反応して。アクセサリーみたいにできないかなと作り始めたんだ。そしてペリトンの割れた抜け殻が、色が移るかのように変色することもわかった。抜け殻になってすぐの時だけだけど、暖炉の火の近くにおいておいたら、火の色が移ったように暖色系になり、氷室に入れておいたら寒色系になった。これらで、クーとミミのネックレスを作ったんだ。お揃いのブレスレットはわたしがつけている。


「後の2ヶ所ではね、織物が盛んなところと、ギルドの手伝いを幅広くやらせてくれるところで」


「そういうのは書面にしておくといいぞ」


「書面?」


 トーマスは本棚に向かい、そこにファイルされていたものを見せてくれた。

 スラムに依頼のあった仕事を対象年齢、性別、細かい実際の作業、報酬が記載されていて、週でどれくらいその依頼があったのかなどのパーセンテージも計算されていた。

 商人ギルドに子供の働き手で新しく仕事を頼みたいと来たときの参考資料に、渡したりするようだ。

 おお、なるほど。


「帰ったら、作ってみる」


 トーマスは頷いた。わたしの場合、提携の説明をするときの資料になるね。


「この街だと女の仕事があんまりないんだよな。だから、提携できればありがたい。提携先とはどんなふうにしてるんだ?」


「2ヶ月間、働き手の子供たちに来てもらうの。例えば、うちの方からスラムに5人が仕事をしてみたいといったら、同じぐらいの人数でスラムから牧場に来てもらう。他の場所も似たようなものだと思うけれど、うちの牧場に来てくれた場合には話し合いで興味ある仕事を受け持ってもらう。合わないとかあったら仕事は変更するし、街に帰りたくなったら帰ってもらっても大丈夫で。途中で帰った子はまだいないけどね」


「その際の移動の資金とかはどうしてるんだ?」


「え? ああ、竜人さんが運んでくれてる。あと、黄虎に乗せてもらったり。あ、黄虎はモードさんの神獣で空を飛べて」


「もし、今後も提携場所を増やそうと思っているなら、移動の際の資金のこともちゃんとしろ。好意に頼るような形だけでは、いつか破綻するぞ」


 その後も、目の付け所はいいし、それが発展していけば子供たちの未来が広がっていくいいことだと思うと褒めてくれた上で、わたしが好意に甘えたなーなーにしていることのほとんどを問題点として挙げられた。それをなんとかしないと、今は良くてもいつか破綻して、余計に子供たちが辛いことになるのだと言われ、わたしは練り直すことを約束した。


「おう、早いとこ頼むぞ。牧場に行きたいやつは山ほど出そうだ。どうやって選別するか、悩むことになりそうだ」


 ひと段落すると、トーマスがお茶を入れてくれた。


「で? お前、何があったんだ?」


「何もないよ」


「今まで3年も、ここに来るの我慢してたんだろ? それが侯爵サマとでなくひとりで来た。きっかけがあるだろ?」


「牧場は火の日と水の日がお休みなんだよ。よく遊びにくる人が、わたしが疲れて見えるから休暇をくれるって。牧場のことをみておくから、里帰りでもしてこいって言ってくれて」


「侯爵サマがどれくらい留守なんだ?」


「……2ヶ月」


「負担が大きくて疲れたのか?」


「そういうわけじゃなくて……」


 取引先に悪いことをしてしまったこと。許してはもらえたけれど、やはりそれはモードさんがいたらきっと起こらなかったこと。元々自信があったわけじゃないが、直接の原因となった人とどうしてもうまくやっていける気がしなくて、多分滅入っていることを話していた。


「なんだよ、喧嘩売られて黙ってんのか?」


「喧嘩は売られてないよ」


「……本気で言ってんのか? 本気っぽいな。それは重症だ」


 重症?


「お前らしくねーな」


「トーマスから見たわたしらしいってどういうの?」


「わからないものや、怖いものに、顔上げて突っ込んでいくばか」


 顔を上げて突っ込んでいくばか?

