薔薇色に、百合色に ~間違った私の独り寝の夜~
於田縫紀
薔薇色に、百合色に
一段ついて、冷静さが戻った後。
ふと百人一首か何かで覚えた和歌を思い出してしまった。
忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで
昔であっても今であっても、恋心とは忍んでも出てしまうものなのだろうか。
少なくとも私の場合は、きっとそうだ。
つい1時間くらい前、同じインカレサークルの榊原海斗に、こんなことを言われてしまった。
『実は綱島、本当は他に目当ての誰かがいるんじゃないか? なんかそういう感じがするんだよな』
ただ海斗は、私の目当てが自分自信だとは気づいていない。海斗は男で、今の私も男だから。
やっぱり性転換手術をしたのは、間違いだっただろうか。
いや違う。私という存在そのものが間違いなのだ、きっと。
◇◇◇
私は18歳の冬に、男になった。
今の日本では、性転換手術は1回だけは保険が適用される。生まれつきの性同一性障害は治療すべき病気である、という理由だ。
今の性転換手術では、昔のように外形だけではなく、身体機能も完全に変更出来る。新しい性で子供を作ることも可能だ。
手術を受けられるのは、18歳以上となっている。そして前々から私は手術を受けようと思っていた。
それまでの私は、女子にしか性欲を感じなかったからだ。
ただ恋してときめく、というのでは無い。
裸になって抱き合ったり、お互いの大事な部分を触れたり舐めたり吸ったり、こすりあわせたりしたい。
気持ちよくなりたいし、気持ちよくさせたい。
そんな生々しい性欲を、自分と同じ女子にしか感じなかったのだ。
女子に性欲を感じまくった、という方が正しいかもしれない。
中学時代、体育の授業の前の着替えの時なんて、もう頭の中が大変だった。
自分では性欲だとわかっているから、極力他人の身体を見ないようにしていた。それでも見えてしまう時は見えてしまうし、感じる時は感じてしまう。
そうなると、好みから多少外れる子であってもエロく思えてしまうのだ。むしろ好みから多少外れる位がエロい。その方が妄想が遠慮無く加速する。
ああ今すぐ脱がしてあそこを…… そうしたらこんな反応をするから、更に続けて指を……
中学以降の私は、そんな妄想を極力表に出さないよう必死だった。それでも『目つきが怪しい』とか言われたりはしたけれど。
実は一回だけ、表に出してしまった時はあった。先輩は優しいから、他の誰にも気づかれずには済んだけれど。
だから法律で性転換手術が可能な18歳になって、すぐに手術を申し込んだ。
12月に大学の推薦合格を決めて、1月に手術に入って、新しい身体に慣れるリハビリをして、3月に無事退院。
晴れて男として、大学デビューしたのだ。
なお名前は以前と同じ
名前を変更する事もできたのだけれど、手続きや持ち物への記名を変えるのが面倒だったし、それなりに愛着のある名前ではあったので。
家から離れた大学だから、私を知っている人はいない。
だから私を元女性だと知る人はいない。私が女子に性欲を感じてもおかしくはない。
もちろんすぐにヤれる彼女なんて出来ないだろう。
でもそれなら、バイトで資金をつくって風俗に行ってもいい。
いずれにせよ、これでやっと歪んだ性欲を隠さなくて済む。そう思ったのだ。
大学で入ったのはインカレ系、テニス主体のイベントサークル。勿論出会いを求めて入った。
もちろん入った当初は、女子との出会いを求めてだった。
しかし何故か、私が性欲を感じる女子が周囲にいなかった。もっと率直に言うと、『ヤりたい!』と思える女子がいなかった。
この大学やサークルに通う女子学生と、私の性的趣向があわないのだろうか。それとも性転換した影響で、性欲が落ちているのだろうか。
元々性欲が強すぎるのは悩みだった。つい色々エロエロ見てしまい、妄想が止まらなくなって。家で自己処理しても、学校でムラムラしまくって。
だから性欲が落ちているのなら、むしろありがたい。そう思っていたのだけれど……
大学に入って2週間。何かがおかしいと感じ始めていた。
実際は何が起きているのか、気づいていたのかもしれない。ただ私が、それを肯定したくなかっただけで。
だから新歓パーティ3回目で、近くの女子大から来ているのリカコさんをお持ち帰りした。
厳密にはリカコさんにお持ち帰られそうになって、ちょうどいい機会だと思ったというのが正しいかもしれない。
リカコさんは活発でちょい男らしい系。可愛いというよりりりしい系で、それでいて所々可愛さも感じるタイプ。
以前の私だったら間違いなく、キャラ的にも性的にも文句なく感じるだろうという子だ。
学年は3年で私より2歳上だけれど、もともと年上の方がすきだったから問題ない。
という事で私のアパートへリカコさんと帰った後。
キスして脱がしてベッドに寝かせて、一通りやる事はやろうとした。
けれど、勃たなかった。
そのことをごまかすため、女だった頃の経験を活かして色々エロエロと攻めまくった。キスしたり舐めたりさすったり揉んだり指を入れたり……
何とかリカコさんを満足はさせた。
けれど私に残ったのは、嫌悪感と罪悪感。
それで私は確信したのだ。
今の私は、女を性的に愛する事は無理なのだと。
