第10話 籠城戦

 決戦の前に困ったことになった。


 女たちによるといよいよイレの出産が間近で、いつ産まれてもおかしくないとのことだった。

 出産に必要な物品は全て揃えてあったし、女たちはみんな出産に立ち会ったり、子を取り上げた経験があった。

 今すぐゲッターにできることは何もないのだが、そわそわするのを止めることが出来なかった。

 アイナもオロオロしたり、しきりにイレを励ましたりしてアルに「アイナおちついて」と宥められていた。


 村のゴブリンの襲来にイレの出産が重なってゲッターは落ち着かなかった。どっちでもいいから早く来てくれと思いながら過ごしていると先に来たのは村のゴブリンたちであった。


 ある時「ガツーン」と大きな音がして森から一斉に鳥たちが飛び立った。

 洞窟に至る獣道に設置していた罠が作動したのだ。

 櫓で見張りをしていたアッグが「きたぞ」と叫び、村全体に警告を発した。

 女たちは洞窟に移動して、ゲッターたちは所定の位置に着いた。


 ゲッターは櫓の上で装備や予備の矢などの物品を確認すると他のみんなの様子を見た。

 意外とゴブリンたちは落ち着いていて、アイナの方がイレの様子が気になるのかそわそわと洞窟を気にしていた。

 アイナのそんな姿を見てゲッターは逆に落ち着いて、森の様子を静かに確認することが出来た。


 しばらくするとゴブリンたちの先頭が森から現れた。

 ゴブリンたちは後続を待つようですぐには攻めてこず、塀を囲むように広がっていった。

 こちらも自分たちからは仕掛けずに様子を伺った。


 50人ほどのゴブリンが森から出たその後にひときわ目立つ兜を被り、大きな斧を持ったゴブリンが現れた。

 そのゴブリンを見つけたガプロが大きな声で話しかけた。


「村長よ。無駄な犠牲を出さないためにも村長の座を賭けて勝負しろ」と前置きもなく言った。

 それを聞いた村長は「オマエトノショウブハ…スデニスンデイル」と言って不敵に笑った。

「勝負をするのは私ではない。ここにいるゲッター殿がお前と村長の座を賭けて勝負する」とガプロはゲッターを指差しながらいった。

 それを聞いたゴブリンたちは「オー」と言って騒ぎ出した。緊張と興奮が村全体を包み込んだ。

 それを鎮めるためか一際声を大きくして村長は叫んだ。

「ニンゲンハ…ソンチョウニナレナイ。ソイツトハ…ショウブデキナイ」と斧を振り回しながら言った。

「私たちはすでにゲッター殿を受け入れているし、ゲッター殿も我々ゴブリンを受け入れている。それにしきたりには人間は村長になれないとは言われていないはずだ」

と今度はガプロが不敵に笑った。


 これがゲッターがガプロたちみんなと話し合って決めた今回の争いの落とし所だ。

 最初ゲッターはガプロが村長になるべきだと考えていたが、ガプロから「新しい時代を作るべきです」と説得され受け入れた。


 村長は「ソンナノ…ミトメラレナイ」と言うとゴブリンたちに進撃の合図を出した。

 それを見てゲッターもカプルたちに攻撃開始の合図を出した。


 村のゴブリンたちは総勢70人ほどだった。

 村の男は全員で150人くらいとのことだったので約半数が来ている。

 先の偵察でかなり怪我人が出たし、戦闘が苦手な者もいるだろう。なのでおよそ戦力になる者全員で来たと思われた。


 ゴブリンたちは塀を越えるために梯子を用意していた。

 梯子を抱えたゴブリンたちが塀に向かって走ってくるのをゲッターたちが弓で邪魔をする。


 アイナは今はガプロの櫓に一緒に登って攻撃していた。


 ゲッターはジュアに「梯子をかけて塀を越えようとしている」と外の状況を伝えた。


 数に差があるためすぐにゴブリンたちに塀に取りつかれた。

 ゴブリンたちは門を壊そうとする者と梯子で塀を乗り越えようとする者に分かれていた。

 梯子が架けられたのでジュアが槍で梯子を倒そうとしていたのでゲッターは止めさせた。

 梯子は2本架けられたが「上がってくる者を1人ずつ倒せばいい」と冷静に判断した。


 門は厚く補強もしてあったので、ゴブリンたちが石の斧で壊そうとしても、何人もで体当たりしてもびくともしていなかった。


 ゴブリンたちの弓隊が出てきたので、ゲッターは「弓隊だ。警戒しろ」とみんなに注意を促してジュアに少し下がるよう指示を出した。

 弓隊の第一射は何本かは櫓に当たったがゲッターたちに被害はなかった。

 逆にゲッターとアイナの矢は確実に敵を捉え、虎の子の弓隊はすぐに全滅してしまった。

 弓隊が全滅するといくら攻撃してもびくともしない門と、梯子を登っても1人づつ射られるだけの状況に、村のゴブリンたちの士気が一気に下がった

 そんな時だった。