 茫然としていると、少しは悪いと思ったのか注釈が入る。


「だってお前、怖いって思うと普通尻込むのに、泣きながら怖いものの正体を暴く勢いで突っ込んでいくだろ?」


 弱いくせに魔物に対してもそうだし、自分が願ったことが起こっているのかと思った時に、その場で願い事を言って叶うかどうか確かめようとしたことに驚いたんだと言われる。


「体当たりしないでいるのはお前らしくねー。そりゃ、合う合わないはあるし、みんな合わせる必要はねー。でも、わかってないくせに、わかった振りして距離を置くのは違うだろ。一回、ぶち当たってみろ。それでダメだったら、合わない、それでいい。そしたらまた来い。俺が慰めてやる」


 トーマスの顔が真剣で、本気で言ってくれているんだと思った。

 そっか。わたしはゼフィーさんに体当たりしてないのか。でも、そうかも。そうだな、なんか好きになれそうになくて。でもオーナーであるわたしがそんなことを思ってはいけないと思って、踏み込まなかった気がする。合わなそうだから、仕事だけの表面上の関係がいいと思った。同じ従業員ならそれでいいかもしれないけれど、オーナーはそれじゃいけなかった。雇う者としてしっかり人となりを理解したうえで、関係を築くべきなんだ。

 そう思えば、道筋が見えてきた。

 きちんと話そう。わかってもらえなかったら、わかってもらえるまで言葉を尽くそう。


 ノックがあってアルスと一緒に滑り込んできたのはクーとミミだ。


『ティア!』


「どうしたの?」


『グリグリされた』


『ティアよりえんりょないーーーーー』


 わたしの胸にしがみついてくるから、優しく撫でる。


「遠慮なかったか……」


 相当もみくちゃにされたみたいだ。


「ごめんね、ちびたちが離さなくて」


 アルスがふたりに謝っている。あまりに構いすぎるので、取り上げてきてくれたみたいだ。

 ふたりはスルッとわたしの肩に登ってきた。


「お前、テイマーなのか?」


 ふたりと話しているからだろうか、トーマスに尋ねられる。


「うん」


 返事をすると、トーマスとアルスに珍妙なものを見るような目つきで見られた。


「トーマス、ちびたちにティアを紹介するって言ったの? みんな集まっちゃってるんだけど」


「ティア、いいか? 好奇心旺盛だから、珍しいものに目がないんだ」


「うん、もちろん」


 わたしはトーマスとアルスの後ろについて部屋を出た。

 外に出ると、本当だ。メイより下の子たちが家の前に集まっている。さっき坂上にいた子や畑にいた子たちだ。

 まだちびっちゃい。目を大きくしてわたしを見ている。


「竜侯爵サマのお嫁さんで、ティアだ。ティアお姉さんと呼べ。肩にいる猫はクーとミミ。触りたい時はお姉さんに尋ねてからな、お姉さんはテイマーだ」


 どよめきが起こる。


「はじめまして。ティアです」


 カーテシーをすると歓声があがった。女の子が何人かいたので、パフォーマンスをば。

 顔を上げると女の子たちが張り付いてきた。

 ふふ、かわいいな。


「お名前は?」


「リー」


「リーちゃんね、よろしくね」


「ビスだよ」


「ビスちゃん、よろしくね」


「おれ、サン」


「サン君、よろしくね」


「ドギ!」


「ドギ君ね、よろしく」


 まずい、これ以上は危険だ。覚えられるかな。まだワラワラいるんだけど。


「お前ら畑の仕事は終わったのか」


「大ボス、おわったよ」


「ちゃんと、やったよ」


「じゃあ、ティアに畑を見せてやれ。一通り見たら、またここまで連れてこい」


 大ボスから指令が下されると、リーちゃんとビスちゃんがわたしの手に手を滑り込ませた。

 人懐っこい。


「おねーちゃんはキゾクのお姫さまなの?」


「ううん。元々平民だよ。貴族の旦那さまと結婚したの」


「なぁんだ、お姫さまじゃないんだ」


「うん。がっかりした?」


「ううん。お洋服もお姫さまみたいだし、髪もかわいい。お姫さまはわたしたちにわらってくれないけど、おねーちゃんはわらってくれるから好きー」


 嬉しいことを言ってくれる。

 両手に花で歩いていると、他の子供たちもついてくる。誰? とささやきあい、竜侯爵のお嫁さんだと説明されている。

 食堂で提供される食事の材料となる野菜は農家さんから買っているけれど、自分たちの食べる分は畑で作っているそうだ。その畑の世話が小さい子たちの仕事になっているみたい。

