0012 お婆様の真意が、今知りたい


宿場しゅくば町の区画エリアに訳ありの学生が借りられる部屋が少しだけあるのだけど、そこに移る気はないかしら? 食事は、自炊になっちゃうんだけど。そこなら完全に個室だから」


「……はい。王子殿下の婚約者を追いだせませんし、正しい判断で賢明な提案かと」


「アリアさんはどうして自分を否定してしまうの? こんなに素敵な核石があって、見あう心も、魂も持っているというのに。わざと卑下したいわけではないのでしょう?」


「すて、き……? この小さな核石のどこをどう見ればそんな大嘘がつけるのですかっ!? バカにしたいのならはっきりそうしてくださって結構です。慣れていますから」


「違うわ、アリアさん。本当に……」


「やめてくださいっもう、たくさんだわ!」


 私は、疲れていた。大好きな核石。お婆様が褒めてくださったのを信じて生きていた五年は輝いていた。だけど、そのあとは地獄の日々だった。毎日毎日、バカにされて虚仮にされて滑稽こっけいだと笑われて……「お婆様のお義理を真に受けてバカね」と呆れられて。


 あの時ほど消えたい、と思ったことはない。だって、お婆様はブエレラどころかファルメフォン王国で名の知れた魔術師だった。私の魔法の才を褒めてくださった、から。


 だから愚直にバカ正直に「アリアの核石は特別なものよ。世界の宝物ね」と言ってくれたのを誇らしく思ったというのに。死した方に真意をただすことなどできない。でも。


 どうか本当のことを教えてほしい、と何度願ったことか。家族全員に笑われて、家の恥だからと翌年の家族みんなが描かれる肖像しょうぞうから弾かれ、描かれなくなってしまった。


 私の成長記録は五歳まで。もうそれ以降の個別肖像画はニアリスに傾いていたが、兄たちも家の名誉だからと描いてもらっていた。私は必死に言い聞かせた。仕方ないと。


 私の核石が小さいからだ。特別なんかじゃなかった。特別なのはニアリスで私じゃないのにどうして、お婆様は私に目をかけてくださったんだろう。憐憫れんびんか。同情か――?


 いずれにしても、私は、傷ついた。もう傷の数を拾うのがバカバカしいと思えるくらい深く浅く多くこの心に負いすぎてしまった。寮母さんを遮って私は絶叫した。もういやもうたくさんだわっ! 罵りも謗りも嘲笑もお腹はち切れそうなくらい喰らったのよ!


 でも、核石が大きなあいつらに私の痛みを知るすべはない。常に見下され、虚仮にされる苦しさなど味わうこともない。いつだって、そう。素晴らしい姉とみすぼらしい妹。


 それが近所でも有名な私たち姉妹の定評。みっともない、みすぼらしい、貧相どころでないあんな核石にも婚姻を探さなければならないご両親の苦労は大変な重責だなあ。


 これ見よがしにせせら笑っていた。悔しくて、苦しくて、悲しくて、淋しくてならなかった。だから、将来は自立してやろう、と奮起して魔法の勉強に没頭した。ニアリス、姉がお見合いに明け暮れるはたで。ひとり黙々とお婆様の手記をしるべにただひたすら……。


 そして、魔法の技能試験で歴代最優秀の手腕を手にした私だが、だからと期待しないくらいには悟れていたわ。なにを措いてもまず核石が立派でなければならない世界だ。


 実技技能の試験官に師を訊ねられた時、亡くなった祖母の手記に沿って研いたと告げたら驚かれた。が、同時に納得され、それ故ため息をつかれてしまった。視線が射抜く先は胸元の一点。これだけの魔術手腕を持ちながら魔力の根源がこれでは見込みなどと。


 そう、判断された。だから技能の習得証書はくれたけど試験官の視線は外れなかった上に、考えていることだって手に取るようにわかった。憐れだ、不憫ふびんだ。そんな心が。


 なのに、あの田舎からでても同じ奇異に等しい憐れみと蔑みの目で見られるのは辛かった。どうせ、どうせわからない。私の苦しみは私だけのモノなんだから当たり前に。


 もう、もういやだ。大好きな核石でどうしてここまで完膚なきまでに叩きのめされて打ちのめされて追い詰められねばならない。どうして私は常に害されていい存在なの?


「アリアさんっ」


「いや、放っておいて。も、――しにたい」


「……っアリアさん、落ち着いて。違うの。私が守ってあげたいのはあなたなのよ」


「いや、いや、いや、もういや……っ!」


 いや、と小さなこどもが駄々をこねるように繰り返すみっともない私。似合いね?


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