私の性的対象は、女では無く同性だったのだと。
そう思っても、もう一度性転換手術をするわけにはいかない。してもどうせ、以前と同じことになる。
それがわかっていても何か出来る訳じゃない。
行きそびれた性欲を誤魔化すため、毎夜ひとりで慰めるだけ。
6月に入った今も、サークルは惰性で続けている。
いや、これは正直じゃない。実はサークルの同期、榊原海斗の事が気になってしまっているのだ。
会って話すと、手が届かない事を認識させられてしまうのに。
海斗は私を同性の悪友ポジションとして捉えている。それが余計に辛くて切ない。
それでも会わずにはいられないのだ。
私はつい1時間前の会話を思い出す。サークルのテニス練習会が終わった後、途中まで海斗と一緒に、話ながら帰ったのだ。
「それにしても綱島はモテて羨ましいよな。今日だってリカコさんや絵美ちゃんといい感じだっただろ。どう見ても余裕でお持ち帰り出来ただろ、あれ」
海斗にそう言われると、思い切り複雑な気分になる。
私としては曖昧に誤魔化すしか無い。
「いや、ちょっと今日は、俺の気分じゃなくてさ」
「俺としてはすげーもったいないと思うけれどさ、本当に。リカコさんは3年だけれど綺麗だし、絵美ちゃんは可愛いし。俺なんて誰もそういうイイ感じになれないもんな」
私とじゃ駄目か、と言いたいけれど必死に堪える。
「実際リカコさんとは、前に一緒に帰っただろ。どう見てもお持ち帰られって感じだったけれどさ。上手くいかなかったって感じじゃないよな、今のリカコさんの感じだと」
「リカコさんは悪い人じゃないんだけれどさ。ただ俺が、微妙にあわない気がするだけで」
そう、リカコさんは悪くない。というか、いい人だと思う。性格もさっぱりしていて気持ちがいいし、顔も体型も綺麗だし。
単に私が性別的に、好きになれないだけだ。
「なら聞くけれどさ。実は綱島、本当は他に目当ての誰かがいるんじゃないか? なんかそういう感じがするんだよな。絵美ちゃん達と話していても、他のどこかを意識しているような感じがしてさ」
この時、一瞬、ひやりというか、全てが終わった気がした。
私が海斗のことを意識しているのがばれたかと思って。
全てを話そうか。一瞬そう思ったけれど、すぐに取りやめた。
高校の時の失敗が頭をかすめたから。
『ごめん。
高校1年の夏、2年の沙綾先輩に告白して、そう断られた。
その後も沙綾先輩は私が告白した事を誰にも言わなかったし、私に対する態度も変えなかった。
でも、それでも、先輩との間に決定的な溝が出来てしまった気がしたのだ。
あの時のような思いは、もうしたくない。
だから私は、ごまかすことに徹する。せめて現状くらいは、維持したいと思うから。
「特にいない。ただ何となく、俺的にしっくりこないだけで」
「そうか。それはそれでもったいないけれどな。俺も綱島くらいモテればなあ……」
なら私で良ければ、何でもいくらでもするのに。そう思ってしまう。
今は男だから、身体の何処か感じるか、どうすれば気持ちよくなるかだって知っている。
身体が女の誰かより、よっぽど気持ちよく出来る自信がある。
もちろん実際の私は、そんな事は言えなかった。
だから他愛ない、でも私としては言葉毎に一喜一憂する会話を続けて、学校近くで別れたのだ。
下宿先のアパートに帰ってシャワーを浴びて、それでも悶々とするのでベッドで処理して。
少し落ち着いてから、思ってしまう。
男と男、女と女。そんなカップルも普通になればいいのにと。
別に法的結婚を認めろとか、新たな権利をよこせと言っている訳では無い。
むしろそうやって主張している連中は、私の敵だ。そんな喧伝で私達を『普通の人々』と対立させている。
私は対立じゃなく、普通になりたいだけなのに。
それでも私の性的嗜好が普通でないことは自覚している。少なくとも生物として正しくないのは確かだ。
しかも今の日本では、性同一性障害の存在を認めて、解消する為の手術を健康保険で認めている。生物として文句なく正しいだろう、これは。
ため息をついて、そして布団をかぶる。
女だった頃とくらべ男になった今の方が、自己処理をした後に布団が汚れにくくて楽だ。
ティッシュペーパーがあれば、大体何とかなる。
女子だとの自己処理をした場合、下手すればシーツを替えなければならなくなる。
高校時代はバスタオルを敷いてごまかしたりしていた。そして思っていた。こんなになってしまうのは、私だけなのだろうかと。
この辺は未だにわからない。男になってしまったから、今後もわからないままなのだろう。
さて、一度自己処理したのに、それでも切なさと、もどかしさが戻ってきてしまった。
あと布団をかぶっても寒い。6月になってまた少し気温が下がってきたからで、それ以上の理由ではないけれど、きっと。
私は胸と股間に手をのばす。寒いから、嘘でもいいから温かくなりたくて。
偽物の性的快楽でも、身体は温まるから。
ただそれでも、心の何処かは冷めたまま訴えているのだ。
わかっていると。間違っているのは私だと。
薔薇色に、百合色に ~間違った私の独り寝の夜~ 於田縫紀 @otanuki
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