里帰り編2 思考回路の合わないお嬢さん

「まず、報告しますね。ええと、野菜の新しい取引先のことですが」


「オーナーが、野菜が高いとおっしゃいました」


 遮るように早口で言ってくる。


「ええ。冷夏の影響で野菜が高騰しているから、より買う必要性があるとお話ししましたよね?」


 わたしとは大きく違った思考回路をお持ちのお嬢さんなので、何を言い出すのか読めないのが少し怖い。


「牧場のためを思って紹介させていただきましたのに、怒っていらっしゃいますの?」


「いえ、最初に言った通りご報告ですよ」


 潤んだ青い瞳が大きくなった。

 わたしと話すとすぐ泣くから嫌なんだよ。そんな人に怒ってるなんて言うわけないじゃん。

 それに彼女とふたりきりで話すと、後日話が一方的な内容で伝わることがあるので、わざわざこちらに出向いた。まあ、家に入ってきて欲しくないこともあるんだけどね。


「3ヶ月はこのまま、ご紹介くださったところと継続します。以前からのところからも今後同じように卸していただきます」


「え? それでは赤字に……」


「お店と家で使うものと半分ずつにしますので、問題ありません。いい品や、珍しいものなど、今後も何か良さそうでしたら、契約続行を願うつもりです。

 ただ今までの取引があったところを蔑ろにするつもりはありません。この前もお話ししましたが、わたしたちの経営理念で、地域活性化への貢献があります。わたしたちは地域の物を消費したいのです。高くても、自然災害で高騰し買ってもらえないことがあるようならなおさら、応援するべきだと考えています。ですから、今後、取引先を簡単に変更するようなことはありませんので、そこはご理解くださいね」


 みんなに聞こえるように言ったから、うん。


「話は以上です。お時間とらせてごめんなさいね。お仕事に戻ってください」


 彼女はしおらしく頭を下げて、売り子スペースに戻っていった。


 あとは、卸の八百屋のオーナーと話さなくては。新しいところはまだしも、今までいっぱい助けてくれたのにそれを踏みにじるが如く突然もう買いませんって連絡が来て……許してくれるだろうか。まだ始めたばかりの頃、魔物たちの食事にしろと売り物にできなかった野菜をいっぱいくれたり、ツアー客の人数が急に増えて、食べ物がすっからかんになりそうな時、便宜をはかって融通してくれた。それなのに、恩を仇で返すようなことをして。


 立ち上がると軽い立ちくらみがする。目を閉じてやり過ごして、部屋を出る。

 外に出れば、クーとミミが走ってきて、肩に乗ってくる。


『ティアー、おにゃか空いた』


『ティア、顔、青い』


 ミミの指摘にクーも首を伸ばして覗き込んでくる。


『寝にゃいと!』


 声を合わせる。


「大丈夫だよ。病気じゃないから。ご飯食べようか。パンとご飯どっちがいい?」


 ふたりは少し心配そうな顔をしてから、それでも元気にリクエストをくれる。

 お昼には早いけれど、午後から出かけないとだし、ちょうどいいか。


『ベーコンとたみゃごのシャンドイッチー!』


『それと黄金いりょのシュープ!』


「ベーコンと卵のサンドイッチと、オニオンスープね、了解」


 ホットサンドにしても美味しいけれど、今日は生パンで。

 家に戻ると早速エプロンをして氷室に入り、材料を見繕う。

 3人分で卵を6つ使っちゃえ。ベーコンは気持ち厚切りで。

 ベーコンから脂が出るから、そのまま鉄板にジュージュー焼き付ける。

 スープは作り溜めしているのがあるから、それを小鍋に取り分けて温め、パンの残りを細かく切ってさらに焼いたクルトンもどきを浮かべる。

 ベーコンに焼き色がついたら裏返して火を入れ、卵は溶いておく。少しだけ塩をして、鉄板にオリーブ油を足して卵液を投入。ベーコン入り卵焼きをなるべくコンパクトに整える。

