第06話 咲楽子先輩と令和の米騒動(3)

 ──午後九時すぎ。

 咲楽子さん、遅いなぁ。

 お米はとっくに炊き上がってて、カレールーも固まらないよう何度か温め直し。

 あちらは美冬さんと本来の夕食すんでるけれど、こちらはお預け。

 でも、咲楽子さんと向き合ってお食事を考えれば、この空腹もなんのその。


 ──ピロロンッ♪


『行くよっ!』


 ……よしっ、来る!

 速攻で玄関のドアのロックを解除。

 ほぼ同時に咲楽子さんが部屋に飛び込み、よろけながらフローリングに手をついた。


「ふう……ふう……。なっちゃん、遅くなってごめん。美冬が見たい特番あるからって、いままでお風呂入んなくって……」

「あ、いえいえ。いつでも構わないですっ! それじゃあさっそく用意しますね。お口に合うかわかりませんけど、カレー作っておきました!」

「あっ……。カレー……」


 ……咲楽子さんが目を逸らした。

 眉もひそめて、ちょっと迷惑そうな反応。

 パーッと顔を輝かせて、喜んでくれると思ったのに……。


「ごめんっ、なっちゃん! たぶん美冬、テレビ見た分お風呂早めに切り上げるから、カレーの匂い消す時間ないっ! ルーは気持ちだけっ!」

「あ…………」


 そうだ、そうだった。

 咲楽子さんの間食は、匂いキツいものNG。

 お母さんの野菜のチョイスと、一緒に食べたいという願望で、すっかり失念……。


「あ、いえいえ。わたしが勝手に用意しただけなので、気にしないでくださいっ! だったら……おかずはどうします?」

「お米だけ美味しくいただきますっ!」


 キッと表情を引き締めて、顔の前でパンッと合掌の咲楽子さん。

 ああああ……やっぱり、白米オンリーでいけるタイプだったぁ!


「……って、なっちゃん! ごはん最強のお供が、そこにあるじゃない!」

「はい?」


 食器棚を指さした咲楽子さん。

 指はそのままで棚へと駆け、ガラス戸を開けて、を取り出した。


「タナカのふりかけっ! これがあればごはん何杯でもいけちゃうから! 一味ひとあじずつ貰ってもいい?」

「あ、はい。どうぞ……」


 パーッと輝く、咲楽子さん顔。

 言葉の最後のほうは、唾液がたっぷり絡んだ声色。

 ほっ……気まずい雰囲気消えてくれた。

 あと、白米だけを食べる咲楽子さんは、なんとなく見たくなかった。

 ありがとう、お母さん。

 サンキュー、田中食品。

 ……って、咲楽子さんいま、って言いました?


「悪いけれどなっちゃん、時間ないから炊飯器からちょくでいかせてねっ!」


 シンクで水を掛けたしゃもじを右手に、咲楽子さんが炊飯器の蓋を開ける。

 蒸気とともに現れる、水平に並んだ真っ白なお米。

 咲楽子さんの口の端から、その上へポタリと涎が一滴──。


「お久しぶりのライスちゃん……美味しく美味しくいただきます! じゅるるるっ!」


 バトントワリングのようにプラスチック製しゃもじをくるくると回してから、お米が描いた正円へと差し入れる。

 真ん中に縦線を引いて、きっちり左右へと二分割。

 あらかじめ湿らせておいたしゃもじには、お米はくっつかない。

 咲楽子さんはさらに、縦線の上へバツ印状に斜線を二本引いた。

 炊飯器の中のお米が、きっちり六等分。

 タナカのふりかけミニパックも、味は六種類。

 ま、まさか──。


「咲楽子さん、その六等分のごはんに……一袋ずつを?」

「そう! 旅行の友、鰹みりん、のりたま、磯海苔、さけ、たらこ……。連続で楽しんじゃうのっ!」


 そんなピザのよくばりクォーターみたいな食べかたを、ごはんでするなんて……!

 ……っていうか。

 そのごはん、わたしの分も加わってるから一・五合っ!

 頼まれてた分の一・五倍!

 とっ……止めたほうがいいかなっ!?

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