第204話 とある女性騎士の独白

(Side ???)


「おい、本当に、大丈夫なのか?


こんなに、奥まで来てしまって…」


男性騎士が、声を震わせました。



「大丈夫ですよ。私たちには、最強の『護衛』がついているんですから」


私は、彼を励ますように、きっぱりと言いました。



「でも、『護衛』なんて、どこにいるのよ…」


女性の魔道士が、きょろきょろと探しています。



「探しても、見つからないそうですよ。


目に見えない『護衛』なのだそうですから」


苦笑しながら答えました。


言ってる自分も、正直、意味がわかりません。



「その『通信魔道具』には、たしかに、そう書いてあったんだな?」


騎士長が、私の手元を指差しました。



「おっしゃるとおりです。


『宿舎には戻らず、森の奥へ進め。


目に見えない最強の『護衛』がついている。


だから、安心せよ』


宰相さまからの知らせメールには、そう書かれていました」


私は、手のひらサイズの、薄い板を、みんなに見せました。



「うーん。たしかに、そう書いてあるな…」


「宰相殿の知らせなのだ。間違いないだろう。


だいいち、これほど森の奥に入ったのに、一度も、魔物と出くわしていないのだから」


「そ、それは、そうなのですけど…」



じっさい、ありえないことでした。


今までは、少しでも奥に入れば、たちまち、魔物に襲われていたのですから。



「とにかく、ここいらで、待機だ。


ぜったいに、警戒は怠るな」



「「「「はいっ!」」」」



「それにしても、いったい、何が起きたんだ?


とつぜん、森の奥へ逃げろなんて…。


ふつうは、逆だろうに…」


騎士長が、ぶつぶつと、ひとりごちた時でした。



『陛下からの着信だ、ニャー』



愛らしい声が、森に木霊こだましました。


『通信魔道具』から、聞こえてきた声です。



「かわいい…」


女性魔道士が、うっとりしています。



ぴりぴりしていた空気が、いっしゅんで、なごみました。



「騎士長」


私は、すぐさま、『通信魔道具』を差し出しました。



陛下からの着信には、騎士長が対応する決まりです。


すでに、『通話あいこん』は、押してあります。



「お、おう」


ちょっと、困ったような顔で、彼は、『通信魔道具』を受け取りました。


そして、魔道具を耳に当てながら、私に、たずねました。


「こ、こ、こうすれば、いいんだった…な?」



「はい。それで、通話ができるはずです」



__なるほど



答えながら、私は、思いました。


これが、『でじたるでばいど』なのですね。



『通信魔道具研修会』で、教わりました。


年配者は、一般的に、『通信魔道具』に恐怖する…と。



それゆえ、『通信魔道具』は、私が携行しているのです。


私は、こうみえて、まだ、十代ですから。




騎士長は、やや離れた場所で、陛下と通話しています。


小声で話しているので、内容までは聞き取れませんでしたが…。



「離脱ですと!」



とつぜん、騎士長が、声をあげました。


『離脱』って、どういうことでしょう?


誰が、どこから『離脱』したというのでしょう?



