第2話  少しだけ栄養が取れたかも

 それから数時間、あるいはもっと長い時間をかけて、私は迷路のような洞窟を歩き続ける。ほとんど真っ暗で、わずかに苔(こけ)みたいなものが光っているところだけ見える感じ。


 幸い、視力は人間の時より少し劣る気がするけど、ウサギの鼻は思ったより利くみたいで、匂いの違いで周囲をある程度把握できている……ような気がする。


(やっと少し落ち着いた。身体の使い方も、ちょっと慣れてきた……)


 私は一度、岩のくぼみのようなところで身を隠し、休息を取ることにした。まだ私にはまともな防御手段がないし、ちょっとでも眠ってしまったら即アウトかもしれないけど、このまま疲弊していても危ない。


 体を丸めるようにしてうずくまり、心を落ち着かせる。


(ウサギの睡眠ってどんな感じなんだろ? なんか不安で眠れないけど……でも、ちょっとだけ休まないと)


 しばらく目を閉じる。すると、半分ウトウトしながらも、廊下の遠くから時折聞こえるモンスターのうなり声や足音に、びくっとして目が覚めてしまう。その繰り返し。完全には眠れない。


 それでも疲れを少しは取らないと。私は自分の心に言い聞かせ、恐怖を噛み殺すようにして身を丸める。


 どれくらい時間が経ったのだろう。時計なんてもちろんないけど、少しばかり体が軽くなったような気がする。ウサギでも疲労回復はできるみたいだ。


(よし、少し進もう。生きるも死ぬも、今の私の行動次第……!)


 再び通路へ戻り、慎重に足を運ぶ。


 その途中、だんだんと通路が広がり、少し開けたスペースに出た。そこにはじめて目にしたモンスター――コボルトが徘徊しているのを見つけた。


 犬のような顔をした人型のモンスター。毛皮をまとい、ボロボロの短剣や棍棒を持っている。スライムなんかよりずっと脅威だ。もちろん今の私では到底勝てない。


(絶対見つかりたくない! こっそり通り抜けられないかな……)



 私はコボルトからできるだけ距離を取り、物音を立てないようにそろりそろりと進む。しかし、ウサギの足でも完全に足音を消すのは難しい。


 その時、コボルトがくんくんと鼻を鳴らし、こちらを向いた。


(やばい! 見つかった!?)


 すぐさま私が身を伏せると、コボルトは一瞬こちらを凝視したが、「何だ、ただのウサギか」というような無関心そうな目つきで視線を外す。どうやらコボルトからすると、私のようなホワイトラビットは脅威にも獲物にもならないらしい。むしろ、そこらにいる雑魚モブとして認識している感じだ。


 助かった。と安堵しかけたが、それと同時に一抹の屈辱感も覚える。


(……ちょっと悔しいかも。何もできない弱っちいモンスター扱い……)


 現に、私は弱い。コボルト一匹どころか、スライム相手にさえまともに戦えない。とても悔しい。だけど、今は生き延びることが最優先。コボルトに背を向けて、もう一度そっと通路を横切る。


 幸い、コボルトは私に興味を示さなかった。かすかな物音に反応しつつも、すぐに退屈そうに視線をどこかへ逸らす。どうやら、本気で狩る価値がないと思っているらしい。


(今のうちだ……)


 そうしてどうにか広間をやり過ごし、奥のほうへ駆け抜ける。


 しかし、通路がまた狭くなったかと思えば、次の広間が見えてくる。そこにも別のモンスターがいたりして、まともに歩くだけでも心臓に悪い。


 世界でダンジョンが問題視されていた理由が、嫌というほどわかった。この閉鎖空間にモンスターがうようよいるなんて。しかも私はモンスター側なのに、恐怖心しかない。


 さらに進むうちに、ふと“甘い”匂いが鼻先をかすめた。人間の時には感じなかったような、甘酸っぱい香り。何か食べられそうなものの気配だろうか。


 空腹を思い出した私のウサギの胃袋が鳴る。さすがに何も食べないままでは限界が近いし、どうにか食糧を確保しないと。


(ここは……行くしかないよね)


 誘われるように進んだ先は、小さな泉が湧いている空間。石造りの小さなほこらのようなものがあり、その周りに光る苔やキノコが生えている。そのうちの一つ、大きめで薄紫色のキノコからは、あの甘酸っぱい香りが漂っていた。


 試しにかじってみようかとも思ったが、危険な毒キノコという可能性も大いにある。ウサギになったからといって、毒に強くなったりする保証はない。


(うう、でも……お腹減った。周りに生えてる苔とかは……美味しくなさそうだし、気休め程度にはなるのかな)


 とりあえず匂いの薄い苔をちょっとかじってみる。苦い。でも、食べられないほどではない。お腹が満たされるかといえば微妙だけど、やらないよりはマシ。


 少しずつ苔を食べ、水を飲む。何だかあまりにも原始的な生活だなと思いながら、背に腹は代えられないので続ける。すると、妙な表示が視界に浮かんだ。


――――――――――――――――

スキル:「草食の心得(Lv1)」を取得しました。

効果:ダンジョン内で生息する植物の毒性を判定し、無害なものを判断しやすくなる。

――――――――――――――――


(おお? そんなスキルもあるんだ。さっきの「小動物の悲鳴」といい、こうやって状況に応じてスキルが増えるのかな)


 このスキルがあれば、先ほどのキノコについても毒性がわかるかもしれない。私は恐る恐るキノコに近づき、「草食の心得」を使うイメージをしてみる。すると、そのキノコの脇あたりに文字が浮かび上がる。


――――――――――――――――

【フローラルマッシュルーム】

危険度:低(ごく微量の毒性あり、継続摂取に注意)

――――――――――――――――


(少し毒があるのか……継続摂取が危険ってことは、少量なら平気かな?)


 微妙なラインだけど、苔だけじゃ栄養が足りなさそうだし、少しだけかじってみることにした。


 恐る恐るかじると、口の中にほんのり甘い汁が広がる。劇薬という感じでもなさそう。モゴモゴと飲み下してみると、体温が一瞬上がったような気がするが、すぐに落ち着いた。


(平気そう……? 良かった。少しだけ栄養が取れたかも)


 私はありがたくキノコを半分ほど食べ、残りはまた後で食べられるように根本だけ残しておくことにした。こういう小さな工夫をしながら生き延びるしかないんだ。


 気休め程度に満たされたお腹を抱え、また通路を進む。モンスターに遭遇しないように祈りつつ、少しでも安全な場所を探す。


(せめて、もう少し自分を守れるスキルが欲しい……)


 そんな願いを抱きつつ、私は今日という“ダンジョンでの初夜”を過ごすのだった。

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