第108話 え、そこまでですか。

「チッ。まあいい。僕のアリマのためだ。それぐらい呑んでやる」

「今舌打ちしましたね?」

「きのせいだろ」

 そう王女は言い放ってナイトキャリアーの中の長椅子に寝そべりました。

「急げ。アリマがよくわからない敵にさらわれないうちに」

 もうさらわれていますが、と心の中で言い返したら思いのほか自分に打撃がありました。

 まったくもう。先輩、女の影がありすぎませんか。

 騎士団に命じます。

「急ぎます」

「はっ」

 年かさの騎士が、王女をチラチラ見ています。

「あの方はもしや」

「気にしないでください。そこらの石かなにかだと思ってください」

「随分な言い方じゃないか」

 王女は笑っています。

「身分を明かしてよいのですか」

 王女はしばらく考えた後、目をさまよわせました。なるほど。最終的には全部暗殺してしまえとか思った後、先輩に嫌われたら嫌だなとかそういうくだらないことを考えましたね。

「まあ、確かにしばらくは秘密がいいかもな」

「だそうです。とにかく急ぎなさい」

 ナイトキャリアーは浮かんで移動を続けています。巡航速度を考えれば直線移動でも3時間はかかりそうです。

 王女の相手をするのも業腹なので眠ろうかと思ったのですが、この格好では眠るのも大変だったりします。ドレスは着るのも大変ですが脱ぐのも大変なのです。しまった。早まりました。とはいえ奇襲で傷ついたわが心を癒すのにドレスが必要だったのは事実。休憩は諦めます。

 王女を見ると帽子を顔に載せて眠っていました。いい身分ですね。実際いい身分ではあるんですが。

「お嬢様、その先輩様はどのようなお人柄、紋章なのでしょうか」

 年かさの騎士が前を見ながら口にしました。乗員全員が聞き耳を立てている気もします。もちろん、王女も。

「なぜそんなことを気にするのです?」

「救出の計画に影響があります」

 なるほど。思ったより真っ当な理由でした。それならば話してあげてもいいでしょう。

「先輩はそうですね。ひどく頑固で他人の言うことを気にしない人です。読書好きで、信じられないほど本を読んでいる、騎士としては最弱の人です」

「戦士の紋章、ですか」

「それですらなく、官吏か大臣の紋章だったのかも」

「アリマはナイトマイスターの紋章だ。そんなことも知らないのか」

 王女が帽子を取りながらそう言いました。ナイトマイスター。ナイト級チェスピースを建造できる紋章ですね。とても頭がよく見えるのはそのせいかもしれません。

 見れば年かさの騎士だけでなく、乗組員たちもひどく驚いた顔をしています。やめなさい。そういう顔をすると王女が喜びます。

 実際、ざまあという顔で王女が自慢げに先輩語りを始めました。

「僕のアリマはそりゃあ優秀なナイトマイスターなんだ」

「私より弱いですが」

「はっ。そんなだから愛想つかされるのさ。君の部下たちの顔を見なよ。数百年ぶりにでてきたナイトマイスターだぜ。ドワーフが作るようなポーンやスクワイヤのようなまがいものじゃない。本物の騎士が乗るナイトだよ」

「それは……確かにその。あらゆる犠牲を出しても確保しなければならない人材ですな」

「そうそう。頑張りたまえよ。そうすりゃ何体かは作ってくれるかも」

 騎士たちの瞳が急にぎらつきました。私からすればナイトなんて雑魚もいいところなのですが、騎士にとってはまた違うのかもしれません。

 まあ私のほうが強いのですが。

「剣聖ちゃんは分かってないなあ」

「なにがですか」

「ナイトマイスターを抱えた国が世界を牛耳ることができる。単純な事実としてね。ああ。君が強いのはわかるけどね。戦争は一人じゃどうしようもない。でもアリマなら、それをどうにかできてしまう。しかもアリマは過去に現れたナイトマイスターの紋章持ちと比べても抜群に仕事が早い。作る機体もすごい」

「そうでしょうか」

「そうさ。実際、君の一撃をミレーヌの機体は受け止めて見せてたろ。しかもあれはナイトですらない。ロード級だ。ベースはルークかなんかだぜ。砲を外してあるとはいえ、鈍重な機体でよくもまあ防御行動が間に合ってるもんだ」

 ロード級チェスピースは騎士の紋章を持たない貴族が戦場に同行するために作らせたナイトもどきの一つです。なるべく頑張って美しい形にしてはありますが、本質的にはナイトに遠く及びません。本来なら。

 んー?

 あれが先輩の作品だとして、先輩がもし、ナイトを作ったのなら、それはかなり強いのではないでしょうか。私よりは弱いでしょうが、何体か出してくるのなら結構面白い斬り合いになりそうな気がします。ふむふむ。先輩に作ってもらってもいいですね。歯ごたえがあって楽しそう。

「失礼ながら、そんな人材がなぜ我が領に……」

「そりゃあそこの剣聖さんが力づくで盗んできたのさ」

「あなたが先輩を毒で攻撃するからです」

「はぁ?」

 王女と私はにらみ合いました。年かさの騎士は腕をあげて、さらに増速を命じました。

「急げ、それほどのお方なら、世界中の国が狙ってくるぞ!」

 え、そこまでですか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る