まもなく、通話を終えた騎士長が、戻ってきました。



「騎士長っ! 『離脱』ってどういうことですか!」


すぐさま、男性騎士が、詰め寄りました。



「そりゃあ、お前。決まってるじゃないか…」


にやにやしながら、騎士長が答えました。


「…『お荷物』どもが、帝国を、離脱してくれたんだよ。


そろいも揃って、一斉いっせいにな。


どうやら、裏で、『教主国』が動いていたらしい」



「ほんとうですか!」


わたしも、思わず、声を上げてしまいました。



「『教主国』って、役に立つこともするんだな。見直したぞ!」


男性騎士が、『教主国』を讃えています。


もちろん、皮肉ですが。



「じゃあ、この任務からも、解放されるのね!」



みんなの顔に、しぜんと笑みが浮かびます。


もちろん、わたしも、うれしくてたまりません。




「『始まりの五家』以外は、すべて、離脱したらしい。


そして、『教主国』の連合に加わるそうだ。


もちろん、この領地も、すでに『教主国』にくみしている。


オレたち『派遣部隊』が宿舎に戻ったら、どんな扱いを受けるかわからない。


それで、森の奥へ脱出しろという命令が出たんだ。


この領地の腰抜けどもでは、とても、後を追って来られないからな」



「たしかに、恩を仇で返すのが、得意な連中ですからね。


すぐに、脱出したのは、正解でした」


男性騎士が、しきりにうなずいています。



「でも、これから、どうするのですか?」


率直に尋ねました。



このまま、森の奥で、待機しているにも、限界があります。


まず、食料の手持ちが、ほとんどありません。



「ああ。それも、心配ない。


陛下が、『迎え』を寄越してくれたそうだからな」



「迎えって? こんな森の奥にですか?」


「いま、我々が無事なのも、奇跡みたいなものですよ」


「こんなところに、迎えに来られる者がいるんですか?」



思い当たる方が、いないわけではありません。



「『戦姫さま』よ! きっと、『戦姫ソフィアさま』が来てくださるんだわ!」



女性魔道士も、同じことを考えていたようです。



しかし、騎士長は、首を振りました。


「お前たちの気持ちはわかるが、『戦姫さま』ではないそうだ」



「では、誰が、こんな森の奥に来てくれるのですか?」


そう、尋ねたときでした。



「待たせたな」



そっけない声とともに、とつぜん、目の前に、ひとりの少年が現れました。



銀色の髪に、赤い瞳。


見覚えのある、目つきの悪い少年でした。



「ああ…そうだった。 先に、『報酬』を渡さないと…」


彼は、私たちなどそっちのけにして、板のようなものを取り出しました。



手のひらサイズの黒い板です。


でも、『通信用魔道具』ではありません。


なんだか、甘い香りがする気がします。



彼は、それを、虚空に向かって差し出しました。


まるで、そこに、『何か』がいる…かのように。



__え?



ほんの一瞬のことです。


その黒い板が、ぱっと消えました。



「な、何をしたの?」


思わず、彼に、たずねてしまいました。


それも、タメ口で…。



「…ん? 報酬を渡したんだが…。


お前たちを、今まで、『護衛』してくれた報酬だ」



__護衛?



私は、はっとしました。


「ま、まさか、『護衛』って…」



「『妖精』に決まっている。


頼んだら、すぐに、引き受けてくれた。


森は、『妖精』たちのテリトリーだからな。


すぐに、お前たちを見つけてくれたぞ」



__妖精に頼んだ?



あまりにも、突拍子のない話です。


わたしは、もちろん。


騎士長ですら、言葉が出ませんでした。



「…って。 なんだ、お前だったのか。


最後の最後に見つかるとはな。 けっこう、探したぞ」



「えっ? わ、わたしを、探してくださったのですか?」



「たまたま、ソフィアが、お前も、『派遣』されていると知ってな。


ずいぶん心配していたから、オレが、迎えに来たんだ」



「私を…ですか?」



とても、信じられないことでした。


あのソフィアさまが、私を、心配してくださったなんて…。



「彼とは、知り合いなのかね?」



ようやく、我に返ったのか。


騎士長が、私に、尋ねました。



「は、はい。 以前、帝都近くの峠で、お話させていただいたことがあります。


ソフィアさまのご婚約者さまです。


たしか、この度は、辺境伯のご令嬢さまとも、ご婚約されたとか…」


確かめるようとして、彼を見ると、なぜか、目を反らされてしまいました。



意外と、恥ずかしがりやさん、なのかも知れません。


態度や目つきからは、想像もつきませんけれど…。



「帝都近くの峠か。……なるほど、な」


騎士長は、かるく、うなずいただけでした。



『峠のワイバーン討伐』の件は、箝口令かんこうれいが敷かれています。


だから、余計なことを言わなかったのだと思います。


たとえ、ここにいる『派遣部隊』が、侯爵家の身内ばかりだとしても。



「ほかの連中は、すでに、帝都に戻っている。


お前たちが、最後だ。


長居は無用だ。 話なら、帝都に戻ってからにしてくれ」



たしかに、彼の言うとおりです。


婚約のことを話すのが、面倒だったのでしょうけれど。



「で、でも…」


「いったい、どうやって…」



わたしたちが、戸惑っていると、彼は、小さな魔道具を取り出しました。



バシュ



くぐもった音ととも、周囲の光景が、いっしゅんで変わりました。



広大な緑の絨毯じゅうたんに、白亜の宮殿。


私たちは、すでに、帝城の中庭に、立っていました。



そして、彼は、いつのまにか、とんずらしていました。


私たちの、命の恩人なのに…。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る