第85話 初講義

日本でいう始業式は、昨日、行われたらしい。


そして、カンタンなオリエンテーションの後、下校となったそうだ。



だから、講義は、今日が初日。



すでに、時間割は、渡されていた。


だから、ちゃんと準備はしてあるんだ。



ぼくたちを入れても、たったの七人。


だから、ぜんいん、一番前の席に座っていた。



ぼくたちが、ノートや筆記用具を出すと、みんなの視線が集まった。



「三人とも、収納持ちかよ。すげえな」


ドワーフ男子が、感心していた。




一時間目の授業は、数学だった。


小学校レベルかな?


でも、今どきの小学生なら、もっと難しい問題でも解けるだろう。



アネットは、帝国魔法学院のエリート。


ソフィアも、両親や祖父母が、家庭教師をしていたらしい。


ハイ・エルフの教育だよ。


きっと、ハイ・レベルだと思う。シャレとかじゃなくて。


だから、ふたりとも、まったく、問題はないようだった。



むしろ、カンタンすぎるのか。


ちょっとだけ、退屈そうにしている。




講義の形式は、日本と変わらない。


講師が、説明しながら板書して、それを書き写すだけだ。


まあ、これが、基本だし、普遍だよね。



さらさらとノートをとっていると、また、視線が集まった。



「お嬢様、見てください。


鬼畜のヤツ、インクもつけずに書いていますよ。


アレで、字が書けると思ってるんでしょうか。


バカなヤツですね」



とてつもなく、口が悪いようだ。


でも、相手にする必要もない。



ぼくが無視していると、アネットがノートを見せていた。



「このペンはね。インクなしでも書けるんだよ」



「まあ、ほんとうですわね。知らなかったとはいえ……。


侍女が、失礼なことを言ってしまいました。


申し訳ありません」



令嬢が、立ち上がって、深々と頭を下げた。


侍女は、悔しそうな顔で、ぼくを睨んでいる。



とてつもなく、頭がおかしいようだ。


相手にしないようにしよう。




この世界にも、黒板とチョークがあった。


講師は、いちおう、三色くらいのチョークを使っていた。



せっかく、カラー芯も作ったんだ。


もったいないから、そっちも使おう。



板書と同じ色で、書いていたら、また、侍女がぶちぶち言い出した。



「お嬢様、見てください。


鬼畜のヤツ、ノートに色塗りしてますよ。


お絵描きの時間とでも、思ってるんでしょうかね。


ほんと、ガキですね」



また、的外れなことを言っていた。


相手にしたら、バカが伝染するかもしれない。



無視してたら、また、アネットがノートを見せていた。



「このペンはね。いろんな色があるんだよ。


だから、黒板に書いた色と、同じ色でノートしてるの」



「まあ、ほんとうに、キレイな色ですわ。


侍女が、また、勘違いしたようです。


なんと、お詫びすればよいのか……」



令嬢が、ふたたび立ち上がって、深々と頭を下げた。


侍女は、恐ろしい顔で、ぼくを睨んでいる。



あの顔を見ただけで、呪われそうだ。


ぜったいに、見ないようにしよう。



貴族令嬢の侍女だからね。


ふつうにしていれば、けっこうかわいいんだよ。


まあ、ふつうでいられないところが、狂ってる証拠だよね。



でも、食って掛かるのは、ぼくにだけ?


どうして、あんなに、ぼくを目のかたきにするんだろう?




それに、どうして、令嬢は、あんな狂った侍女を連れているんだろう?




侍女に絡まれながらも、一時間目が終了した。



二時間目は、実技。


いよいよ、魔法の演習だ。



理論的なことは、夏休み前に習ったらしい。


だから、今期は、実技中心になるようだ。



特に、着替えることもなく。


みんなで、外に出た。





外には、広大なグランドがあった。


グランドの端には、まとがずらりと並んでいる。



その的に向かって、魔法を撃ち込んでいる学生が、15人くらいいた。


隣のクラスの学生らしい。



隣といっても、物理的に、かなり離れている。


ていうか。このクラスって、まるで、隔離されてるみたいだ。


ほかのクラスまで、けっこうな距離があるから。



ぼくらが、グランドに入ると、視線が集まった。



「見ろよ。今朝のエルフだぞ。ほんとにすげえ美人だな」


「やっぱり、ワケありクラスだったんだな」


「でも、エルフが二人もいるんだぞ。うらやましいな」





隣のクラスに気を取られていると、こっちの実習が始まった。



「それじゃあ、風魔法からいきましょうか。


そうね。最初は、風刃でやってみましょう」



美人の講師が、まず、実演してみせた。



一度目。風の刃が、まっすぐ飛んでいき、的の中心に当たった。


二度目。今度は、回り込むように飛んでいき、やはり中心に当たった。



「こんなものかしらね。


風刃は、できるだけ、大きな弧を描くようにしてね。


視界の外から、飛んでくると、ちょっと怖いでしょう」



そんな説明をしていた。



__なるほど



ようするに、野球の『カーブ』だな。


外側から、体めがけて飛んでくる気がすると、のけぞってしまう。


あの感じと同じなんだろう。



でも、魔法の場合は、相手に当てるのが目的。


だから、すべて『デッドボール』。



つまり、『カーブで、デッドボール』だな。



みんな練習を始めた。



やはり、大きな弧を描くようにすると、的を外してしまう。



「ちぇ、ダメか」


ドワーフ男子が、悔しそうに言った。



ソフィアは、もちろん。


アネットも、大きな弧を描きながら、次々と的の中心に当てていた。



「見ろよ、あの子たち!」


「おおっ、すげえな!」



なぜか、他のクラスから歓声が上がっていた。



「やるわね」


担任も、感心している。



もちろん、ふたりとも、かなりの実力者だ。


でも、『指輪』をしている。


【偽装アイテム】のことだ。



アレには、【眷属化】というオマケがついている。


つまり、一時的に、ぼくの眷属になるんだ。



眷属になると、ぼくと同じ加護がつく。


そのなかのひとつに【的中】がある。



撃てば当たる加護。


いや、当てないことが不可能な加護と言ってもいい。



これは、女神から、授かった加護だ。


だから、『ズル』じゃないよね?





みんなの魔法を見ていたら、なんとなくできそうな気がした。


以前、ソフィアが言っていたとおりだ。


ぼくは、見ただけでOKな体質かもしれない。ありがたい。



ぼくは、『銃』を構えた。



「何だ、ソレ?」


ドワーフ男子が、駆け寄ってきた。



別に、危ないわけじゃない。


だから、構わず撃った。


的から、45度くらい、外している。



「くくくっ。お嬢様、ご覧ください。


鬼畜のやつ、とんでもない方向に撃ってますよ。


下手くそですね」



また、侍女の声が聞こえてきた。



しかし、風刃は、しゅるしゅると大きく弧を描く。


そして、吸い込まれるように、ぼくの正面の的に当たった。



__うん



これが、野球なら、まるで横から飛んで来るように見えたかも。



「…………」



いっしゅん、あたりが静まり返った。


みんな、あんぐりと口をあけている。



もちろん、ソフィアとアネットだけは、呆れた顔をしていた。



__もしかして、チートすぎた?



そんなことないよね?



なんなら、的に背中を向けて、反対側に撃ってもいい。


ぎゅーんって、180度カーブして、当たるはずだ。



いや。やらないよ。そこまでは。



今のところは、ね。




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