第5話
「なるほど」
ルードは相槌を打ってから壁に目を向け、
「外の景色が見えないのは少し残念だ」
と言った。
風呂から自然を楽しむことができないからだ。
「そうだけど、外からは見えない工夫は欲しいし、田舎の建物だと技術的に難しかったんじゃないかしら」
フェリの返事に夫はうなずく。
「自分で用意するしかないだろうな」
夫の言葉に彼女は眉を動かし、
「浴室を改装するつもり?」
意思を確認する。
「それも一つの手だけど、温泉を掘りたいって言っただろう?」
ルードの言葉を聞いて妻は理解した。
「温泉を掘り当てたらの話ね」
「ああ」
夫は首を縦に振り、
「管理の手間を考えるなら、掘り当てた場所に施設を作るほうがいいはずだ」
と言う。
「給湯管は伸びるほど、維持管理が大変って聞くものね」
フェリは賛成する。
給湯管をここまで伸ばして温泉を引くのと、その場で施設を作る手間とどちらがマシかという話だ。
本来ならその場で施設を建てるのも大変なのだが、彼ら夫婦にこの手の常識は通用しない。
「まあこの近くで掘れるなら話は別なんだが」
とルードが笑うと、
「さすがに可能性はほぼ皆無でしょう」
フェリも笑みをこぼす。
もちろん、このハウスを建てた人が温泉に興味も、掘る知識もなかっただけという可能性はある。
だが、わずかな可能性を考え出すとキリがない。
「まあ、温泉が見つからないと、『絵に描いた御馳走』なんだが」
ルードがおどけると、
「急に現実的かつ弱気になったわね」
とフェリは笑う。
「はは」
ルードはごまかすように笑った。
たしかに少し自分らしくない──そう思ったからだ。
「温泉を探すのを頼ってもいいかな?」
と彼が訊くと、
「もちろん。私も入りたいもの」
フェリはニコリと笑う。
ゆったりとつかったあと、ルードは先に立ち上がる。
「のぼせる前に上がるね」
「私はもう少し入ってるわ」
妻の返事にうなずき、彼は桶から出た。
そして風呂上がりに冷たい水を飲む。
「ふーっ、生き返った」
とこぼす。
ルードが好きな瞬間だ。
窓辺に行って外から聞こえる音に耳をかたむける。
自然の音は何度聞いてもいい。
「ぷはーっ」
後ろでフェリの声がしたので彼は振り向く。
妻も湯上がりで冷たい水を美味そうに飲んでいた。
「酒が欲しくならないか?」
とルードが問うと、
「たしかに!」
フェリは共感する。
二人とも風呂上がりに酒精(アルコール)が欲しい派だった。
「ねえ、明日探しものをするし、温泉も掘るんでしょう? ついででいいからお酒も探してみない?」
フェリが水の残りを飲みながら提案する。
「いいね」
ルードは即答した。
「あるいはガズさんに聞くとか?」
とフェリは言う。
「酒に関しては素直に頼るほうがいいだろうな」
ルードは認める。
「お酒以外は?」
妻が首をかしげたので、
「探すのも楽しそうじゃないか?」
彼は笑みを浮かべて答えた。
「たしかに」
フェリは納得したが、すぐにニヤッと笑い、
「じゃあ温泉掘るのを一人でがんばってね」
と言う。
「えー!?」
ルードはのけぞる。
この切り返しはまったく想像していなかったのだ。
「まあ、それはそれで楽しそうだからいいか」
だが、すぐに気持ちを切り替える。
「いきなり温泉を掘り当てても、つまらない気もするし」
と言って彼は腕組みした。
「それはそうかもね」
フェリは相槌を打つ。
「それにたまには別行動しないと、君が自由に動けないだろう?」
とルードは妻への配慮を見せた。
「そんなあなたが大好きよ」
彼の腕をとりながらフェリは微笑む。
「でも、あなたと一緒にあちこち出かけたい気持ちが強いの」
そして自分の希望を伝える。
「なるほど、じゃあ一緒に行こうか」
ルードはあっさりと認めた。
「ええ」
二人は抱き合い、コップを片づけて、寝室へと向かう。
「おはよう」
熟睡したルードが体を起こすと、すでに起きていた妻が、あいさつをする。
彼女は着替えもすませていた。
「ああ、おはよう」
着替えの速さではルードのほうが上である。
「さすが速いわね」
よく知る妻は笑ってキッチンへ姿を消す。
あとを追った彼は、妻の深刻な顔を見た。
「あなた、大変よ」
「どうした? ドラゴンでも攻めてきた?」
と答えたルードに冗談のつもりは少しだけしかない。
彼ら二人を脅かす強敵なんて、数えるほどだからだ。
「珈琲(コーヒー)豆を持ってくるのを忘れていたの」
「それは大変だ」
妻の続きの言葉を聞いて、ルードも真顔になる。
彼らは朝食後に珈琲を楽しみたい主義者だ。
魔王を倒すまではさすがに自重していたのだが。
「サナティアに言って、調達してもらうかしら?」
とフェリは提案する。
「最適解はそれだな」
ルードはうなずく。
サナティアはこの国の王女であり、今は大公妃だ。
権力、人脈、資金力のどれをとっても、珈琲豆を調達して送るという点で、最高の人材だと言える。
「何かアイデアあるの?」
フェリはピンときて、夫に問う。
「自分たちで栽培したら面白いんじゃないか?」
ルードはワクワクしている顔で言った。
「珈琲を?」
フェリは目を丸くする。
完全に意表を突かれたのだ。
