第3話 やった……倒せた!

 ウサギになってからどれくらい経ったのだろう? 日が昇るのかもわからない地下世界で、時間の感覚が狂いそうになる。


 相変わらずレベルは1のまま。戦闘を避け続けているから経験値も入らないのだろう。とにかくモンスターとの正面衝突は避け、広間をうまくやり過ごしながら少しずつ探索を続けている。


(私はダンジョンから出たいんだけど、出入口ってそもそもどこにあるの?)


 普通、ダンジョンの入り口っていうのは地上に開かれた穴とか扉とか、そういう形で発見されることが多いと聞くけど、私はダンジョンの真っ只中で目覚めてしまったみたいだ。


 人間の冒険者が入ってくることはあるだろうけど、もし遭遇したら問答無用で攻撃される可能性も高い。なにせ、私はモンスター。意思疎通ができるようには見えないだろう。


(やっぱり……モンスターじゃなくて人間に転生したかったなぁ)


 そんな弱音を吐きながら、私はいつも通り通路をそろそろと移動している。すると、前方にまたしてもスライムの姿が。小さな青色の個体が、ぷるぷる揺れながらこちらに向かってくる。


(うわ、出たよまた……スライム。でも、前みたいに逃げ回るだけじゃ何も進展しない)


 スライムは弱いモンスター……と世間では言われている。とはいえ、私も弱い。勝てるかどうかは微妙。だけど、ここで一度試してみる価値はあるんじゃないか。


 経験値を得てレベルを上げるには、モンスターを倒すしかない。いつまでも逃げ腰では、私は永遠に弱いままだ。


(でも怖いな……この前はあのスキルで逃げただけだし。でも、やるしかない、よね?)


 私は恐怖を振り払うように小さく深呼吸し、意を決してスライムに近づく。すると、向こうも私に気づき、ぷるんぷるんとあからさまに敵意を向けてくる。


 お互いに距離が縮まる。私はなるべく正面から突っ込まず、横に回り込みつつ機会をうかがう。スライムは単調な動きしかしないと思いたいが、油断は禁物だ。


 やがてスライムがぐにゃりと身体を伸ばし、触手のような形を作って振り下ろしてきた。モーションは遅いが、私のHPは5。ちょっとでも当たればダメージが致命傷になるかもしれない。


 ぎりぎりで飛び退いて回避。すると、ウサギの身体が思ったより軽々と跳べることを再確認できる。


(よし、いけるかも。跳躍力には自信がある。だったら、この足を使った攻撃ができれば……!)


 私はジャンプで勢いをつけながら、スライムの側面へ回り込む。そして前足じゃなく、後ろ足で思いきり蹴りを放った――つもりだ。が、ウサギの脚力を上手に使い切れず、空振り気味に足がスライムの表面をかすめただけ。


 ぷよん、と嫌な感触。スライムはそこまでダメージを受けていないようだ。逆に反撃を食らいそうになるのを、またジャンプで逃れる。


(ああ、難しい……! でも、やるしかない!)


 何度か空振りを繰り返しながらも、タイミングを見計らって攻撃を試みる。ウサギとしての身体能力を活かし、ジャンプ→キックを繰り返す。


 そのうち、身体が攻撃のリズムを覚えてきたのか、気づけば視界に新たな文字が浮かんだ。


――――――――――――――――

スキル:「跳躍蹴り(Lv1)」を取得しました。

効果:跳躍を伴う打撃攻撃の威力上昇。

――――――――――――――――


(やった! こういうのが欲しかったんだ!)


 スキルが発現した瞬間、不思議と体の動きが洗練されたように感じる。再びスライムに狙いを定め、軽く助走をつけてから強く地面を蹴った。


 ビューンと跳び上がり、空中からのかかと|落とし……というよりはウサギ式の後ろ蹴り。柔らかいスライムの表面へドンと衝撃が走った。


 ぷちん。


 あまり強い手応えはないが、スライムの身体が大きく揺らぎ、形を保てなくなったのがわかる。そしてべちゃり、と地面に広がって動かなくなる。


――――――――――――――――

スライムを倒しました!

経験値を獲得しました。

――――――――――――――――


(やった……倒せた!)


 私が生まれて初めて倒したモンスターはスライムだった。小さな達成感と、わずかな罪悪感。相手も生き物だったわけだから、少し複雑ではある。


 でも、この世界で生き延びるには戦うしかない。私は自分に言い聞かせ、倒したスライムが残したアイテムを確認する。といっても、少しだけ濃縮されたゼリー状の塊。下級ポーションの原料になるとか聞いたことがあるけど、今の私にはそれを使う方法がない。


(今は持って行っても仕方ないか……でも、もしかして何かの役に立つかも? ウサギの口にくわえて運ぶのはちょっと嫌だけど)


 試しに口にくわえてみたものの、ぷるぷるして気持ち悪い。やっぱりやめた。


 その代わり、倒した瞬間にチラッと表示された経験値を見てみると、あと少しでレベルが上がりそうだ。どれだけスライムを倒せばレベルが上がるのかはわからないが、頑張れば1匹や2匹、いけそうな気がする。


(危険はあるけど、もう少しスライム狩りを続けてみようかな……。今の私に倒せるのはスライムぐらいだし)


 私はそう決心し、さらに通路を探索。すると、ほどなくして別のスライムを発見。さっきより少し大きい気がするが、本質は同じだろう。


 同様に「小動物の悲鳴」で一瞬ひるませたり、「跳躍蹴り」を駆使したりしながら奮闘する。何度か攻撃をかわし、跳躍蹴りを叩き込むことで、どうにか仕留めることに成功。


――――――――――――――――

スライムを倒しました!

経験値を獲得しました。

レベルが上がりました!

――――――――――――――――


(やった、レベルアップ……!)


 そこで私のステータス画面を開いてみる。


――――――――――――――――

種族:ホワイトラビット

レベル:2

HP:8 (+3)

MP:2 (+1)

STR:2 (+1)

VIT:2 (+1)

AGI:4 (+1)

DEX:3 (+1)

INT:2 (変更なし)

LUK:5 (変更なし)

スキル

・小動物の悲鳴(Lv1)

・草食の心得(Lv1)

・跳躍蹴り(Lv1)

――――――――――――――――


(HPが8になったのは大きい! ちから(STR)も2に上がってる。ほんの少しだけど、これで生存率は上がるはず)


 わずかに成長したことを実感し、胸が熱くなる。私にも戦える力が、ほんの少しだけど備わり始めている。


(私、がんばればもっと強くなれるのかも……! そうすれば、コボルトみたいなやつがいても、逃げずに済むかもしれない。ダンジョンから脱出するチャンスだって……)


 希望が少し湧いてきた。こうして私は、弱いウサギモンスターのままでは終わらないかもしれないと思い始める。


 もっとレベルを上げることができれば、いつか人間にも声を届けられるかもしれない。あるいは、もっと強い進化を遂げられるかもしれない――そんな淡い期待を胸に、私は自分の尻尾をちょん、と蹴って鼓舞する。


(よーし、もうちょっとだけスライム狩りを続けよう。油断は禁物だけど、やれるとこまでやってみよう!)


 弱肉強食の世界だけど、今はとにかく生き残るために、私はウサギの小さな体で跳び回るのだった。

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