第49話 峠(1)

ぼくたちも、帝都に向けて出発。


峠が近くなると、多少、混み合うらしい。


なかなか、登れなくて詰まったりするのかな?




とにかく、また、ゆっくり走ることにした。


混み合ってる場所に、わざわざ急ぐのも馬鹿げている。



ゆっくりだと、遊びに行きたくなるらしい。


さっそく、ちびたちが、飛び出して行った。



ぼくは、魔法の練習を始めた。


【氷礫】をパチンコ玉サイズにする練習だ。


はやく、できるようにならないかなと思う。


そして、別の魔法も使ってみたい。



馬車は、坂道をのんびり登っていた。


眼下に、昨日の湖が見える。


相変わらず、エメラルドグリーンに輝いていた。



「すこし、馬車が詰まってきましたね」


ソフィアのいうとおりだった。


曲がりくねった坂に、馬車がちらほら見える。


パワー不足で、速度が落ちているのだろうか。



馬車は、そのうち、のろのろ走行になった。


そして、やがて、停止した。



「いくらなんでも、止まるのはおかしいよ」


「そうですね。 山頂で、トラブルでもあったのでしょうか?」



そんな話をしていたら、外から声が聞こえた。


「アネットちゃーん」



二階の幌は開けてある。


立ち上がって外を見たら、また、エミリー嬢がいた。


女性の騎士の馬に、乗せてもらっている。



「どうしたの、エミリーちゃん?」


「あのね。 ベティちゃんたちが、来てほしいって言ってるの。


侯爵家の騎士たちが先導するから、馬車ごとでいいんだけど」


ベティちゃんというのは、侯爵令嬢のことだ。


『たち』と言ったから、赤髪や桃髪の子もいるんだろう。



「行くのはいい。 


だが、オレは、ソフィアには、何もさせる気はないぞ。 


それでもいいのか?」


釘を差してみた。



「えっ……」


案の定、言葉に詰まった。



大方、ソフィアに頼んで、何とかしてもらおうと思っていたんだろう。


もう、そういう考え方は、やめさせないとダメだ。



ここは、紛れもなく帝国領。


自国の問題は、自国で解決する。 


それは、当たり前のことだ。



「ソフィアは、ハイエルフの皇女だぞ。


いいかげん、ソフィアをあてにするのはやめろ。


お前は、帝国の皇女に、同じように頼みごとができるのか?


自国の皇女にも言えないことを、ハイエルフの皇女に平気で言う。


それは、無礼なことじゃないのか?」



「…………」


エミリー嬢は、顔を伏せたまま、黙り込んでしまった。



彼女を乗せていた女性騎士が、代わって返答した。


「まことに、もうしわけございません。


婚約者さまのおっしゃるとおりです。


ただ、このままでは、帝都の民に物資が届きません。


ご相談にだけでも、乗っていただけませんでしょうか?」



若い女性騎士だけど、それなりの役職なんだろう。


ちゃんと、話が通じるようだ。



「わかった。 それなら行ってもいい」


ソフィアもうなずいているから、同行することにした。



待機していた数騎の騎士に先導されて、峠を登った。


坂道には、延々と馬車が並んでいた。



みな、馬車を見て、ぎょっとしている。


二階建ての大型なのに、馬一頭で、すいすい引いているからだろう。



ぼくは、しかたがないので、御者のふりをしていた。


御者がいないと、暴走してると勘違いされるからね。


と言っても、手綱を握ってるだけだけど。



「ソフィアさまにも、ようやく、守ってくれる殿方が現れたのですね」



とつぜん、話しかけられた。


さっきの、若い女性騎士だった。



「エミリー……だったか。 一緒じゃないのか?」


ひとりで、馬に乗っているので、たずねた。



「うふふ。 着替えが必要になりましたので。


さきに、別の馬で、お戻りになりました」


そう言って、にやにや微笑わらっている。



「着替え? 令嬢もたいへんだな。 


こんなところに来てまで、着替えとは」


「やはり、気づいておられないのですね。


あなたのせいですよ。 婚約者さま」


「オレのせい? どうしてだ」



「静かに言って聞かせたつもりなのでしょう。


でも、感情を抑えた分、威圧がかかるのです。


令嬢では、アレに耐えられません。


エミリーさまだから、この程度で済んだのです。


あの方は、見かけによらず気丈な方ですので。


ふつうの令嬢なら、大泣きして、服まで濡らしていたところですよ」



「………………そうか?」


アネットなんて、ぜんぜん平気なのにな。



「アネットさまと比べましたね。


あの方の、お父上は、辺境伯さまですよ。


あの方は、生まれた時から、威圧には慣れっこなのですよ」



__なるほど。



かなり失礼な話だけど、納得だ。



「あのおっさんは、ほんとにガラが悪いからな。


アネットは、小さい頃から苦労してたんだな」


こんどから、アネットには、もっとやさしくしようかな。



「あの辺境伯さまを、そんなふうにおっしゃるのですね。


ほんとうに、噂どおりのお方なのですね。 婚約者さまは」



__どんな噂だよ。



「でも、エミリーさまに、急にやさしく接してはダメですよ。


いま、優しくすると、あなたさまに、コロっと……ひっ!」


とつぜん、女性騎士が、青ざめた。



いつの間にか、ソフィアが、隣に座っていた。


隠れてろって、言っておいたのにな。



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