第5話 こんなふうに、一歩ずつ強くなろう

 レベル3になってから、しばらくはスライムだけを相手にして経験値を稼いでいた。次第に倒すのにも慣れ、跳躍蹴りのレベルも2に上がった。威力は微々たるものだが、繰り返し使うことで習熟が高まるらしい。


 さらに、少し勇気が出てきたので、ダンジョンの広間に出没するコボルトへの挑戦を検討していた。コボルトはスライムと比べると格段に強い。武器を持っているし、知能もある程度高い。集団行動をしていることも多く、うかつに手を出せば逆にやられる危険が大きい。


 それでも、どこかで一歩踏み出さなければならない。


(スライムばかり狙っていても、経験値の伸びは限界があるだろう。いつまでもウサギのままじゃいられない。もっと強くなるには、もう一段階上の敵が必要……)


 そう奮い立たせ、私はコボルトが単独で行動しているところを探すことにした。少し時間はかかったが、運良く一匹だけでうろついているコボルトを発見。棍棒を持ち、鼻をひくひくさせている。


 こちらの存在にはまだ気づいていない様子なので、私は岩の影から慎重に距離を詰める。相手が私に気づいた瞬間、小動物の悲鳴でひるませる作戦だ。スライム戦では何度か試して成功しているし、相手が知能を持つコボルトだとしても有効かもしれない。


 私はじりじりと近づき、相手の注意が逸れている瞬間を狙う。タイミングを見計らって――


「きゃああああっ!」


 思いきり絶叫。ウサギの声としてはかなり高音で、コボルトは驚いたようにビクリと身を震わせた。


 ここだ! 私はすかさず跳躍蹴りを繰り出す。ウサギの後ろ足を全力で振り抜くように、コボルトの脇腹を狙って打ち下ろした。


「がっ……!」


 コボルトは体勢を崩すが、やはりスライムほど脆くはない。すぐに踏みとどまり、棍棒を振り上げて反撃してきた。


 私は慌てて飛び退き、もう一度悲鳴を上げようとしたが、どうやらスキルのクールタイムがあるのか、連発はできないらしい。


 ひょいっと身をかがめて棍棒をかわし、もう一度跳躍蹴りを狙う……が、コボルトも必死なのか、即座に体をひねって私の蹴りを受け流した。さらに、間合いを詰めて棍棒を横薙よこなぎに振り回す。


 バゴン、と壁にめり込むような音が響く。もしまともに当たっていたら、今頃私はウサギのミンチだ。怖い。心臓が爆発しそうだ。


(やばい……想像以上に強い!)


 当たり前だ。コボルトは“雑魚”とされているけど、ウサギよりははるかに強い。私が勝てる見込みは低い。でも、ここで逃げるわけにはいかない。自分で挑もうと決めたんだ。


 私はコボルトと目を合わせ、もう一度飛び込む。棍棒が振り下ろされる寸前、壁を蹴って横へ回り込み、反撃の隙を狙う。そして後ろ足で力いっぱい蹴り上げる。


「ぎゃうっ!」


 コボルトは膝(ひざ)をつき、棍棒を取り落とした。ここがチャンス……! さらに追撃しようと踏み込み、跳躍蹴りを叩き込もうとしたその瞬間――


 コボルトの口から飛び出した牙が、私の体にかすめた。


「っ……!?」


 痛い。ウサギの白い毛に血がにじむ。かすめただけでこれだけ痛いのに、まともに噛まれたら終わりだろう。私は悲鳴を上げそうになるのをこらえ、最後の力を振り絞って跳躍蹴りを放つ。狙いはコボルトの頭部。


 ガツン。


 手応えと共に、コボルトは沈黙し、地面に崩れ落ちる。


(倒した……?)


 息を切らしながらコボルトを見下ろす。動かない。勝てたんだ。私でも、コボルトを倒せた……。


 その瞬間、レベルアップの表示が浮かび上がり、同時に新たなスキル習得を知らせるメッセージが視界に映る。


――――――――――――――――

レベル4に上がりました。

「ウサギ流連撃(Lv1)」を取得しました。

――――――――――――――――


(連撃? さっきみたいに連続で蹴りを放つ技とかかな……)


 確かに一瞬だけど、私が続けざまに跳躍蹴りを放ったのを“連撃”と判定してくれたのかもしれない。いずれにせよ、これで戦闘の幅が少し広がるだろう。


 とはいえ、私も負傷している。コボルトの牙がかすった傷はそんなに深くはなさそうだけど、じんじん痛む。このままだと出血が続けば体力が削られる。何か回復手段が……と思ったが、まともな回復アイテムは持っていない。


(スライムが落とすゼリーを原料にすればポーションが作れるって話もあったけど、私には調合できないし……)


 仕方ない。しばらく安静にして自然回復を待つしかない。私は近くの隠れられそうなくぼみに身を潜め、傷口をなめて止血を図る。ウサギの舌でぺろぺろして意味があるかどうか知らないけど、少しは落ち着く。


 コボルトとの戦闘は私に勝利とスキルをもたらした一方で、ウサギの身で格上に挑む危険性を痛感させられた。偶然にも相手が単独だったから勝てたようなものの、二匹三匹と相手するのは絶対無理だ。


(こんなふうに、一歩ずつ強くなろう。弱音ばかり吐いてても始まらない)


 私はウサギの耳をぴくぴく動かしながら、痛む体をなんとか休める。これが私の“ダンジョンでの日常”……もとい“生き延びるための戦い”なんだ。


 生き残るための糧として、コボルトを倒した達成感と、それでも抱かざるを得ない恐怖。両方を抱えながら、私はそっと目を閉じる。もっと強くならなきゃ、きっとこの先は乗り越えられない。

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