第98話 帝城

「たしかに、聖女は、届けた。


オレは、これで、失礼する。


じつは、皇帝の孫も、回収してきたんだ。


これから、そっちも届けなければならんからな」



「そうか。さぞかし、皇帝陛下もご心配されているだろう。


はやく、届けてやって欲しい」



「へえ。人質にしたいとは、言わないんだ」



「まさか。シュウくんが、届けると言っているのに。


わたしが、口を出せるはずがない。


それに、家族を失う悲しみは、誰も同じだろう?」



__なるほどね



このひとは、そういう人か。


平民の学校を作って、すべて無償にしたのは、伊達だてじゃないんだ。



ついさっきは、娘に思い切り足を踏まれていたけど。





公爵家のひとたちと別れて、すこし離れてから【帰還】した。


もう『聖女』に知られちゃったけど、まあ、いちおうね。








【卵ハウス】の玄関に到着。



二階に上がると、みんなで、夕食を食べていた。


もちろん、男の子もいっしょだ。



__ここは?



ふと、透過した壁の向こうを見た。



【聖域】じゃない?



今、【卵ハウス】は、森の上空を移動していた。



「おかえりなさい、なのです」


「おかえりなの!」



ルリたちが、まっさきに、ぼくに気づいた。かわいい。



「もしかして、帝国に向かってるのか?」



「ええ。早く、届けてあげたほうがいいでしょう」


「それに、馬車じゃ、ちょっとムリっぽいからね」



隠蔽モードで、上空を移動するのが、いちばんだ。


このまま、帝城まで、行くつもりなんだね。



「ぼくのために、ごめんなさい」


男の子が、ぺこりと頭を下げた。



__おや?



どうして、女の子の服なんか、着てるんだろう。


ルリやヒスイなみに、かわいいから、びっくりだ。



__みんなに、着せ替え人形にされた?



「ルリちゃんたちが、すぐに気づいたんだよ」


「それで、いっしょにお風呂にはいって、着替えさせてみたんです」



__気づいたって?



それじゃあ。



「はい。ぼくは、ほんとうは女の子なんです。


でも、男の子のふりをしていないとダメって言われて」



男の子が、もじもじしながら言った。


いや。女の子か。




「むしろ、継承争いに巻き込まれやすいんじゃないのか?」


「でも、女の子だと、いくらお姫様でも政略の道具だよ」



「男の子のふりをさせて、継承順位を上げたほうが、無難かもしれませんよ。


手を出せば、皇帝に報復されるとわかりますから」



「そこまで、大切な孫ってわけか……」




まるで、実の子供である親よりも、大事されてるみたいじゃないか。



__はっ



そういうことか。



みんな、困ったような顔をして、目を反らしている。


気づいていなかったのは、ぼくだけか。






皇帝の孫娘は、嬉しそうに、階段を駆け上がって行った。


ビアンカが、おとなしく抱っこされている。



今夜は、みんな、ソフィアの部屋で寝るらしい。


ほんとうに『みんな』だ。



__男は、ぼくだけってことか



あらためて、思い知らされた気がした。


ビアンカとヴァイスも、メスだって話だし。



もちろん、たしかめる気はないよ。


めちゃくちゃ噛みつかれるだけだもの。




ぼくは、とぼとぼと一階に降りた。


一階と三階の距離が、いっそう遠くなった気がした。




__そういえば!




カラスがいた。



カラスは、どっちなんだろう。


いかにも、オスっぽいよね。



__よし



今度、聞いてみよう。



ぼくは、なけなしの希望にすがって、眠りについた。







翌日の早朝。



ぼくたちは、帝城の真ん前にいた。



眼下には、騎士がずらりと並んでいるし。


魔道士の姿も、あちこちに見える。



さすが、帝国の本拠地。


警備は、厳重。


練度も高そうに見えた。



でも、隠蔽モードだからね。


もちろん、だれも気づいていないよ。



石でもぶつけられたら、バレるかもしれない。


物理的には、存在しているんだから。



でも、魔物ですら、気づかないんだよ。


ニンゲンごときが、気づくはずないよね。




眼の前の帝城を見ながら、孫娘が、ぽつりと言った。




「これじゃあ、いつでも、帝国を滅ぼせるじゃないですか。


世界で、いちばん強いのは、お祖父様じゃなかったんだ……」



帰ってきたから、喜んで飛び跳ねるのかと思ったのに。


なにやら、ぶつぶつと、物騒なことを言っている。



やっぱり、カエルの孫は、カエルってこと?



いや。カエルなら、飛び跳ねてる?




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