 畑も増えたが家も増えている。14歳になるとアジトでの寝起きをやめ、部屋をもらっているらしい。でも、みんなで眠るのが気に入っていて、今もアジトで寝ることが多いんだとか。


 表情のかたい子もいたが、概ね健康で、のびのび暮らしている印象を受ける。さすが、トーマスだ。普段、セグウェイを多用しているせいか、こんなに歩くと疲れが出てくる。ちっちゃいのにそこを何往復もして、さらに走ったりしているのに疲れないなんて子供って凄い!


『ティア、疲れたにょ?』


『おしょくなった』


 肩から鋭いご指摘が。だってさ、畑の端まで来たんだよね。ということは、今の距離戻るんだよ。同じ距離歩くことになるんだよ。なんでこの子たちはこんな元気でいられるんだ。うーむ。

 いいかな? いいよね?


 わたしはマジックバッグなのと前置きしてバッグからセグウェイを出した。一緒に乗りたい子に手をあげさせ、ほんの少しだけ一緒に乗ってもらって、乗せる子を替えていく。

 ふふふ、遊んでる風でもあり、わたしも歩かなくてすむ、合理的だ。


「お前、それ、なんだよ」


 マッケンにみつかった。


「セグウェイだよ」


 乗ってみるかと差し出すと、マッケンはヒョイと躊躇いなく両足を乗せ、伝えた操縦方法をマスターした。そして、わたしは前にしか子供を乗せられなかったけれど、マッケンは前と後ろに子供を乗せてうまい具合に足で挟み込み、わたしより遥かにスピードを出したので子供たちの喜ぶこと!

 ちっ。これだから、運動神経のいい奴は。


 子供たちが目を輝かせている。そっか、楽しいか。トーマスに聞いて、あってもいいって言ったら、セグウェイをいくつかプレゼントすることにしよう。


 このセグウェイも初代のものから進化させておいてよかった。最初は自分専用で考えていたから、魔力を通すと風の魔具が発動するようにしてきた。魔力のあるお兄さんたちもそれで問題なかったんだけど、子供たちも乗りたがって、そうすると魔力のない子は乗れなくて悲しそうだったから、魔力がなくても大丈夫なように改良していったのだ。燃料になる魔石を入れ込むことにした。特にわたし用のものは魔石自体を消耗しない魔具にしてある、内緒だけど。これもウケがいいので牧場の敷地内でセグウェイを走らせるコースを作っている。


 セグウェイは、初期メンバーの取り合いとなり、アルスから仕事を終わらせた人だけねと注意を受けカルランが泣きながら走っていった。知らない顔が多かったが、子供たち同士はもう馴染んでいた。月日が経ったんだなと思ったけど、哀しい気持ちは少しもなく、みんなが楽しそうなので嬉しくなった。わたしを救ってくれた場所は、時が経ってもまた他の子たちの救われる場所であり続けている。


 なんとか商会の家まで戻ってきて、わたしはトーマスの部屋で少し休むことにする。


「疲れたか? 眠いのか?」


「眠くないから!」


 もう子供じゃないので、そこははっきりさせておく。

 またトーマスに温かいお茶を入れてもらって、わたしは椅子に座り少し休んだ。

 それにしても、アレが重たく感じたのは、ほとんど気持ちでだったんだなーと思う。今も痛みはあるし、元気いっぱいとはなれないが、ほぼ気にせず動いていられるもんな。


『だりぇか来る』


 ミミが言って、ドアを見る。釣られたようにわたしもドアを見た。

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