第72話 クマの里
「町へ行っても、入れてもらえないのです。クマ」
事情は、このひとことに尽きていた。
「町の連中の気が知れんな」
いったい、どういう神経をしているんだろう。
こんなファンシー獣人を拒絶するなんて。
ぬいぐるみを愛でる文化を、知らないのだろうか?
うちの四人娘は、子グマの取り合いをしているというのに。
「でも、ときどき、偉い人が、薬とか持って来てくれる!クマ」
このあたりで一番偉い貴族らしい。
家族連れで、定期的に来てくれるのだそうだ。
だが、今回は、予定の日を、だいぶ過ぎているという。
それで、毒消しが切れたようだ。
毒消しのお礼に、お魚をたくさんもらった。
クマの里は、共同体意識が強いらしい。
『里のクマが世話になった。クマ』
そういって、里中のクマが、お魚を持ってきた。
といっても、15世帯くらいだが。
魚といっても、シャケばっかりじゃないよ。
もちろん、シャケもあったけど。
貰いっぱなしは性に合わない。
クマといえば、蜂蜜だと思う。
しかし、今のレベルでは、蜂蜜は、高濃度すぎた。
今日ほど、レベルの低さを悔いた日はなかった。
「何か、ほしいものはないか?」
尋ねたら、即答された。
「し、白いパンが食べたい!クマ」
パンなら【卵ハウスの倉庫】に売るほどある。
もちろん、売らないが。
ドワーフ、エルフの両方から、貰っているからだ。
まず、クマたちに、ふわふわの白パンを配った。
「こ、これは、まさしく、白いパン!クマ」
みんな、号泣しながら食べていた。
それから、小麦粉とドライイーストを配った。
パン焼き
クマたち自身で、ふわふわ白パンが焼けるようになるのが、いちばんだ。
クマたちは、洞窟で暮らしていた。
切り立った崖に、洞窟があるんだ。
もちろん、ドワーフとは比較にならない。
でも、それなりに、文化的な暮らしだ。
パン焼き窯もあるんだからね。
まるで、巨大な蟻の巣のような洞窟だった。
だから、15世帯で暮らしていても、広々としていた。
じつは、クマたちとは、これからも、物々交換することにした。
もちろん、お魚と、だよ。
せっかく、魚を獲ってもらうんだ。
イキが下がるともったいない。
だから、『氷室』を作ることにした。
洞窟のなかに、巨大な氷の箱を作った。
『氷室』というより、『冷凍庫』に近いかもしれない。
ぼくの作った氷は、魔力のせいで溶けない。
それを伝えたら、リクエストされた。
「できれば、ウチにもひとつ欲しい。クマ」
「こんな氷があったら、毎日、涼しく暮らせる。クマ」
「お願いします。クマ」
着ぐるみ集団に、懇願された。
__なるほど
やはり、あのゴージャスな毛皮は、脱着不可らしい。
背中ファスナー説は、完全に否定されたのか?
もちろん、ぼくは、快諾。
___むむむっ!
今度は、四角い氷に挑戦した。
丸いと転がるかもしれない。
かわいいテディベアが潰れたら、ぼくは、自分を許せないだろう。
四人娘から、どんな罰を受けるか、想像もつかないし……。
1メートルほどの立方体ができた。
現状では、四角くするだけで精一杯。
だから、重量は、1トンほどあると思う。
しかし、さすが、クマの着ぐるみ集団。
みんな、軽々と抱えて、自宅に運んでいった。
きっと、天然の冷房装置として活躍してくれるだろう。
「おいしいものを、ありがとう。クマ」
「今日から、涼しく暮らせる。クマ」
「魚のことは任せて欲しい。たくさん採っておく。クマ」
「目つきの怖いお兄ちゃん、また来てね!クマ」
15世帯の、着ぐるみ集団が、ずっと手を振って見送ってくれた。
まるで、イベントスタッフに、見送られているようだ。
ぼくは、子どもの頃に行った遊園地を思い出した。
そして、また来ようと思った。
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