「そう、珈琲」
夫はうなずいてくり返す。
「その手があったわね!」
名案だとフェリは目を輝かす。
だが、すぐに考え込む。
「素人がいきなり上手くやれるとは思えないけど」
「上手くいくまでは大変だろうけど、それも悪くないんじゃないかな」
とルードは言う。
「楽しそう」
フェリは納得したものの、
「珈琲の木に実がなるまで、たしか最低三年はかかるはずよ」
と指摘した。
「あれ? そんなにかかるのか」
ルードは想定外だという顔になる。
「フレミトたちに手紙を書いて、苗だけじゃなくて、しばらくの分を一緒に送ってもらおうかな」
三年はさすがに待てない。
「そのほうがいいと思う」
同感だと妻は賛成する。
「手紙は私が書こうか?」
とフェリは問う。
夫は文章を書くのが得意ではないと知っているからだ。
「すまない。お願いしていいかな」
ルードは素直に頼む。
ただの友人相手なら自分で書いたが、今のフレミトとサナティアは大公夫婦という非常に高い身分だ。
相手の立場を考えれば、彼女のほうがよい。
「いいわよ」
フェリは笑みを浮かべて応じた。
「君が手紙を書いている間、少し外を歩いてきていいかな?」
ルードは確認する。
「そうね。タイミングを見て戻って来てくれる?」
と彼女は言ったので彼はうなずく。
話がまとまったところで、二人は昨日の残りを食べた。
「朝から肉はいいな」
「鹿のお肉は美味しいしね」
二人は満足する。
冒険していたころとは違い、美味しくあたためなおす余裕があるのは大きい。
食後にはルードがお茶を淹れ、フェリはさっそく手紙を書き出す。
「ハウスの周りを少し散策してくる」
とルードは断りを入れて外に出た。
ざっと見渡したかぎりでは、昨夜鳴いていた生物たちの姿はない。
「夜行性なのか、俺を見て隠れたのか」
ルードはつぶやく。
可能性が高いのは前者なのだが、魔物となると活動パターンは人の想像を裏切ることも少なくはない。
彼は警戒しているわけではないが、興味はある。
ハウスの周りを調べてみたところ、痕跡はなかった。
その場でジャンプして、屋根の上に立ってみる。
「屋根の上にも異常はなし」
と言って、ルードは周囲を改めて見てみた。
視点が高くなったので、遠くを見やすい。
確認を終えて彼はひらりと地面に着地して、妻のところへ戻る。
「おかえり。どうだった?」
ふり向きもせず、フェリは夫に問う。
「異常はない。俺たちが寝ている間に何者かが接近したような痕跡もない」
ルードは報告する。
「でしょうね」
答える妻に驚きはない。
彼らが危険を察知して起きるなんてことがなかったからだ。
「物足りない?」
とフェリは夫に問う。
「いや、まだ戦士の血は騒がないよ」
ルードは微笑む。
「それに昨日熊と鹿を狩ったばかりだ」
「ああいうことがあるなら、退屈はしないかもね」
フェリは言ってから手紙を書く手を止めて、
「私の分も少しは回してね」
と告げる。
「たしかに俺が全部やって悪かった」
ルードは素直に謝った。
条件反射的に動いたが、フェリは本来荒事が苦手なわけではない。
「次やらせてくれるならいいわ」
別に怒ってないとフェリは言って、手紙に封をして立ち上がる。
「手紙配達人(ポスタル)ってこの辺に来ると思う?」
と彼女は夫に聞く。
「屋根の上から見た感じ、近くの集落にも来てなさそうだったよ」
ルードは見たことを告げる。
手紙配達人(ポスタル)は赤い屋根の手紙配達所(ポストターミナル)にやってきて、手紙を集めて届けるのが仕事だ。
彼らがやってくる建物がない場所は、手紙の配達を依頼できない。
「じゃあ魔法を使うわ」
フェリは何でもない口調で言い、パチンと右手の指を鳴らす。
「──伝書鳩化(メタモルフォーゼ)」
彼女が封をした筒が白い鳩へと変わる。
「サナティアの下へ」
羽ばたく白い鳩にフェリは命令を出す。
白い鳩は木の壁をすり抜けて、飛んでいく。
「いつ見てもすごい魔法だ」
とルードは感想を言う。
「そう? 慣れたら難しくないわよ」
フェリは肩をすくめた。
「そうか?」
彼が首をひねると、
「あなただって熊も鹿も片手で止めたじゃない」
彼女は指摘する。
「なるほど。慣れたらできるのか」
自分に置き換えると理解できたと、彼はうなずく。
「でしょ?」
と言ってフェリは立ち上がって背伸びをする。
「さて、今日は何からやる?」
そして夫に問う。
「まずは『詐欺鷲』を探したい」
「やっぱり?」
ルードの希望を聞いたフェリは驚かない。
「読まれていたか」
彼のほうも意外ではなかった。
長いつき合いだからである。
「『詐欺鷲』を放置すると一般人には危険だからね」
「了解」
フェリに異論はない。
「『詐欺鷲』は獲物を探して遠い距離を移動する魔物だけど、飛行能力に優れているわけじゃないから、昨夜の個体なら見つけられるはず」
と彼女は言う。
夫婦はハウスの外に出て、林のほうへ歩き出す。
「クリやどんぐりが豊富なら、『詐欺鷲』も獲物探しは楽だろうな」
ルードはうなずく。
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