 パンにはマヨもどきを塗って、ベーコン入り卵焼きをのっけ、おいマヨしてパンでサンドする。食べやすいよう縦と横で半分に包丁を入れた。お皿の端に葉っぱ野菜と、上に作り置きのコンダイのマリネを添え、パンを盛り付ける。


 わたしたちだけだから、テーブルの上にクロスを敷いて、クーとミミのお皿もテーブルの上に。じんわりホットミルクも隣に置いて、3人でいただきますだ。

 どうしても中身が飛び出しちゃうんだけど、頑張って一緒に食べると、おいしい。

 卵のちょっと甘いのとベーコンの塩味、それをマヨもどきが滑らかにして、甘めのパンがわたし的には合うと思っている。というか、好き。ごっくんと飲み込んだら、オニオンスープを一口。深い旨味があるよなー。葉っぱ野菜とコンダイマリネで口の中をさっぱりさせたら、またパンをあむり。ベーコン卵にマヨはうまい、うますぎる!


 クーはほっぺをマヨだらけ。ミミはミルクで顔の毛がペタっとしている。

 お皿の上がきれいになくなったら、ごちそうさまだ。

 食器を片付ける前に、桶にお湯を出して、クーとミミの顔を濡らしたタオルで拭く。温風で乾かして、食器はキッチンに。


『あ、来た』


『来た』


 来た? 微かな期待でドアを見れば、入ってきたのはルークさんとカイル王子で、


「モードはまだ帰ってないのか?」


 わたしの表情で先読みしてくる。


「いらっしゃい。モードさんはまだ、です。あ、どうしよう、わたし午後から出かけるんだけど。お昼はまだ食べてないよね? 食べる?」


「ハナは顔色が悪いんじゃないか?」


「少し体調が悪いだけだから大丈夫」


「……ハナたちは何を食べたんだ?」


 ベーコン卵サンドだと告げると同じものをリクエストされたので、急いで作る。

 クーとミミはルークさんに遊んでもらっている。ルークさん、それ猫じゃらしだよ。こっちでも売ってるんだ。王子はテーブルについて、その様子を見ていた。


「ハナはどこに行くんだ?」


「野菜を卸ろしてもらっているところに……」


 作りながら話していると、ドアがノックされる。


「はい」


 ルークさんが気を使ってドアを開けてくれると、入ってきたのはゼフィーさんだった。


「どうしました? 何かありましたか?」


「失礼いたします。オーナーは午後から外出されると聞きました。お客様を私がおもてなし致しましょうか?」


「お気遣い、ありがとう。でも、こちらは大丈夫ですので、販売の仕事をお願いします」


 いくら貴族といっても、頼むとしたら役職の上の人に頼むのが一般的だろう。

 王子が王子だって知っているから、貴族の自分がいいと思ったんだろうけど。


「平民出身の方にはわからないかもしれないですけど、オーナーは王族に対して失礼だと思いますわ」


 あんたは職場のオーナーに対して失礼だよと言いたいのを飲み込む。

 クスッと笑ったのは王子だ。


「いや、失礼。お嬢さんはどちらのご令嬢なのかな?」


 ゼフィーさんはきれいなカーテシーで応えた。


「アマン子爵が第3子、ゼフィーヌ・アマンにございます」


「子爵令嬢でしたか。令嬢がこちらでお仕事をされているのですか?」


「父の教えで、上に立つものは使われる者として経験を積むよう、こちらで勉強させていただいております」


「ほう、それは立派だ。では、オーナーの言われる通り、仕事をまっとうしてください。私たちはオーナーから十分もてなしていただいているので、ご心配なく」


 そう王子に言われてしまっては、流石に返す言葉がないようで、


「では、仕事に戻りますが、何かありましたらなんなりとお申し付けくださいね」


 とにこやかに一礼して出ていった。

 ふうと息をついてしまう。

 ランチづくりを再開して、ふたりのお皿をテーブルに。スープとサラダもつける。

 ふたりは上品にランチを食べ始めた。


「お、これはハナがよく使う、マヨもどきだな?」