 エラが大きなお腹を抱えてアイナのいる櫓に駆け寄ってきた。

 気づいたアイナが「エラ危ないよ。下がって」と叫ぶとエラが「アイナ!うまれる!」と叫び返した。

 それを聞いたアイナは一瞬まわりを見渡して状況を確認した後、ゲッターに「すみません。後は任せます」と言って櫓から飛び降りた。

 アイナは見事な着地を見せると、エラと手を繋いで洞窟に走っていった。


 あっという間の出来事にゲッターたちは一瞬ポカンとしてしまったがすぐに気を取り直した。

 ゲッターは「勝負をつけるか」と呟くと村長を狙って素早く矢を放った。

 ゲッターの矢は狙い通りに村長を掠めてその後ろの木に刺さった。

 狼狽する村長に向かって「村長の座を賭けて一対一で勝負しようではないか」と叫んだ。

 それを聞いた村長は悔しそうに歯を食いしばると、ゴブリンたちに攻撃中止の指示を出した。

 ゴブリンたちが引き始めたのでこちらも攻撃を止めた。

 ゴブリンたちが森まで下がると、ゲッターはカプルとアッグに櫓の上で見張りをするように指示を出し、ガプロと2人で門を開けた。

 門の前には村長が1人で待っていた。

 なのでゲッターも1人で門を出て村長のところに向かった。

 両軍は一旦静まり返り、ゲッターと村長の一騎打ちの場が整えられた。


 村長はゴブリンなのでゲッターより一つ背が低い。ただ肩幅は広く胸板も厚かった。斧は大きくて両手でも片手でも使えるもので、いわゆるバトルアックスと呼ばれるものだった。

 ガプロが使うものは片手斧でいわゆるハンドアックスと呼ばれるものだ。バトルアックスに対してハンドアックスでは相性が悪いから、ガプロが負けたのも仕方ないのかなとゲッターは考えた。


 村長はバトルアックスを胸の前で掲げると「ムラオサノザヲカケル。セイセイドウドウトタタカウトチカウ」と礼をした。

 それを見たゲッターも両手でロングソードを胸の前で掲げ「村長の座を賭ける。正々堂々と戦うことを誓う」と言って礼をした。

 2人は武器を構えて睨み合った。


 ゲッターは村長の力量を見極めるため、慎重に動いた。

 まず牽制のために村長の肩口を狙って攻撃した。

 村長はゲッターの攻撃をバトルアックスで強く弾くと、横薙ぎにゲッターの胴を攻撃してきた。

 ゲッターはロングソードを強く弾かれたがバランスをとって体勢を直した。

 そしてバトルアックスの一撃は後ろに飛んでかわして間合いを取った。

 村長もむやみに追撃はせずまた睨み合いとなった。


 お互いにジリジリと慎重に間合いを計っていく。


 次に動いたのは村長だった。

 バトルアックスを振りかぶるとゲッターの頭めがけて振り降りした。

 ゲッターは身を捩って村長の攻撃をかわしながらバトルアックスを持つ手を攻撃した。

 ロングソードは村長の右手首に当たって骨を砕いた。しかし村長はバトルアックスを取り落とすことなく左手のみで振りかぶると攻撃してきた。

 ゲッターはバトルアックスを強く弾くとそのまま村長の喉元を攻撃し、当たる寸前で止めた。

 攻撃を弾かれた村長は左手だけでは握っていられず、飛ばされてしまったバトルアックスは村長の背後に落ちた。


「勝負あり」


 ガプロが声をかけると村長はその場に座り込んだ。

 ゲッターは最初の攻撃に対するやり取りで、村長の力量を正確に測っていた。あとは殺さないようにするために相手の隙を伺っていたのだ。


 カプルとアッグは櫓の上で飛び上がって喜んだ。

 ジュアは拍手をして「すごい、すごい」と連発しており、ガプロは涙ぐんでいるようだった。

 ゴブリンたちは座り込む者悔しがっている者、泣いている者色々だった。


 ゲッターは腰に剣を戻すと村長に「大丈夫か」と聞いた。

 村長は一瞬顔を上げてゲッターを見たが、すぐに俯いて「コロセ」と言った。

 ゲッターが「嫌だよ」と返事したので村長はびっくりして顔を上げた。

「これから村をどんどん大きくするのだから、力の強い者にはいてもらわないとね」とゲッターは笑顔で続けた。

「オレタチヲ…リヨウスルノカ?」と村長は聞いた。

「私の住む村を大きくしてもらうのを手伝ってもらうのだから、利用していると言えるのかもな。でもみんなで一緒に作っていくぞ。みんなで住む村なのだからな」

 ゲッターは力強く言った。

「ニンゲンハ…ミンナアナタミタイナノカ?」と村長は聞いてきた。

「人間もいろんな人がいるよ。ゴブリンもそうだろ?」とゲッターは答えた。

「オレハ…ニンゲンヲシラナカッタ」と村長が言うのでゲッターも「私もゴブリンを知らなかったよ。実は今もまだよくわかっていないと思う。だから君が教えてくれ」と言って手を差し出した。すると村長はその手を握って立ち上がった。

