第106話 外伝 剣聖さんに祟られた騎士の話
騎士位を継ぐ前、父は言っていたものだった。騎士とはすなわち忍耐であり、耐えることが仕事なのだと。
その時は、いや、チェスピースをぶん回して戦うことが仕事でしょうと思ったものだが、実際はそう、父こそが正しかったのかもしれない。
先日、主家であるミヤモト家で御家騒動が起きた。そして我がケイトン家は、武運つたなく負けた方についてしまった。剣聖侯爵家の異名がある主家のこと、どうあれ剣聖を擁した方が勝つだろうと思っていたのだが、事態はもっとドロドロしていて、剣聖を擁していたはずの剣聖の母はよりにもよって娘である剣聖によって失脚、軟禁されていた剣聖の父が復帰することになったのだ。情よりも筋を守った形でそれ自体はまこと結構、騎士としては正しいと思うのだが、正直、剣聖という以外は地味で控えめで目立つ行動を嫌うお嬢様……剣聖がそのような行動に出るとは予想外であった。
要するに。人の本質というものを見誤ったわけだ。
その代償として我がケイトン家は、一瞬で二五〇年ほどの歴史と伝統を危機に追いやることになった。なってしまった。当主である自分としては痛恨の過ちである。
その上でのこの度の出兵である。主家の大事な客人の捜索という。
我が家、というよりも当主である私に選択肢などなかった。死んででもなんらかの結果を残し、我が家の命脈を残さねばならない。
この際どんな任務でも良い。焦りの中で待機をしていたら、飛行物体の追跡の命が下された。
私、いや我がケイトン家のチェスピース、ナイト級ヴォルフは機動力に特化していたので、ちょうど良い任務だった。
それにしても飛行物だと?
私は操縦席の中でうめいた。宙に浮かぶ人工物といえばナイトキャリアー。それ以外ならルーク級やその変種であるノーブル級しかないはずだった。それにしたってせいぜい膝ほどの高さまで。それより高いところを飛ぶものは月からの攻撃で沈むと聞いていた、のだが。
倍率八倍固定の潜望鏡型の照準器を覗きながらヴォルフを操りながら、私は喫驚した。
なんてことだ。本当に飛んでやがる。なんで月から攻撃がされないんだ?
私がそう呟いたところで、事実が分かるわけでもなんでもないのだが、自分が大変なことに立ち会っているのは理解できた。
良くて今後の戦争の形が変わるだろうし、悪ければ神々の信頼すら揺らぐ、そうでなくても長いこと固定していたファルガナ、イス、エウドシア三国のちから関係が崩壊してしまう可能性がある。
それもこれも、お嬢様……剣聖が王都へいかれてからの短い時間で起きている。なんだ。何が起きているんだ。
心にあるのは乱世だ、やった、出世の機会だと喜ぶ狼のようだと伝えられるご先祖様のような気持ちではなく。
なんで私の代でなんだよ、勘弁してくれ、という気持ちばかりだった。初代様はさぞかしお怒りになるだろうが、いかな狼(ヴォルフ)だろうと二五〇年も生きればそれはもう老いさらばえて牙も抜け落ちてしまうものだ。我が家は完全に乱世への対応能力を失っていた。私の妻は商家の出だし、夫が戦死などしようものならそのまま階段から滑り落ちて自分も死んでしまいそうだった。ああ、だがそれでも、私にはもったいないほどの良い妻なのだ。この機体の維持費だって妻の実家が捻出しているんだし。
ヴォルフは走る。赤い玉二つ半、時速でなら二七〇kmかそこらはでている。この速度で照準器を覗きながら操縦できるのは侯爵領では私しかいない。多分。戦えば剣聖のほうが強かろうが、こういう任務でなら話は別だ。
さすが、傭兵騎士時代。逃げ足には定評のあった初代様の遺産だ。外装というか装甲板は立派なものに変更しているが、中身はそのままだ。
追跡するうちに、空を飛ぶものがどうやって月からの攻撃を避けているのかが分かった。
あれは厳密には跳躍しているのか。なるほど。確かに跳躍で撃墜されたという話は聞いたことがない。どこの騎士かわからないが考えたな。
追跡の間、考える時間はたっぷりある。私は相手の性能をまとめることにした。
道に迷わぬように定期的に落としているアンカービーコンは三〇本目。時計は一時間、速度計の指標とだいたい一致しているから向こうは一時間三〇〇kmは飛んでいる計算になる。
凄いな、戦闘能力は抜きにしてもこの性能。どこの国も欲しがるのではないか。
一方で戦闘能力はどうだろう。かなり小型だ。ナイトクラスどころか、ポーンクラスより小さく見える。
追跡は中断した。目標はニューマの山に入った。ここからはナイトでも損害が出るような竜種が出現する。
ビーコンを経由して、伝声魔法を起動。これで我が家が続くことを願いながら報告を開始した。
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