「そうです」


「先ほどの続きですが、卸業者のところに行くなんて何かあったのですか?」


 ルークさんに手向けられて事情を話すと、王子は「面白そうだ」と感想をいう。

 面白い? こっちは考えるとお腹が痛くなるんですけど。


「もてなしを受けたからな、ハナの護衛をしてやろう」


「は?」


 どこの世界に護衛をかって出る王子がいるんだ? ここにいるか。


「外に出るなら護衛が必要だろう? ちょうどいいじゃないか。私たちの強さは知っているよな? 十分なはずだが」


 そりゃ知ってるよ。ふたりともすっごく強いですよ。でも街中でそんな護衛はいらないんですけれど。まあ、でもホスト役がいなくてここにいるのも嫌なもんかと思って、お願いすることにした。

 って、いつもわたしが外で仕事していても、王子たちは客間でのんびりとしているけどね。


 王子は長年の願いがようやく叶って、一瞬だけ腑抜けた状態になったらしい。ずっといにしえの聖女の解放を願い、叶えるためだけに人生を使ってきていたので、叶ってしまったらどうしたらいいのかわからなくなってしまったそうだ。

 王妃さま問題は、アルバーレンの問題だから詳しくは知らないが、王様に伝えられ、隔離されたところでほぼ軟禁されている感じじゃないかと思う。


 王子は王太子だ。次の王位を授かるものとして求められることがある。結婚、お世継ぎ問題だ。腑抜けているところに、周りから結婚しろと騒ぎ立てられ、キレた。ロダン王子を王太子にして自分は補助にまわることにしたみたいだ。決断してからは早かった。最初にロダン王子の功績を作るために、牧場へのツアー企画をロダン王子の名前で打ち上げた。雛ちゃんたちも何度も牧場に泊まりに来てくれていて、その辺りは雛ちゃんから聞いたんだけど。

 雛ちゃんは詰まるところロダン王子に惹かれている。が、王妃になるのはイヤ。異世界人に王妃が務まるわけないと嫌がっている。でもその捉え方をするのは雛ちゃんひとりだけで、どんな高位な貴族のご令嬢よりも、聖女というだけでもうトップステータスだ。雛ちゃんが外交しようとしなくても聖女である雛ちゃんがいるアルバーレンと誰もが友好的になりたいはずだ。

 それにどんなに雛ちゃんが嫌がろうが、もう外堀が埋められている。王子がロダン王子と雛ちゃんを次期国王と王妃にと決めた時に、全ては決定事項になったのだ。


 王子はそうやって企てをじわじわと浸透させながら、2週間に一度は牧場を訪れる。ルークさんも一緒だ。一度ルークさんに聞いてみた。ルークさんは王子が王になるのを望んでいたと思うから。王太子だから王子付きになったのに、それが第二王子が王となっていいのかと。

 ルークさんは言った。王になるべきだと思っていたけれど、側から見て辛い生き方をしているように見えていたので、そうではなくなったのが嬉しいのだと。王子が治める国も見てみたかったが、王子が自由に動けることの方が自分は嬉しいみたいだと。ルークさんは王太子だから王子が気に入っていたのではなく、王子という人が気に入ってたんだね。


 クーとミミは今日はゲンちゃんが来るそうなので、家にいるとのこと。干からびそうになっていた亀のゲンちゃんは、四神獣、玄武の子供だった。牧場の池のお水が気に入ったとかで、たまに来ているのを見かける。ゲンちゃんだけでなく、あのよく来る灰色の鳥も実は神獣じゃないかと疑っている。ディアーナお姉さんの手配した池だ。神獣が好む何かがあるのかも。クーとミミも黄虎もあの池がお気に入りだからね。


 わたしはセグウェイで行こうと思っていたのだが、馬で行くことになった。わたしは乗馬が得意ではないのでルークさんに乗せてもらうことに。

 パズーさんたちに挨拶をして、3人で街へと赴く。ふたりが馬を走らせれば街まではあっという間だった。

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