「コレカラ…ヨロシクナ」と言うので「よろしく頼む」とゲッターが笑顔で言ったら村長も笑ってくれた。

「君に名前をつけていいかな?」とゲッターが言うと村長は一瞬不思議そうな顔をして「イイゾ」と答えてくれた。

 ゲッターは「ミロスはどうだ?古い神話に出てくる戦士の神の名前だ」と提案した。

「ミロスカ?イイナ」とミロスは笑ったのだった。


 ゲッターはゴブリンたちを集めると負傷者の治療、死体の回収など次々に指示を出した。

 ゴブリンたちは文句も言わずに作業を行った。

 死者は30人を越えていた。

 多くの死者にもう少し早く決着をつければよかったとゲッターは後悔した。

 ひと段落ついたところで休憩とし食糧を振る舞うと、村のゴブリンたちはとても喜んでいた。

 特にジュアの燻製は好評だった。

 村のゴブリンたちはこの後も作業を続け、村へ帰るのは明日となった。


 ある程度片付いたところでゲッターは洞窟の様子を見に行った。

 ずうっとイレの出産が気になっていたのだが行くタイミングを逃して夕方になってしまった。


 洞窟に近づくと赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。無事に産まれたようだ。

 ゲッターとガプロが洞窟に入っていくと横になったイレをみんなで囲んでいた。アルとウタの腕の中にはそれぞれ赤ちゃんが抱かれていた。


 ゲッターたちが入ってきたのに気づいたアイナが振り向くと、その顔は涙でぐしゃぐしゃだった。

 アイナは立ち上がるとさらに泣きながらゲッターたちに近づいてきて一気に捲し立てた。

「イレはすごいがんばったんです。ずうっと顔を真っ赤にしていっぱいいきんで長い時間をかけてやっと2人を産んだんです。私は何も出来ずに手を握ってあげるだけだったんですけどその手もすごい力で握られて。やっぱり時間がかかったけどやっと産まれたんです。あんなにがんばったけどアルはとても安産だったって言うんですよ。イレがいっぱいがんばったから安産だったんですね。ほんと無事に産まれてよかったです。ゲッター様一騎討ちに勝ったんですか?すっかり忘れてました。それよりも2人ともこっちに来てイレを褒めてあげてください。それに赤ちゃんも見てあげてください」

 アイナはすごい勢いで話を続けると2人の腕をつかんでイレたちの近くに連れてきた。

 イレの横にゲッターと並んで座ったガプロはイレの顔を見てほっとしたのか少し涙ぐんで「よくがんばってくれた。ありがとう」と言った。

 イレも少し涙ぐんで「はい。あなたもおつかれさまでした」とはにかんだあと「おとこのこと、おんなのこですよ」とガプロに報告した。

 2人の姿を見ていたゲッターは感動して涙ぐみ、ほかの女たちは泣き笑いになっていた。


 赤ちゃんが泣きだしたのでアルとウタは立ち上がってあやし始めた。

 それを見たイレは「あなたもゲッターさまもだっこしてあげてください」と言った。

 ゲッターとガプロはあたふたし始めて、手を振って断った。

「私は無理だよ。したことがないからやり方もわからん」とガプロが言うとゲッターも「私もしたことがない」と首を振った。

 それを聞いたアイナが「ガプロ、あなた何人も子ども作っているのにその歳になって赤ちゃんの抱っこもできないの?ゲッター様もこれから村長になるって言うのにそれでいいのですか?」と2人に詰め寄った。

 2人はオロオロして逃げ腰になっている。

 それを見てアルは「まあまあ、まずはふたりともみずあびときがえをしてからだをきれいにしてください。きたないてではあかちゃんをだっこできませんよ」と助け船を出した。

 2人がほっとした様子を見てアイナは「情けないな。新しい時代を作るんでしょう?これからは男たちも子育てできないとね」と言った。

「これからたくさんあかちゃんできるよ」とエラが言うのでゲッターとガプロは2人で声を合わせて「精進します」と言った。

 2人の様子を見て女たちはとてもおかしそうに笑ったのでゲッターとガプロも笑った。


 幸せそうな笑い声に赤ちゃんの泣き声が重なって洞窟内に響いていった。



             ⭐️⭐️⭐️


❤️応援されるととても喜びますのでよかったらお願いします。

励ましのコメントもお待ちしてます。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る